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22話

 昔々、不思議な力をもった女の子がいました。
 
 佐之雄は、姉が好きだった。

「理世って呼んでいいよ」
「理世!」
「なあに、さっちゃん」

 姉は……理世は茶目っ気いっぱいに佐之雄を見つめた。その瞳は星屑を撒いたように輝いていて、まぶしかった。

「さっちゃん、今わくわくしてるでしょ」
「わかっちゃう?」

 理世は、幼少期から他人の感情や記憶を敏感に感じ取ってしまう体質を持っていた。
 他人の考えていることや、過去の記憶が、彼女にはなんとなくわかるのだ。
 まるで手品みたいだった。両親は気味悪がって理世を連れて病院を巡ったが、原因はわからなかった。
 <ウィリアムズ症候群>や、気質の心理学用語で言う所の<HSP>に似ていると言うのが医者の大まかな憶測だった。
 理世の<力>は生ずるにつれてどんどん強くなっていった。

「あの人、怖い世界観!」

 道行く人を理世が指さす。彼女は、自身が見るものを<世界観>と呼んでいた。両親は、理世に恐れをなして、家の中へ彼女を隠した。
 理世は抑圧された。両親は話を聞いてくれない。次第に、彼女が心を開ける他人は、佐之雄以外誰もいなくなっていった。

「さっちゃん、さっちゃん」
「……」

 部屋の前のドアの向こうで、理世が佐之雄に声をかける。この頃、佐之雄は理世がうっとおしくてたまらない。
 理世は学校にも通わせてもらえず、部屋に閉じ込められていた。両親は、毎晩理世のことで喧嘩をする。佐之雄は、自分が不幸なのは理世のせいだと、いつしか思うようになっていた。

 理世が13歳、佐之雄が10歳になったある日のことだった。

 佐之雄は、小学校から帰って来たばかりだった。ふと見ると、机の上に、理世の部屋の鍵が放置されていた。
 いつも厳重に鍵を持っている母が、どうしたのか、今日は忘れて行ってしまったのだろうか。
 机に素早く近づいて、佐之雄は鍵を取った。家の奥にある理世の部屋へ向かい、そのドアをあける。

(理世なんか、いなくなっちまえ)

 佐之雄はそう思いながら、理世の部屋のドアを開けた。

 理世は、そこにいた。
 白いワンピース、腰までの黒髪。細い手足。
 祈る様に、彼女は窓辺へ膝まづいている。
 そしてその頭上には。
 花畑の世界が広がっていた。

「理世! どうしたんだその頭!?」

 佐之雄は驚いて理世向かって叫んだ。理世は、無言で佐之雄を振り返った。
 花畑が、彼女の歩みと共に揺れる。佐之雄は、惚けて彼女の頭上を見つめていた。

(なんて、綺麗……)

 惚けている間に、理世は佐之雄の横を悠々と歩み去り、部屋を出て行ってしまった。

 しばらくして、佐之雄がはっと気づいた時には、もう始まっていた。

 <世界観可視化現象>

 家の外から、複数の悲鳴が聞こえる。窓に駆け寄って下を見ると、理世が道路を歩いているのが見えた。
 その周りの人間から、頭に何かが生えて行く。
 それは、理世が強く《《誰かに見て欲しい》》と思った瞬間だった。
 その願いは世界のしきい値を超え、周囲の人間に<彼女の認知>をリアルに見せる干渉が生まれた。
 理世の世界観は、夕日の中、輝いている。他人が彼女の《《心の中》》を《《見た》》その瞬間に、それは世界観として現実に固定された。

 存在とは何か。

 存在とは、誰かに観測されることで初めて確定する。

 その時の佐之雄はそれに気が付かなかった。ただ、恐ろしいことが起こり始めているのは解った。
佐之雄は青ざめて、部屋を飛び出していった。

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