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16話


 二人は、階段を降り続けた。
 都市の構造はますます複雑になり、金属製の壁に囲まれた狭い通路が、迷路のように絡み合っていく。
 最上層からずっと見渡してきた整然とした街並みは、次第に荒廃していた。
 道の両脇に広がるのは、戦時中の焼け跡のような場所だ。
 瓦礫と灰、錆びついた鉄骨が散乱し、時折遠くから響く鉄の音だけが空気を震わせていた。
 葦原が足を止め、周囲を見渡す。

「ここはどういう……」
「百足の原点だ。ここに、歪みの核がいる」

 建早の声が低く荒野に響いて行く。葦原が送話口を持って身構えた。
 瓦礫の荒野を二人並んで進む。ふと葦原は、風の囁くような音を聞いて振り返った。
 鉄骨の下に花が咲いていた。花は、すきま風に揺られてカサカサと音を立てている。
 葦原は、足を止めて、その花の前に歩み寄るとしゃがんで送話口を近づけた。
 帽子につけたスピーカーから、録音した音が流れ出る。

『うぇ……っえぐ……っ……お母さん、死んじゃいやだよ、お母さん!』

 それは、少年の泣き声だった。建早が葦原に声をかける。

「どうした、行くぞ」
「あ、はい!」

 葦原は立ち上がると、花の側を後にした。葦原は花を何度も振り返り、首をかしげる。
 前を歩いていた建早が、何か硬いものを踏んで、歩みを止める。何かが土を滑るジャリリという音がした。

「何だ……?」

 足をどけて、建早が下を向いた。

 そこには、腐食したおはじきが散乱していた。おはじきたちはチャリチャリと音を立てている。

 葦原は、すかさず送話口をおはじきに向けた。

『これね。舐めてると、お腹空いたの、忘れられるの……』

 葦原が訝し気に眉根を寄せる。建早はその声をじっと聞いていたが、はっとして言った。

「これは……!まさか……!」
「はい!これは百足さんの子供の頃の声に……違いありません!」

 葦原は道端に落ち居てる些細な事物に、次々に送話口を向けて行く。
 大人が捨てた煙草の吸殻、ボロボロの布団、空になった缶詰。

『寒い……ひもじい……つらい……体がいたい……』
『僕、ひとりぼっちなの……お母さん……側に行きたいよ、お母さん……』
『誰も助けてくれない……僕は、ここにいないみたいだ……』

 葦原は、ひとつひとつを拾い上げるように記録し続けた。首をひねりながら、建早が言う。

「どう言うことだ……調書によれば百足は裕福な家庭に育っていたはずだ。まるでこれは……」
「……百足さんって、何年生まれでしたっけ……」
「1939年だ」
「今は、2035年……まさか……!」

 葦原は弾かれたように顔をあげた。そして建早に向かって叫んだ。

「建早さん!町役場に問い合わせて、百足さんの戸籍謄本を取り寄せてください!」

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