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5−2: イルヴィン・フェイガン / イミュータブル・フー

「あぁ、運がよかったのかもな」
 テリーはそう言うと椅子から立ち上がり、ベッドの足元からイルヴィンの右側に回り込んだ。
「見ていた夢ってのは、どんなのだったんだ?」
「昔から最近のことだよ。色々とな」
 テリーはイルヴィンの目を覗き込んだ。
「そうか」
「わかったよ、脳だ。脳の映像はないか? それを見れば」
「気が済めばいいがな」
 テリーはナースコールのボタンを押した。すぐにやって来た看護師にイルヴィンの脳の映像を見たいと伝えると、看護師は部屋の隅にあったディスプレイを引っぱり、映像を映し出した。
「倒れた時に頭を打ったかもしれないということで撮ってありますが。何も異常はありませんよ」
 映像を映しながら看護師は言った。テリーはディスプレイをそのままに、部屋から戻ってかまわないと看護師に言い、またイルヴィンが満足したであろうことを見届けると、看護師は部屋から出て行った。
「脳に異常はなしだ。サロゲートなら脳に何かあるんじゃないのか? でも、俺の脳にはない」
「いいか、」
 テリーはディスプレイを指で叩きながら言った。
「これを信用できる保証がどこにある? とくに俺たちみたいに疑っている場合は」
「そこに映像があるじゃないか」
 ディスプレイを足元に押しやり、イルヴィンの目を覗き込んでテリーは言った。
「知能サービスの干渉済みだ! これがあんたの脳だってどうして言える。あんたの脳の映像に加工がないってどうして言える」
 イルヴィンは答えずにいた。
「夢を見たって言ったな。懐かしいこともあっだろうな」
「あぁ」
「だが、それはあんたが、あんたならって話だ」
 イルヴィンの右の額に貼ってあったガーゼに手を伸ばし、引き剥がした。
「おい、何だ?」
 ガーゼが貼ってあったところには、傷もなく、赤くもなっていなかった。テープのあったところにかぶれかもしれないという赤みがあるだけだった。テリーはイルヴィンに端末を向け写真を撮った。
「ガーゼが貼ってあった場所はわかるな?」
「今、剥がされたからな」
「よく見ろ」
 端末をイルヴィンに向けた。
「傷はない。擦り傷もだ。昨夜倒れた時にぶつけたのかもしれないと思ったが」
 イルヴィンは端末に映る写真を見ていた。
「大したことはなかっただけだろう?」
「本当にそう思うか? もう何も残っていないのに?」
 イルヴィンはまた写真を睨んでいた。
 テリーは体を起こした。
「車を走らせている間に考えたことがある」
 ベッドの足元を周り、テリーは椅子に戻った。
「それは精々型番って程度だった」
 椅子に背を預け、テリーは続けた。
「そうだったとしたって、俺は俺だからな」
 椅子からイルヴィンの目を見た。
「だが、あんたの場合、そんな話じゃない」
 イルヴィンは視野の隅にテリーを見ていた。
「もしもだ。結局はもしもだ。あんたは、もう昨夜までのあんたじゃないとしたらどうだ」
 やはりイルヴィンは視野の隅にテリーを見ていた。
「そういう言い方は正確には違うな。その体だ。昨日までの体じゃないとしたらどうだ」
「そんな話……」
「あぁ! そんな話さ。ユニットが新しく組み合わされ、その体に接続され、何か知らんが調整のために記録を想起していただとしたら?」
「そんな話……」
 イルヴィンは繰り返した。
「倒れたのはなぜだ? 夢を見たのはなぜだ? 体が痺れて動かないのはなぜだ? 額に傷がないのはなぜだ?」
「いいかげんにしてくれ」
「あぁ、あぁ、いいかげんにしてやるさ。仮にそうだとしてだが、あんたは俺とも違うらしいな。それは "I.F." だからか?」
 テリーは腕を組み、目を瞑った。
「すまない。あんたに苛立ったわけじゃないんだ。もし、あんたがそういう何かだとしたらってことに苛立ったんだ。エリーには病院の場所は伝えてある。そのうちに来るだろう」
 テリーは静かにそう言い、黙った。そのまま黙っていた。

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