19話
夜。
葦原と建早は、職場の福祉センター近くのビルにある屋上ビアガーデンにいた。
「建早くーん!葦原くーん!こっちだ!」
二人を呼ぶ声がする。振り向くと、精神保健福祉士の大屋《おおや》が手を振っていた。大屋の頭上には、燦々と太陽の光が降り注ぐ海と南の島があった。
他にも数十人の職員たちが卓を囲んで座っており、福祉事務所世界観課の職員たちがそろい踏みだ。
「食べ放題ですよー!」
社会福祉士の八上《やがみ》が葦原を呼ぶ。八上の世界観は、気持ちの良い森林で、うさぎが時折跳ねているのが見えた。
葦原は、建早を連れてみんなの元に歩み寄った。足元の人工芝の乾いた感触が、彼の足取りを軽くする。頭上にはランタンがいくつも吊るされおり、仄明るく周囲を照らしている。
人の騒めき、食器の擦れ合う音。何となくお祭り気分だ。
「お疲れ様」
「お疲れ様です!」
建早がぼそりと言う。葦原は元気に挨拶をした。みんなが葦原と建早のために席を開けてくれる。二人は、並んで椅子に座った。
「ほら!呑んで呑んで!ビール来てるよ!いやー今回も大変だったな!百足さんのケアは任せろよ!」
大屋が、ビールジョッキを片手に建早の背中を叩く。建早は、「ウス」と小さく言うとジョッキに手を伸ばした。
建早のジョッキに大屋がビールを注ぐ。並々と注がれて、建早はそれをじっと見つめている。
「葦原くんも何か飲もうよ」
隣に座った豊満な女性に声をかけられる。臨床心理士の蛤貝《はまがい》だ。彼女の世界観はちょっと独特で、巨大な女性がカウチに座ってくつろいでいる。嫌いじゃ無い。
葦原は、慌ててビール瓶を持った。
「俺お給仕しますよ!」
「まっ、偉ーい。奉仕の精神。尊敬しちゃう」
「みなさんお疲れ様です!」
葦原が次々に職員たちのジョッキにビールを注いでいく。粗方注ぎ終わった所で、大屋が音頭をとった。
「では!新入りの葦原八千矛《あしはらやちほ》くんのますますの活躍を祈って!」
「乾杯!」
「乾杯ー!」
「乾杯ッ!」
言うな否や、みんなは次々にテーブルの上に乗ったディナーに手を付け始めた。
カリッと揚げられた長いフライドポテト。ぷりぷりの肉が刺さっている牛串からは肉汁が零れる。ジュレの添えられたサーモンのカルパッチョサラダは女性陣にいたく人気だ。パンパンに肉の詰まったチョリソーソーセージの香ばしい匂い、皿一杯に盛られた枝豆の艶は、食欲を刺激する。
ガヤガヤした喧噪の中、葦原は建早に話しかけた。
「先輩、楽しんでます?」
「楽しむもクソもあるか」
「あーこいつ下戸なんだよ!なあ建早くん!」
もう酔っぱらったのか、大屋がワハハと笑いながら葦原に言う。八上が、大屋に「アルハラですよ!」と釘を刺した。建早が取り繕うように言う。
「な……ッ!違う、酒の味を美味いと思わないだけだ……!」
「またまた~!呑まなきゃ味の美味さなんかわかんないよ!」
ほれ、ほれと大屋が建早にビールを勧める。建早が渋々ビールをあおった。
「先輩、良い飲みっぷりですね!」
「るせぇ……」
「二人とも、食べて食べて!」
蛤貝が二人に肉とサラダをそよう。二人は、酒を飲み、お腹いっぱいディナーをパクついた。


