『宝物』#3
レイモンドは一点を見つめて、呆然と立ち尽くす。何か言いたげに、口が僅かに動いている。
「お…が…あの…き……」
だが、言葉になっていない。
(一応、止まったようだが…)
ロドルフはレイモンドの暴力が止まったのを確認すると、メガネを拾い掛け直す。
レンズも枠も壊れておらず、一安心した。
そして、バックを胸に抱えたままのロイスに声をかける。
「…すまない。部活が長引いてしまって」
「私は、だ…大丈夫、だ」
まだロイスの声は震えていた。それは不埒者に襲われそうになったからなのか、異常なレイモンドを見たからなのかは、自分でも分からなかった。
肩にそっと触れたロドルフの大きな手の感触が、どこか懐かしくて、ロイスはいくらか緊張が解けバッグを下ろした。
「レイモンド、大丈夫か⁉︎」
ロドルフが、意識を飛ばしているレイモンドに向かって三度《みたび》叫んだ。
レイモンドの身体がビクリと動き、一点を凝視していた瞳に光が戻り、ゆっくりと二人へ向くと、ニヤリと笑ってみせる。
そして、いつも通りに、白い歯を見せてニカッと笑った。
「もう、ロドちゃんったら、何やってんのよ~」
レイモンドは軽口を叩くと、口の中の血をペッと吐き出す。幸い歯は折れていなかった。
「──に、しても手応えの無い奴らだったな~。つまんね‼︎」
スクールバッグを拾い上げたレイモンドは、口を尖らせる。
「──これなら、ベイサイド校の奴らのが、骨があるっつーの」
レイモンドは右頬を腫らして、ロイスの元に歩み寄る。
「──坊ちゃん、大丈夫か~?」
「あぁ、大丈夫だ」
レイモンドの手が頭を撫でる。
その行為にロイスの中で、次は怒りが込み上がってくる。
「頭を撫でるな! あ、あんなヤツら私一人でも、どうにでも出来た‼︎」
ロイスは顔を赤くするとプイッと、レイモンドから顔を逸らす。
(…に、しては結構怯えていた表情《かお》してたけどな)
ロイスの強がりに、レイモンドは目を細める。
(──……あれ?)
レイモンドはロイスの小さな違和感に気付く。
そこへ黒塗りの高級車が到着した。
運転手が後部座席を開け、ロイスを待つ。
「……」
ロイスは車に乗り込もうとして、レイモンドからロドルフに視線を移動させる。お礼を言うべきか迷った。
しかし、レイモンドは勝手に割って入って来たのだ、と納得させる。
「──じゃあ、また明日」
そのまま車に乗り込んだ。
レイモンドとロドルフは、そのままロイスを見送る。
(まさか、ね。夕陽が反射しただけだ、うん)
レイモンドは無理矢理、自分を納得させる。
「さてさて、ロドちゃん。俺達も帰ろーぜ」
レイモンドはロドルフの背中を叩く。
「レイモンド、部室に…来い」
ロドルフの声も、普段のものに戻っていた。
「何で? もしかして勧誘? 俺の強さに惚れちゃった?」
「手当てをしてやる」
それはレイモンドの右頬の腫れ以外は、日常に戻ったかのように。
「そっちかーい! 大したことないけど…折角だからロドちゃんに甘えちゃおうかな~」
二人は柔道部の部室へ向かった。