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6.チグハグな二人

「おはようございま……す」

 翌朝、まだどこか寝ぼけ眼のシェイラは、キッチンを見て固まっていた。
 大なべの前にはカートが、テーブルの上には()()()を切っているベルグが座っており、異様な空気に包まれていたからである。
 まだ夢かと思い、目をシパシパとさせるが、現実に起っている出来事のようだ

()()()の重さ――ここに示せ」
「うるせェよッ! お前は、いつまでグラム数量ってんだよッ!」
「お前は悪を救うのだろう? しかりと己の務めを果たせ」
()汁<<・>>だッ、この断罪マニアッ!」
「あ、あのー……ここで一体何を……?」

 ここでアルバイトとして働いているシェイラであったが、この二人が働くなんて事は聞いていない、と不思議に思っていた。
 それよりも――昨夜、険悪な空気のままベルグが外に出、その後をカートが追いかけたまでしか知らないシェイラは、二人がこんな風に厨房に立っているなっているなぞ、夢にも思わなかったのである。

(喧嘩して、仲良くなった……みたいなもの?)

 気の弱いシェイラは口には出さないが、ちぐはぐな二人がおかしくも思えていた。

「あァ? こいつがツミレのツミの部分に反応して、『俺がやろう』としゃしゃり出たんだよ」
「なるほど、やはり罪なのか――」
「違ェよッ!」

 宿屋に火急の報せが飛び込み、女将はそこに駆けつけているようだ。
 出て行き間際に、ベルグが『鍋の灰汁も掬っておいて』と言われたのを、『悪を救って』と聞き取り、カートにやらせていたのだ。
 そのベルグは、ツミレ一つ一つをハカリに乗せ、同じ重さになるよう微調整を繰り返している。
 対極に位置する、“善”と“悪の二人。噛み合っていない互いのやり取りに、シェイラは思わず口元を緩ませてしまった。

「何笑ってんだ、えェ? 突っ立ってねェで、お前も食器出すなり手伝えコラッ」
「は、はいっ!」

 気の弱いシェイラにとって、カートへの恐怖心はとてつもなく大きい。
 悪い人ではない、と頭では理解しているが、身体に染みついた“悪”への恐怖はそう簡単に拭えない。
 常に身を縮めて生きてきたのが癖となっており、そのようなのを見ると、つい背を丸め存在感消そうとしてしまうようだ。

(スリーラインは……怖くないんだけど……)

 チラ……と、運命とも言える再開を果たした、“弟”に目をやった。
 鋭い獣の眼で、“天秤”と睨みあう《ワーウルフ》――ベルグに対する恐怖心はない。
 幼い頃、本当の“弟”のように可愛がっていたののだから、当然だろう。

 《ワーウルフ》は、半獣半人のままの《ウェアウルフ》と違い、()()()()()ためか感性も人間に近く、独自の文化を築く“種族”として定着しつつあった。
 しかし、ベルグはどうしてか人型にはなれず、半獣半人のまま……ゆえに、しばしば《ウェアウルフ》と間違えられてしまう。
 実は両方とも同じ《狼男》なのだが、ある事情によって、二つの“種族”に分かれてしまったのである。

(でも……こんなに楽しいと思ったのは、どれくらいだろう。
 スリーラインもいるし、ここでなら私も……卒業できるかもしれない――)

 胸に漂っていた暗雲の中に、一筋の光明が差し込んだようにも思える
 ――しかし、血相を変えて駆け込んできた女将の報せにより、再び分厚い雲に遮られようかとしていた。

「ちょっ、ちょっと大変だよ……っ!
 あ、あの親父……けっ、けっ、ケヴィンが《グール》に食われちまったらしいよっ!」
「え、えぇぇッッ!?」

 シェイラは驚きと同時に、心のどこかで安堵した気持ちが湧きあがっていた。
 そんな自分が恐ろしく感じたのか、すぐにブンブンッと顔を振る。
 町人が見つけた時には、もう顔の原型を留めていないほど無残な姿であったが、鼻の横にある大ボクロから“ケヴィン”だと断定されたようだ
 犯人は《グール》とされ、それ以上の調査はされない。しかし、町の者たちは、“ある者”へ感謝の言葉を心の中で述べ、神へ感謝の念を抱いていた。

(でも、訓練場……どうなっちゃうの?)

 教官のいない訓練場に意味はない。
 シェイラだけではなく、コッパーに住む町人全てが、同じ不安を抱いている。
 新たに呼ぶにしても、このような田舎に……“断罪者”、“悪党の息子”まで居のだ。
 不自由しか感じられない所に、好き好んで赴任して来るようなのは居ないだろう。

「シェイラちゃん、大丈夫だよ。
 ここの訓練場が潰れたら、コッパーの町自体が危うくなるからね……。
 これまで、国は何もしてくれなかったけど、今回は重い腰を上げてくれるはずだよ」
「そ、そうですよねっ……」

 女将の言葉に頷いて見せたものの、シェイラの顔は曇ったままであった。

「おい、犬っころ。強いんだから、お前が剣術指導しろよ」
「いや、俺は“天秤”を介さねば戦えん。
 それでなくとも、罪の重さによって、出せる力の量も変わってくるのだし。
 ――お前を殴った時も、さほど痛くも無かっただろう?」
「あれで痛くないって奴は、頭がイかれてる奴だけだぞ……」
「相手が死罪相当であれば、それ相応の力が出るのだが……」

 その言葉に、女将はきょとんとした表情を浮かべながらベルグに尋ねた。

「“断罪者”って、死刑だけじゃないのかい?」
「我々は本来、通常では裁けぬ者を裁くために存在している。
 殆どが死に値する者ばかりであるゆえ、“断罪者”すなわち死を想像されてしまうのだ。」

 ベルグは『人が裁ける相手であれば、断罪者は不要であるし』と続ける。
 その言葉に、皆が納得したように頷いた。

「へぇ、じゃあ“断罪者”に会って、生き残った俺は結構レアなのか。
 ヘヘッ、そう思うといい体験をしたぜ。死ぬまで自慢できらぁ」
「まぁそうなるな。他には、夫婦げんかの裁決を求められる事もあるが……。
 俺の役目でもないし、犬も食わぬモノを《ワーウルフ》が食えるわけがない」
「そん時はどうすんだ?」
「うるさい帰れ、と追い返す」
「そ、そうか……」
「どちらが悪いかではないのだが、天秤にかけるせいでよく勘違いされるのだよ」
「あ、あの……さっき、『役目ではない』って言ってたけど……他にもいるの?」

 シェイラが右手を小さくあげ、他人行儀におずおずと聞いてきた。
 幼い頃を知っている“弟”が、目の前に居るのは立派な役目を負った大人――昔の面影もわずかしかなく、どこか遠くに行ってしまったような、心寂しさも感じている。

「“断罪者”は“裁きを下す者”と呼ばれ、全員で三人いたと聞く。
 “罪の裁断”などは、“天秤”ではなく“メダル”の持ち主の役目だ、と」
「メダルってぇと、その三枚のか?」
「いや、これではない。
 善でも悪でもない、中立の立場の者による“罪”の裁断――それが、“メダル”の役目だったようだ」
「だったようだ……って?」
「遥か昔……“メダル”の持ち主が、忽然と姿を消したようなのだ。
 おかげで、“断罪者”の仕事が増えた、と……」

 “裁きを下す者”は、天秤・メダル・タブレットの三つの道具で審判を下していた。
 だが、あまりの罪人の多さと身勝手な人間に辟易し、三つの道具を善・中立・悪の三者に分け与えた――と、ベルグは聞かされている。
 三者のバランスが取れていたが、突然“メダル”を持った中立が姿を消し、続けて“タブレット”を持った悪が姿を消した……。
 それ以降、“天秤”を持つ“断罪者”が、全ての役目を引き継いでいたようだ。

「でも、アタシはあの教官が死んで清々したね。
 ロクな死に方しないと思ってたけど、イイ死にザマだったよ」
「女将、そう言うのは心の中で言うもんだ。決して口に出してはならねぇ。
 悪党には『火で死んだ者を嘲れば、同じ火が笑った者の肺を焼く』との言葉がある。
 死人に対し、滅多な事は言わない方が良ぜい」
「うむ。死せば罪が赦されるわけではないが、肉体を離れた魂はみな等しいものである。
 む、あと21グラム足りぬ――魂の話をしていたせいだろうか」
「もうお前は、ツミレから離れろッ! シェイラ、お前が代わりに量って作れッ!」
「ふぇっ……!?」

 カートは、鳥ミンチが入ったボウルを奪い取り、シェイラの前に乱暴に置いた。
 スープの仕上げまで任されてしまったものの、料理は得意なシェイラは手際よく鍋の中にツミレを投入してゆくのだが……。

「罪とは寸分の狂いなく裁かねばならぬのであって、そのような大ざっぱなものでは――」
「お前、明日から口かせしてこい」
「あ、あはは……。そう言えば、スリーラインは昔からよく喋ってたね……」

 横でこんこんと罪について説くベルグは、半分分かっててやっている。
 シェイラは、どこか懐かしさを感じているものの、“弟”の説法には、ただ苦笑いするしかなかった。

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