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干渉される運命

 明かりが付いたままの自分の部屋に戻ってドアを閉め、さあベッドに向かおうと思った途端、ベッドの上で胡座(あぐら)()いている人影が見えた。
「……!!」
 驚愕のあまり息を飲んだが、見覚えのある影だったので安堵した。
 トマスだった。全身黒タイツが影に見えたのだ。
「ビックリさせるなよ」
 彼はこちらを振り返り、ニヤッとする。
「失敬失敬」
「いつの間にか消えたと思ったら、いつの間にか戻って来てるし」
「ハハハハ」
「笑い事じゃない。何処へ行ってた?」
「何処へ? ……ううむ、答えるのが難しい質問ですな」
「……分かった。うまくいったんだな。さっき生徒会長に会ったし」
「何、何? 会ったですと?」
「大怪我してなかったから、悪い運命を回避したんだな」
「まあ……最終的にはYES。厳密に言うとYESではない」
「何だ、その微妙な言い回し」
「なんて言えば……」
「そうやって引き延ばす。()れったいな」
「ううむ……ううむ……仕方がありませんな。種を明かしましょう」
「ああ、よろしく」
「話は長くなりますぞ。ささ、こちらに来て座って」
 彼が手招きするので、丸テーブルまで歩いて行き、そこにあった椅子をベッドの近くへ寄せて座った。

「よろしいかな、ムッシュ?」
「その無臭は止めてくれ」
「失敬失敬。マモルさんでしたな。マモルさん、ちょっと面倒な話をしますぞ」
「本当は困るけど……仕方がない」
「本題に入る前に、まずは昨日の夜の話から」
「いきなり本題は?」
「まあまあ、焦りなさんな」
「簡潔に話してくれ」
「注文が多いですな。……まず、ルイさんが応接室でマモルさんの正体を皆の前で明かしたと思いますが」
「ああ。あれには正直驚いた。まさか、あそこまで知っていたとは」
「わたくしは、ルイさんの行動を事前に知っておりました」
「ほぉ」
「それは簡単なこと」
「簡単?」
「実は、わたくしがあなたの正体をルイさんに教えて、皆の前で披露しなさいと申し上げたからです」
「ガクッ……」
「それで、ルイさんが話をする前に、わたくしがあなたに記憶を刷り込んだ。ルイさんがこれから話す内容が、そっくりあなたの記憶に残っていることとして」
「え? 何だって??」
「そうしておかないと、ルイさんが皆の前で真実を披露している時、あなたにその記憶がないと、話の最中にあなたがルイさんを全否定しかねませんからな」
「……」
「おかしいと思いませんでしたかな? 今まで知らないことをルイさんに言われても何も否定しなかったことに対して」
「何を刷り込んだ?」
「具体的に申しますと、『みんなが死んでいく』とか『未来人に頼んで時間を過去に戻してもらった』こととかを」
「ええっ? あれって刷り込まれた記憶?」
「そう。本来は時間が巻き戻るので、『みんなが死んでいく』とか『未来人に頼んで時間を過去に戻してもらった』ことは記憶から消えてしまうのです。なにせ、時間が戻った時点では未来のことですからな。ただし、強烈な印象は時間が戻っても遠い記憶として残りますが」
(言われてみれば、あの応接室で生徒会長の話の後、俺がみんなの前で話した時、自分が何を言っているのか、おかしいように感じた)
「不思議そうな顔をしてますな? では伺いますが、あなたは以前、時間が巻き戻って別の行動をした時、『この人は今から死ぬから、回避しなくては』と思ったことは?」
「記憶にない。……何となく『電話に出てはいけない』とか『車に近づいてはいけない』とかの遠い記憶があった気がする程度」
「そうでしょう、そうでしょう。あなたは元々『みんなが死んでいく』とか『未来人に頼んで時間を過去に戻してもらった』ことは記憶していないのですぞ」
「難しい話だ……」
「そもそも、時間が巻き戻った感覚も覚えていないはず」
「確かに。……あ、そうそう。時間が巻き戻る時って、どういう風に感じる?」
「感じる? ううむ、……あれは感じるのかどうか。……おそらく意識が遠のくかと。個人差はあるでしょうが」
「さっき、何回か意識が遠のいたが」
「ほほう、あなたはそれを感じたのですな。普通はどこで時間が巻き戻っているのかは分からないはずですが」
「やっぱり! もしかして、さっき時間が巻き戻った?」
「それについては、これからお話ししましょう」

 彼は軽く咳払いをした。
「実は今回、……ここで驚いてはいけませんぞ」
「前置きはいいから」
「せっかちなムッシュ、もとい、マモルさんですな。ええと」
 彼は一呼吸置いた。
「実はトータルとして、ルイさんは3回大怪我をし、さらにあなたも1回大怪我をしていましてな」
「何だって!?」
 自分の手足を見ても怪我一つないので、出任せに思えた。
「嘘つくな。ピンピンしているじゃないか」
「今の時点で手足を見ても、怪我などありませんぞ。わたくしが時間を巻き戻し、運命を分岐させて回避したのですから」
「と言うことは、分岐しなかったら-」
「二人とも暴徒に襲われて大怪我して、今は病院の集中治療室にいることになりますな。なにせ、暴徒は金属バットでお二人をボコボコにしたのですから」
「信じられない……。ちょっと待って。本当に?」
「本当ですぞ。今無事な人には信じられない話でも」
「……」
「時間を巻き戻して運命を分岐させるということは、こういうことでしてな。皆さんに申し上げると、皆さん同じ反応をされる」
「……」
「大怪我をしようと、事故で死んでしまおうと、過去に戻って運命を分岐させて別のルートを辿ると、それらの記憶がないし、体のダメージもない。お分かりかな?」
「信じられん」
「あなたが救った彼女達も同じ気持ちでしてな。彼女達は一度死んでいる。妹さんは二度死んでいる。でも彼女達にはそのような記憶はない。もちろん、あなたにもない」
「……」
「何度も申し上げますが、あなたは彼女達が死んだことも時間が巻き戻ったことも覚えてはいないのですぞ」
「理解がついて行かない……」
「では、時系列に今回の事件を説明した方がよろしいですな」

「まず、ルイさんはイヨさんから指輪の話を聞いて、夜中に単独でイヨさんの家まで取りに行くことを決心した」
「それで?」
「しかし、イヨさんの家の周りには暴徒が数人潜んでいて、ルイさんに大怪我を負わせた」
「なるほど」
「この運命を変えるべく部下に調べさせたところ、あなたをボディガード代わりにすると回避できる運命を見つけたので、わたくしは時間を戻してそれを伝えにこの世界へやって来た」
「それからみんなで屋敷の中を歩き回って彼女を探したが見つからなかった。それがあの時のことか」
「そう。あの時、ルイさんは一足早く出て行ってしまったのですな。屋敷中に鍵をして。そして、また同じことが起きた。また大怪我をした」
「つまり、2回も」
「そう。3回目もそうなると困るので、また時間を戻して、今度こそルイさんが必ずあなたに会うように仕向けた。ルイさんはあなたをボディガードとして一緒に連れて行くことを提案するため、あなたの部屋へ行った。すると、あなたはそれに同意して、二人だけでイヨさんの家に行くことになった。ところが……」
「ところが?」
「暴徒は、まずあなたに大怪我を負わせ、次にルイさんに大怪我を負わせた」
「役に立たない俺だ……。でも、俺をボディガード代わりにすると回避できる運命なんじゃなかったのか?」
「それが、そうならなかった」
「何故? 未来を見誤ったとか?」
「いやいや、わたくしが分岐させた運命に誰かが干渉してきたのです。それを今ちょうど部下に調べさせているところでしてな」
「誰が干渉した?」
「別の未来人が」

「どういうこと?」
「ルイさんやあなたにどうしても怪我を負わせたい、ひいてはそれによって別の人物の運命を変えたい、あるいは変えたくないという目的を持った奴が、わたくしを邪魔したはず」
「それをどうやって回避した?」
「あなたがボディガード役をやらなくていい、もう一つの運命が見つかったのです」
「それで?」
「また時間を戻すと、わたくしは兵士数人に『不審な人物が多数徘徊している』という情報を流して現場に行かせ、暴徒を事前に排除した」
「俺より頼りになりそうな助っ人だ……」
「これは干渉されずに済みましてな。干渉した奴は、さすがに兵士の派遣までは止められなかったのか、これであなたの怪我も回避できた」
 その時、俺は彼女の顔に付着した返り血を思い出した。
「ちょっと待って。さっき彼女は返り血を浴びていた」
「なんと! それは想定外。本人に聞いた方が早いと思うが、室内には暴徒がいなかったはずですぞ。暴徒はずっと外を取り囲んでいたのですから」
「現場を見ていないから分からないけど、まあ、彼女が無事ならいいか……」

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