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4.足掛かり

 コッパーの宿屋の一階――食堂に皆が集い、協議が始まろうとしていた。
 ベルグとシェイラはもちろん、教官・レオノーラとローズも椅子に腰をかけ、テーブルに置かれたカートの実家・“スキナー一家”からの依頼書を見つめている。
 女将は訓練でバテバテになって休んでいるため、代わりにシェイラが店番を務めているが、カートから発せられた思わぬ言葉に、唖然とした表情のまま固まってしまった。

「こ、殺せって……」

 確かにカートの実家はシーフギルド、そう言った依頼もあるとは聞いている。
 だが、それはあくまで噂や物語の中だけだ。目の前でそのシーンが現実で起こると、途端に裏のそれが恐ろしくなり、言葉を失ってしまう。
 しかし、依頼書でもある報告書には、暗殺について直接触れられていない。

『夏の雷雨。嵐の後のビュート湖には、椿の花が静かに浮かぶだろう』

 と、詩的な一文が記されているだけである。
 だが、椿は冬から春にかけて咲く花。冒頭の夏――この時期の花ではない。
 散る時は花自体がポロリと落ちるそれは、たびたび人の首に例えられる。
 敵に奪われた場合も想定し、直接『殺せ』とは指示できないため、こうして『花が散る』などの隠語として指示することが多いのだ。

「時期は指定してねェが、まぁ暑い時期の内にやれとは言ってるな」
「うぅむ……覇権に利用されるようで気が進まんが……」
「うちも協力してやってんだから、ってとこだな。親父らしいやり口だよ。
 ま、どのみち倒すことになる相手なのも見越してだろうが」

 その言葉に、レオノーラは難しい表情を浮かべている。
 考えるより先に動くタイプなので、この手の駆け引きは苦手なのだ。

「私は暗殺任務など許可できない。が……」

 これは“断罪者”への依頼である……と、彼女は言葉に詰まった。
 依頼文にある『雷雨』は、天から降るもの、すなわち“天罰”を意味している。
 ベルグ個人は “断罪”の依頼も受けているため、レオノーラが教官としての許可・不許可を下す案件ではない。しかし、いくらスポイラーの従兄弟とは言え、そこは悪の組織の一角。そんな所に単身乗り込むなぞ、無謀極まりない行為であろう。
 すると、彼女はぐっと決心したように身を乗出し立ち上がった。

「ベルグ殿だけに行かせるわけには参りませんッ! 私も、参りますッ!」
「いや、ダメだ」
「どうしてですかッ! 私とて――」
「真正面から行ったら、スポイラーっつのに攻め込む口実与えるだけじゃん……」

 姉の猪っぷりに、ローズは呆れ顔を浮かべている。
 あまり話を聞いていなかったローズでも、スポイラーはタイニーを捨て石にしようとしているのに気づいた。
 それに対して、姉のレオノーラは全く気付いていないらしく、口をポカンと開けて突っ立っているだけだ。

「ど、どうしてそうなるのだ?」
「はぁ……。シェイラに借金返されたら、金貸しは取っ掛かりを失うからじゃん……。もしかしたら、そのメドが立つかもしれないと、焦ったんじゃないの?
 だから、従兄弟に暴れさせ、“報復”って建前を得ようとしてる、それがあれば訓練場にも乗り込める。それを画策したんでしょ」
「な、なるほど……それも確かだ……」
「ただその結果が、カートの同盟を半端に刺激する、先走ってウェアウルフを訓練場に送り込む――。全方位に喧嘩売った上に、逆に報復の取っ掛かりまで作るとか、スポイラーってのはバカだねー」

 ローズの言葉に、ベルグも何かピンと来たような表示を浮かべている。

「ああ、なるほど。その手があったか――カートの父もそれを見越してか」
「ん、んんっ? ベルグ殿まで、一体どう言う事なのですか……?」

 レオノーラはワケが分からなくなり、イラ立ったように頭をワシワシと掻き始めた。
 こうなると次に待つのは“暴動”であるため、ローズは溜息を吐きながら“解答”を口にする。

「――その従兄弟が、水面下で殺されたら全部オジャンじゃない。『誰に殺された?』って聞かれても、カートの同盟の報復が“スケープ・ゴート”になって、“スキナー”まで届かない。水面下でなくても、バルディア家にも喧嘩売ったしね」

 ベルグはレオノーラを嫁にするつもりでいるが、彼女はまだ“守護者”ではない。
 “守護者”としてのレオノーラを狙ったか定かではないものの、『コッパーの訓練場の“教官”を狙った』事に変わりないのだ。
 つまり、訓練場に喧嘩を売ったせいで、国の機関も動かざるを得ない。
 スポイラーの浅慮が“戦争”を招き、全方面に喧嘩を売る事に繋がってしまった、とローズは言う。

「そ、そうか、うちの……バルティアの“報復”の建前には十分すぎる――」

 バルディア家は武闘派の一門、しかも国の機関にも太いパイプがある。
 しかも、“ジム一家”はカートの実家である“スキナー一家”の同盟――スポイラーとその従兄弟は、表と裏の二大巨頭に『報復』と言う名目を与え、それを同時に相手をしなければならなくなった。
 いくら裏に“ワルツ”がいると言えど、スポイラーは虎の威を借りた一介の金貸しに過ぎない。下手に介入がバレでもしたら、それらの矛先は“ワルツ”にも向けられ、より立場が悪くなってしまう。
 獲物の思わぬ失態に、カートは口角を上げた。

「スポイラーが取れる道は、トカゲのしっぽ切りしかない、って事だな」

 湖の中で眠っていたワニの下に、突然ブタが降って来たようなものだ。
 片やベルグは、喉元の毛を撫でながら真剣な表情を崩さない。

「いずれにせよ、どうにかして俺が潜入する方法を考えねばならんな……。
 バルディア家が動けるのは、あくまでレオノーラ達や訓練場が襲われた事のみ。
 このカードを切るタイミングを失ってはならん」
「ま、その方法は私たちが考えるから、アンタ達はまず借金返済のブツ取って来なさいな。
 気取られて、向こうに手を打たれるとより面倒だしね」
「確かにその通りだな――」

 善は急げ、とベルグは明日中――準備出来次第すぐに出発するつもりだと伝えた
 この“お宝”がシェイラの運命を決定づけると言っても過言ではない。
 ベルグやシェイラの目には、期待と不安が入り混じっている。

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