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ポホヨラよいとこ一度はおいで

「ポホヨラへ行った」
「ポホヨラ! 存じておりやす。ポホヨ~ラ~よい~と~こ~いち~ど~はおい~で~、ロウヒ~の母~さ~ま~良いお~ひ~と、あ~こりゃこりゃ……」
「うるさい」
 クレルヴォの巨体が理力フォースに押されまして、部屋の壁にガツンとぶち当たります。
「……続きを」
「海辺のテラスで一服したところ、お付きの方を伴ってやってきたのが20歳ばかりの美しい娘だ。僕がついうっとりと」
「いつものように」
「いっぺん死ぬかやっぱり」
 背中で凄まれるのも恐ろしいものでございます。
「らいとせいばあはご勘弁を」
「……見とれていると、彼女もニコッと」
「そうやっていつも女の子ひっかけては惚れたの腫れたのひっついては離れるの、相手に男がいたらいたで切った張ったの大喧嘩、おかげでこのクレルヴォも」 
 積もりに積もった日ごろの恨みつらみをこんな風に並べ立てられるのは、幼馴染なればこそ。
 普通の人ならただでは済むまい悪態の数々を聞いているのかいないのか、若旦那の恋物語は続きます。
「その場を立ち去るときにふわありと落ちたのが真っ白なハンカチ。もしもし落ちましたよと拾って届けに駆け寄れば」
「おっじょおさん、ハ~ンカッチが落っちましたよ」
「……白く美しい指でそっとつまんで懐へ」
「ああ~、あなたの~ハンカ~チ~に~な~り~たいわ~」
 歌うクレルヴォがごろごろごろ~っと転がって、先ほどの壁にど~んとぶち当たりますと、ベッドの上ではシーツにくるまった若旦那のレミンカ様が、それを真っ青に燃える目で睨みつけております。
「お付きの方に一枚のメッセージカードを出させて」 
 目を回すクレルヴォに、重々しい声で話を続けます。
「ガチョウの羽の形をしたペンで何やらさらさらっと書いて僕に手渡すと、幻のようにその場から消えた」
「フォースの力で?」
「夢のないことを言うな、僕がメッセージカードをうっとり見ているうちに、足早に立ち去ったのだ」
 そう言いながら心はその時にまで遡っておりますようで、目はどこを見つめているのやら。
 こうなるとこの若旦那、クレルヴォの手には負えません。
「……何が書いてありましたんで?」
 恐る恐る尋ねてみますと若旦那、急に居住まいを正しまして、猫背になった背筋をしゃんと伸ばします。
「セヲハヤミ イワニセカルル タキガワノ……」
「あぁ、なにかのフォースの呪文?」
「お前な……」
 クレルヴォの無知に深々と溜息をついた若旦那、そこは気を取り直しまして、幼馴染をゆっくりと諭します。
「これは遠い昔、宇宙のどこかでストク・インという尊いお方が歌った詩の前半、カミノクだ。シモノク、つまり後半は『ワレテモスエニ アワントゾオモウ』がわざと書いてない」
「そそっかしいですなあ」
「お前と一緒にするな」
「そうでなければ、若旦那がカードに気を取られている隙に」
「犬や猫じゃあるまいし。いつかきっとお会いしましょう、という部分だけが伏せてあったのだ。そう思うと、居てもたっても居られなくなってなあ……」
「じゃあお会いになったら。いつものことでごぜえやしょう」
そんな軽口を叩きながらも身構えておるのですから、何ともはや学ばない男でございます。
 ところがこの若旦那、クレルヴォの無礼に怒りのフォースを放つかと思いきや、は~っと深い溜息をついたものでございます。
「どこの誰かもわからんのだ。ただ、その顔だけが目の前に浮かんでくるのだよ、ほらクレルヴォ、ブサイクなお前でさえ、その娘に見える……」
 それもそのはず、クレルヴォのいかつい身体には、思わず知らず若旦那のフォースが映し出すその娘さんの姿が、例のホログラムの如く重ねられております。
 ごわごわの髪にエラの張ったしかく~い顔には、ふうわりとしたプラチナブロンドに優し気な顔立ちをした青い瞳のお嬢様が、これまた光り輝くような白いワンピースで微笑んでおります。
 ベッドの上から両の手を差し伸べて迫る若旦那には、さしもの筋肉隆々たるクレルヴォも一歩引かざるを得ません。
「勘弁して下せえ、気色の悪い」
 そう言いながら、この国のお世継ぎレミンカのもとを達者な2本の足でたったか逃げ出したクレルヴォ、そのままワイナミョご隠居の下へと向かいます。
「こんなこったろうと思ったんだよ、いい加減にしろあのボーヤ……」 。

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