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25話

 葦原は、仕事の合間を縫って、虚無界への行き方をさぐる為に、世界観福祉士の規定マニュアル、ダイブ装置の理論、認知局のデータベース……様々な資料を必死に漁って、虚無界への手がかりを探した。
 だが、虚無界についての正式記録もダイブ装置の適応仕様も存在しなかった。

「虚無界について、教えてください。所長」

 葦原は、所長に直談判した。所長は、唸り声をあげて拒否反応を示した。

「葦原くん、馬鹿な詮索は止めたまえ」
「しかし……!」
「虚無界なぞ!誰から聞いた?建早くんか?何を知ってもいいことはない!」
「教えてください!」
「職務に戻れ!さもなくばクビだ!」
「……!」

 葦原は悟った。
 公式なルートでは絶対に虚無界には行けない。

「葦原くん、何か煮詰まってるみたいだね」

 自動販売機の横、休憩所のベンチに座っていた葦原は、名前を呼ばれて顔を上げた。
 そこにいたのは大屋だった。大屋はコーヒー缶を二つ持って、葦原の目の前に立っていた。

「隣、いいかい?」
「は、はい」

 大屋がどっかりと葦原の隣に座り込む。そして片手に持ったコーヒー缶を、葦原に差し出す。

「ありがとうございます」

 プルタブを開けて、大屋がコーヒーを飲む。彼の口元に深く刻まれた皺が、頬の動きに合わせて伸び縮みした。
 葦原は、それを一瞥すると、自分もコーヒー缶に口をつけて飲み始めた。
 空になった缶を手に提げて、大屋が葦原を見つめる。

「葦原くん」
「はい」
「これはオフレコなんだけどね」
「……?」
「俺ね、昔……特別認知解析開発局にいてね」

 中身の少し残った缶を、くるく回しながら、大屋が語る。特別認知解析開発局は、政府が作ったERの開発元だ。

「あの頃は、色々錯綜していて……技術開発も未知で、未熟でね……」

 大屋が、過去を思い出しながら、ぽつぽつと喋りはじめる。

「俺たち福祉職と、技術者職のやつは日々バチバチ火花を散らしていた訳だけど……」

 葦原は、大屋を振り返った。目線がばっちりと合う。大屋さんは、何を言おうとしているんだろう。

「その中に、認知深層ダイブ技術を手掛けた男がいた」
「……名前は?」
「根津《ねず》。根津狛夫《ねずこまお》。根津は、数年前に不正技術開発の容疑で、特別認知解析開発局を追放された」

 葦原は、飲み干したコーヒー缶を握りしめて立ち上がった。

「大屋さん……!」
「俺から話せるのは、ここまで。じゃあね」

 大屋も立ち上がり、踵を返して去っていく。葦原は、その背中に深々と礼をした。

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