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永遠

 さて最終決戦の時、モーガンは何をしていたのか。

 そもそも期待などしていなかったが、モードレッドはグィネヴィアを陥落させようと必死になり、モーガンを利用するうえで彼女に約束した「名誉回復」を達成できずにいた。果たされない約束・契約は、呪いとなって違反者を滅ぼす。

 モーガンはあらゆる側面を持つが、中でも戦争というものに距離が近い存在で、誰の味方をするかは気分次第。
 だが今回、その心ははっきり決まっていた。

「アーサー王とモードレッドはもはや、運命に見放された。ならばせめて、ランスロットがアーサー王のもとへ早く行けるように」

 彼女は〈湖の乙女〉に命じ、ランスロット一行を乗せた舟が最短距離、最短時間でドーヴァーへ着くよう導かせる。

「尋常じゃない速度が出ているぞ!」

「アーサー王のもとへ行けという啓示だ! 急げ!」

 我らが偉大なる王よ、せめて俺が到着するまでは、どうかご無事で……!

 ランスロットは今にも舟から飛び込んで、ドーヴァーまで泳ぎ始めそうだ。
 ランスロットに付き従った元・円卓の騎士たちも、アーサー王への忠誠を完全に無くしたわけではない。心は1つである。

 しかしランスロット軍がブリテン島に上陸した時には、既に戦いが終わっていた。見渡す限り、見知った仲間の遺体と武器、その馬の亡骸だらけ。上空をカラスたちが飛んでいた。

「そんな……!」

 王はどこだ。せめてあの方のもとへ行かねば……!

「ランスロット卿――」

「俺が7日後にお前たちと合流しなければ、先に国へ戻れ。いいな」

「お、お待ちください!」

 ランスロットは仲間の声を無視して走り出した。数頭残っていた馬のうち1頭に乗って、キャメロットがある方角へ向かう。
 彼の部下たちは、1羽の大鴉がランスロットの進行方向へ飛び去っていくのを見た。


 戦いの間モーガンは大鴉に姿を変え、戦場を飛び回って状況を見ていた。「勇猛な騎士たち」と言えば、聞こえはいいのかもしれない。だが、「身の丈に合わない勇気が己の命に返ってくる」ということを理解していない者は、真の戦士ではない。

 そしていかにアーサー王に仕えた騎士たちと言えど、真の戦士たる者はほとんどいなかった。剣と槍を振り回し、大地を血に染め、その上で亡骸が風化するのを待つのみ。

 地に突き刺した剣に寄りかかっているのはモードレッド。
 その先にいる3人の騎士たち――槍を片手に地に伏す者、その足もとにいる2人――はそれぞれ、アーサー王とベディヴィア、そしてルーカンという騎士だった。

 皆それぞれ手傷を負い、本来立つことすら適わないほどである。だがアーサー王は立ち上がった。せめて、モードレッドは自身の手で……! 傍にいる2人の反対を押し切って、アーサー王はモードレッド目がけて走り、手にした槍で彼を突き刺した。

「アーサー王よ、我らに……」
 我らに永久(とこしえ)の栄光を。

 死を悟ったモードレッドは槍を引き抜こうとするどころか、剣を抜いてそのままアーサー王に近づき、最後の力を振り絞って剣を振り上げる。

「お前のことは、信じていたかった……」

 そのアーサー王の言葉にためらうことなく、彼の側頭部に一撃を入れた。彼の兜が割れたと同時に、モードレッドは力尽きた。

 モードレッドの絶命を見届けたアーサー王も槍を手放して、その場に倒れ込む。

「へい……か……!」

 ベディヴィアとルーカンは王のもとに寄ろうとするが、よりひどい怪我をしていたルーカンは立ち上がることができず、そのまま亡くなってしまう。

 ベディヴィアはなんとかアーサー王の傍へ来た。

「陛下……」

「ベディ……ヴィア、このエクス……カリバーを、海に投げ入れて、くれ。〈湖の乙女〉に、返さなく……ては」

「……かしこまりました」

 だがベディヴィアは最初、投げ入れることを渋った。美しい装飾が施された剣を水中に捨ててしまうなど、もったいない。この宝剣を投げ入れたふりをして、アーサー王の傍へ戻った。

「どうだ、……海に何か、起きたか?」

「いいえ。ただ静かに沈んでいきました」

「ちゃんと、返すんだ……。もう一度」

 やはり、我が王に隠し事はできないようだ。ベディヴィアは出来心に従うことを諦め、エクスカリバーを海に投げ入れた。
 すると、海から細い腕が出てきて、柄を掴むではないか。〈湖の乙女〉が、しかと受け取ったのである。

「陛下、……海から腕が出てきて、エクスカリバーを掴みましたよ」

「……そうか」

 その時、2人の耳に、馬がいななきながら走ってくる音が聞こえた。同時に、カラスの鳴き声も。お分かりだろう、この大鴉こそモーガンその人だ。そして騎乗者はランスロットである。

「アーサー王! ベディヴィア卿!」

「ランスロット卿……!」

 ランスロットは、今まで何があったのかを悟った。すぐ近くにモードレッドの遺体があるし、彼の身体に刺さっている槍がアーサー王のものであることももちろん知っているから当然である。

 ランスロットは馬から降りて、王のもとへ駆け寄った。

「王よ、申し訳ございません。馳せ参じるのが遅れました」

「……今日ほど、そなたがいてほしかった……と、思ったことはない」

 ランスロットの、湖の如き青い瞳は涙で潤んでいた。一度溢れると、しばらくは止められない。アーサー王の手を取って、彼はひたすら後悔の意を述べる。

「……全て、俺のせいです。あなたがお許しになったことに甘えてしまった。いや、その前に――」

「ランスロット……。1人残して……しまうグィネヴィアを、想い続け……てくれるか」

 ああ、偉大なる我らがアーサー王よ。最期まであなたは、俺を憎むことはないのですね。

「俺に残された全てを懸けて」

 彼の返事を聞いたアーサー王は、満足したかのように笑みを浮かべる。

「お前たち、肩を……貸してくれるか」

「はい。いくぞ、ベディヴィア卿」

 2人でアーサー王を支え、アーサー王が足を向けた方へ進む。その方向は、海だった。だがベディヴィアがエクスカリバーを返還した時とは違って、いつの間にか舟が現れていた。

 舟の側には〈湖の乙女〉の姿をした2人の女性がいる。そこに、ランスロットを道案内した大鴉が、モーガンの姿に戻って降り立った。

「……! モーガン」

「許しを乞うことはしない。ただ、謝罪をしよう。全ては、モードレッドと私による奸計だった」

 モーガンは、モードレッドの動機を伏せたまま、エクスカリバーの鞘盗難から事の次第を語る。今更、残った者たちに真相を話しても時間は戻らない。それでも語っているのは、彼女自身の罪滅ぼしのためだ。

「詫びとして、王は私が治癒しよう。そのためにこの舟で、アヴァロンへ向かう」

 アヴァロンという謎の島へ王を向かわせることに2人は抵抗があったが、アーサー王は了承した。

「妖精たちよ。……私は、せめてこの……国を見守る目と、民を守る身体……が欲しい」

「……善処しよう」

 アーサー王は舟の上に寝かせられ、そのまま出発した。取り残されたランスロットとベディヴィアは、ただただ舟を見つめる。


 偉大なるアーサー王と円卓の騎士たちの壮美な伝説は、一旦ここで行方をくらます。アヴァロンにかかる霧に、文字通り飲み込まれてしまうのだ。

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