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26話

 葦原は根津の居場所を探った。街のアマチュアダイブ技術者、福祉士の仲介ネットワーク、認知技術の密売人などを辿って、葦原はようやく、その場所に辿り着いた。手を伸ばして、ドアを開ける。
 バー<キノクニ>と書かれた看板が、ドアの開閉と一緒に揺れた。
 店内にはいると、バーの客と従業員たちが一斉にこちらを向く。葦原は、視線の中をかい潜る様に、カウンターへ向かって、丸椅子を引いた。

「あらあ!おいしそうなオニーサンじゃない!」
「やーん可愛い!好みだワ!坊や、ココは初めて?」

 従業員が二人、葦原の背後から覆いかぶさるように話しかけて来た。二人の声は野太く、低い。
 よく見れば体つきもいかつく、骨太だ。でも、ひらひらのスカートを履いていて、可愛いリボンをつけている。
 ここはゲイバーだった。
 突然音楽が鳴り響き、お立ち台の上でドラッグクィーンが踊り始める。

「始まったワ!」
「坊や!見て!」

 二人の従業員が華やいだ声をあげる。葦原はそちらを振り向かず、カウンターにいる大きなイヤリングをした妙齢の従業員に声をかけた。

「外はほらほら、中はずぶずぶ」
「……」

 従業員の、コップを布巾で拭いている手が止まる。彼……彼女と言わなければならないかも知れない……はそのままじろりと葦原をねめつけると、カウンター裏から立ち上がって表へ出た。彼女が、葦原に指をしゃくる。
「わぁ!」と客席から歓声があがる。お立ち台の上の踊りが、山場を迎え、バーの中の興奮は最高潮に達していた。
 それを尻目に歩きながら、葦原はホールを横切った。妙齢の従業員がつきあたりのドアを開ける。

「行きな」
「ありがとう」

 葦原は、軽く礼をすると、部屋の中に入り込んだ。埃っぽい匂いが、鼻を突く。
 部屋の中は、様々な機械やコードであふれていた。踏まないように、そろそろと中へ進む。
 部屋の奥から、声がした。機械に埋もれるようにして、誰かがパソコンを叩いている。袖の膨らんだエプロンドレスに、カチューシャをしたその人物は、顔を上げずに言った。

「だあれ?やだぁ、入ってくるならノックしてよね」
「根津狛夫さん……ですね?」

 エプロンドレスの肩が、ぴくりと震える。

「……その名はもう捨てた。今の俺はキャロンちゃんだ」
「キャロンちゃん」

 葦原が、根津……もといキャロンに近づいた。キャロンはパソコンを叩く手を止めて、葦原をじっと見上げた。葦原が膝をついて、キャロンに視線を合わせる。

「虚無界への行き方を教えてください」

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