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試練

 2人はそろそろテントに戻っただろうか。大木の陰に隠れて、我ながら馬鹿な提案を反芻していた。

 ……そう強がっているだけなのは、俺が一番よく分かっている。
 俺はただ、アルの鎧に刺さったクロスボウの矢を抜き取ってやりたかっただけなのに。ジョージにとっては少々荒療治に感じたのだろう。だがアルもアルで、あんな兄貴に恭順しているだけなんて……。

「おや、ここで何を?」

「……エレノア」

 いつからここにいたのだろう。もしかして、さっきの会話を聞いていたりしないよな? そういうことが有り得るから怖いんだよ。
 そのエレノアは何も言わないまま、近くにある倒木に腰掛けた。その無表情さは、鏡に見立てられた氷のように美しく冷たい。

「私は忠告したぞ」

 やっぱり気づかれていたか。
 何かましな言い訳をしなければ、と考えて「その……」と言い淀んでいると、突然エレノアは微笑んだ。

「懐かしいな」

「……何がだ」

「子どもの頃から知っている者がいてな。その子が成長して、誰と愛し合おうが関係ないはずなのについ口を出してしまった。『あなたには関係ありません』とはっきり言われた」

 その人物がなんだ、と問おうとした。だがわざわざ俺に言ってくるということは、俺が知っている人物の話を?

「その時は『後悔の言葉は聞かない』と言って引き下がったが、後になって私のほうがひどく悔やんだ。なんと言われようと、炎が燃え盛る道から連れ戻してやればよかったと。非情になりきれなかったことが、彼らの破滅を急いたのかもしれない。……人ならざる者が聞いて呆れる」

「……それは、ランスロット卿の話か?」

「何度も言っただろう? お前たちは似ていると」

 占いでそう言われた時はどうせ適当に言っているのだろうと思っていたが、彼女がランスロット卿を知るモーガンであると知っている今、的を射た発言だという信頼はある。
 ……だが、彼女は引き戻そうとしていたのか。炎が燃え盛る道――すなわちグィネヴィアとの愛を貫くことから。

「なら改めて訊きたい。……あなたにとって、ランスロット卿とは何だったんだ」

「私に目をかけられていながら火炎の道を選んだ、愚かにして最高の騎士」

 エレノア・サリヴァンとして人間を騙っているわけではなく、モーガン・ル・フェイとしての人間めいた発言だというのが、今なら分かる。

「さあ、お前もその『愚かな』道を進むか?」

「アルたちとは別に、少し気まずい空気になっただけだ。明日になれば、(ほとぼり)も冷めるだろう」

「甘いな」

 そう言って彼女は、どこからか競技用の(ランス)を取り出して俺に投げてくる。そのせいで刃側とは反対側の先端・石突が腹に直撃した。

「痛っ……!」

「自分で言ったのだろう? 『大切なものを失わないための力、それこそが祝福だ』と」

 エミリーとの会話まで聞いてたか。俺が平然を装って何も言わないでいると、エレノアは立ち上がった。その表情から笑みは消えている。

「どうした?」

「向こうから音が聞こえる」

 彼女が言う「向こう」とは、昼間俺たちが通ってきた方角――追っ手がここまでやってきたのか……!?
 まずい、ジョージたちに知らせなくては! そう思ってテントへ向かおうとしたが、なぜか足がすくむ。

「だから『甘い』と言ったんだ」

 何も言えない。だが今、悩んでいる暇はない。ひとまず、この槍は騎馬用だから馬に乗らないと。俺は馬車が停まっている場所まで走った。

「待てジャック!」

 エレノアがすぐに俺を追いかけてきた。馬車に繋がるハーネスを外そうとしている俺を遮って、自分の馬を差し出してきた。

「鞍が付いているほうがいいだろう。ノロッカを貸す」

「お前は来ないのか!?」

「お前を試しているのが分からない? 急げ」

 問答をするだけ無駄なようだ。すぐに馬に乗って、昼間通った道を戻る。

 それにしても、人間じゃないとはいえエレノアの聴力はどうなってるんだ。もう結構な距離を走っているはずだが、今やっと灯りが見えてきたくらいの所にいる。
 向こうも夜中に音を立てて俺たちに気づかれることがないよう、慎重に進んでいるから遅いのか。もうこっちは気づいているけど。

「この槍どうやって使うんだよ……」

 アルと一緒に剣術を習ったことは数回あるし、俺は運動神経がいいほうだ。だけどこんな重い槍の扱いなんて……。

 そう思っていると、バサバサ! という音が後ろから近づいてきた。この音は、カラスの羽ばたきか! 暗いがもう視界が慣れているので、一度馬を止めて俺が腕を出すと大鴉がとまってきたのがわかった。

「おま――。あなたは、アーサー王か」

 翼を広げるアーサー。確かにこの雰囲気、間違いない。
 アーサーは次いで、グワァと鳴く。何言ってるのか分からないと言おうとすると、次の瞬間声が頭の中に響いた。

『私の言う通りに槍を振るえ』

 優しげだが威厳ある、独特な響きの声。これが、アーサー王の声か?

「あぁ……。分かり、ました」

 これがエレノアの祝福? 「自分は行かないけれど」と大切なアーサー王を遣わしたのか? ……今はなんでもいい。

 灯りの光が強くなってきた。そろそろご対面だな。
 許してくれ、アル。お前から離れてしまったこと。その代わり足止めしておくから、エレノアたちと一緒に先へ行け!

「おい、前見ろ!」

「詐欺師の一味か。……? 槍を持ってるぞ! 取り押さえろ!」

 来たな。俺は度胸に自信がある。アーサー王とランスロット卿()が2人で戦うなら、心強い。

『ランタンを突いて、車輪を押さえろ』

 言われた通りにすると、灯りが消えたうえにバランスを崩して転倒した。警官たちはいきなり暗闇に放り込まれてパニックになっている。

 その後もアーサー王の意に従って戦う。

「な……なんだこいつ! 本当にただの18歳のガキか!」

「ガキとは失礼だな。これ以上被害者を出したくないなら、ここで引き返せ」

 そう啖呵を切った瞬間、馬が2頭過ぎ去っていくのが見えた。まさか……!

「お2人が向かったぞ……」

「なら僕らはここで離脱するか?」

 やっぱりアッシャーとリチャードか!

『ここで足止めをするのが貴殿の仕事だ。せめてこの者たちだけでも撃退せよ』

「陛下……、でも!」

『仲間たちを信じるのだ』

 ……そうだ。エレノアやエミリーもいるし、ジョージだって格闘術を使えばアッシャーだけでも倒せるだろう。あとは、アルに自分の兄貴を任せるか。いざという時のあいつは、誰よりも強い。

「了解しました」

 さあ、警官ども。かかってこい! 何度でも言ってやる、このジャック・キャロルとアーサー王が相手してやろう!

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