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告白

 同じ風景が続いているが、日が暮れたタイミングで馬車が止まった。

「ひとまずここで野営を……、っ!」

「サリヴァン様!」

 倒れかけたエレノアを、席から降りたジョージが支える。

 そういえば、彼女の手当は全くしていなかった。いや、する時間がなかったのだ。
 傷を見ると、大鴉アーサーとは違って、翼に受けた弾丸は貫通していた。

 ジャックが敷物を敷いた後、ジョージがエミリーを呼んで手当をさせる。

「アンタね……、自分より鳥を優先するとかどういう理屈よ」

「お前たち、気づいてないのか? それとも、信じられないから分かっていないふりを?」

 彼女の言う通り、アーサーの正体に思い当たることがある。それも信じられない事実が。
 僕は勇気を出して口を開く。

「そのアーサーとは、……『ブリテン島を統べる真の王』のことですか?」

「正確に言えば、『その魂を持つ大鴉』だが」

 当たり前のようにエレノアはそう答えた。
 エレノア・サリヴァンがモーガン・ル・フェイという時点で、アーサーという名が特別でないわけがない。その鳥がアーサー王そのものなら、合点がいく。

「この大鴉が、本当にアーサー王なのか?」

 エレノアの傷を癒したエミリーは、アーサーを見つめる。

「『魂を持つ』って、どういうことなの?」

「ご説明願えますか?」

 そこからエレノアは、僕たちに真実を語り始めた。
 紆余曲折あって彼女がモードレッド卿の(はかりごと)に手を貸したこと。それを詫びるために致命傷を負ったアーサー王をアヴァロンへ運んだこと。そして――。

「治療では彼を治すことは不可能だった。だがアヴァロンへ行く前、王はこう願った。『せめてこの国を見守る目と、民を守る身体が欲しい』と。その願いはなんとしても叶えなくてはと思い、大鴉にその魂を移したのだ。アーサー王の肉体は死を迎えたが、我が務めは果たした」

 それが、この大鴉。
 寿命については、エレノアがアヴァロンの魔法をかけて永久に生きられるようにしているという。

「だがこの通り、もとよりだいぶ小さな身体だ。いくら上空を飛び回る翼があるとはいえ、天敵の動物に襲われたり、人間に狩られたりすることは避ける必要がある」

「それであなたが、『永き命にかえても守る』と。もしかして、チャールズ2世が大鴉のために天文台を動かしたというのは……」

「ああ、私が進言した。『大鴉がいなくなると英国が滅ぶ』という迷信は、裏返せば『大鴉を大切にすればアーサー王が永遠に見守っていてくれる』ということになる。皆が迷信を信じなくても王が命じれば、少なくとも人間からの攻撃は避けられるしな」

 僕はアーサーの方を向く。
 エレノアと同じく毅然とした出で立ち。アーサーの目がこちらを向くと、僕たちの心を掴んで離さないような感覚を抱かせる。

 これが『真の王』か。
 ……それを我が兄は、アッシャーにエレノアもろとも撃ち殺させようとした。モーガン(エレノア)が『悪しき魔女』? 『妖姫』? とんでもない! 彼女は英雄に永遠の命を与えた偉大なる方だ。

 エレノアはアーサーに語りかける。

「アーサー、あなたには何度も痛い思いをさせた。エクスカリバーの鞘を私が捨てた時から……。……アヴァロンに住む私は永遠の命を持つが、その命を捨てる方法があったとしても贖罪にはならない」

「何を仰いますか」

 その言葉がジョージの口から出たことに皆が驚き、彼を見た。

「ジョージ……」

「あなた様は、1000年以上に渡って英国の発展をアーサー王にお見せになったのでしょう?」

 ジョージはそれ以上語らなかったが、言わんとしていることは、僕が思っていることと同じだろう。

 今際の際に王が願ったことを叶えた行為は、十分罪滅ぼしになっている。だから自分を危険に晒す真似はしないでほしい。

 きっとそんなところだ。

 皆が口をつぐんでいると、川が青白い光に包まれて、〈湖の乙女〉ヴィヴィアンが現れた。

「今度はなんです?」

「ヴィヴィアン!」

「この川に流れた血を、誰が浄化するとお思いで? あなた方でなければ、身体を水に浸けた時にその身ごと引きずり込んでいたところです」

 さすがに、銃創を川の水で洗浄したことに怒っているらしい。

「悪いな〈湖の乙女〉よ。だが、文句はあのアッシャーに言ってくれ。あいつがこの森で散弾銃を使うのが悪い」

「……本当にあなたは丸くなりましたね。あなたに傷1つでも付けようとする愚かな人の子など、()()前ならすぐに始末していたのに」

「その話は()せ」

 やっと物語で聞くような『モーガン・ル・フェイ』の話が、少し出てきた。

 ……「すぐに始末」か。もしエレノアの性格がその時のままなら、お兄様も……。いや、まず要塞に入ってきた時にアッシャーたちを手にかけていただろうか。そもそも、人を占ったりしないか。

 占い……、『災い』。僕がリチャードとちゃんと話をしなかったせいで、アーサー王とエレノアに傷を負わせ、ヴィヴィアンの手を煩わせている。

「ねえ、アルバート」

 僕に呼びかける声。これは、エミリーか。ジャックもジョージも、エレノアやヴィヴィアンまでが僕を見ている。

「大丈夫?」

 大丈夫だよ。そう即答したかったのに、声が追いつかなかった。

「――いじょうぶ、だよ」

「……そう。それにしても、アンタの兄さん全然似てないよね。アルバートはこんなにいい人なのに、あいつは見たいことしか見てない。次会ったらなんか言ってやろうかな」

「やめとけよエミリー」

 意外にもそう発言したのはジャックだった。自分だって、さっきは言いたいだけ叫んでたのに……。

「なんでよ。やられっぱなしはヤダ」

「それじゃあいつの思うつぼだ。忘れたか? 『2人の魔女』って言ってたこと。お前のことをバカにする材料をこっちから差し――、!」

 ジャックは突然黙って、僕を見た。ジャック……、とうとう言ってしまったのか。あの場で「2人の魔女(ウィッチ)」に該当する可能性があるのは、消去法でエレノアとエミリーしかありえない。
 そのエミリーは眉をひそめる。

「……どういうこと? あいつはアタシを魔女だと思ってるの? ……ていうか、なんで黙ってるの」

「いや、その……」

「……アルバート。アタシに言えなかったことって、このこと?」

 リチャードが彼女たちを侮辱したことを、絶対に知らせたくなかったのに……。とうとう知ってしまった。

「ジョージが知ってるのはなんとなく分かってたけど、ジャックも? 言われた人(アタシとエレノア)だけ仲間はずれ?」

「違う! そうじゃなくて――」

「アタシはそういうので折れるタイプじゃないけど、揃って隠してたの?」

 何も言えなかった。助け舟を出したいが、下手に取り繕って更なる誤解は招きたくない。

「俺は……お前が心配だったんだ。あいつの好きにさせたら――」

「だからなんで隠したわけ? アタシが傷つくかもしれないから黙ってた?」

「エミリー、『黙ってて』って言ったのは僕だ。わざわざ耳に入れることでもないって思ったから……」

 エミリーは「ふーん?」と、まだ表情を変えない。怒ってしまった、のか?

「……まあ、いいよ。別に」

 ふう、良かった。これ以上議論を続けるのは、今後の旅にとって良くない。

 僕たちみんな疲れて、余裕がないんだ。……そう思うことでしか、心を落ち着かせることはできなかった。
 エミリーに新たな誤解が生まれて状況をややこしくしないよう、ジャックと2人きりで話すのは少し控えたほうがいいだろう。

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