『宝物』#2
汚れた作業着姿に、ロイスは嫌悪感を抱き、ナイトブルーの瞳で睨み付ける。
「良いねぇ、その目」
ロイスを舐め回すように見る、ギラついた、いやらしい目は、明らかにロイスの制服の下──を狙っていた。
その目的を察したロイスは、持っていたスクールバッグを胸に抱えて身構える。
護身術は幼い頃にシエンから教わっていた。まだ身体が覚えているならば、その辺のチンピラ一人なら倒せるだろう。
だが…成人男性二人では? 多分、無理だ。
そう思った途端、不安に駆られる。
スクールバッグを抱えた腕に力が入る。
「おじさん達と楽しいこと、しようぜ?」
ロイスが直感した通り、目的は身体だった。
男の手が、ロイスへ伸びて来るのと同じ速度で距離を取る。
どうする? 誰か助けを呼ぶか。
迷いながら、ロイスは固唾を飲む。
「その怯えた顔、そそるねぇ」
ロイスは懸命に強がって、鋭い視線を投げ付けるが、その瞳はスモークブルーを滲ませている。
(……冷静になれ。恐れるな)
心の中で何度も言い聞かせながらも、強くあろうとする意志の奥で、じわじわと不安に侵食されて行く。
「わ…私に…」
やっと出た声は、震えていた。
「“私”だってよ。さすがにエリート校は違うなぁ」
「エリート校のお坊ちゃんは、どんな味が──」
男の手が、ロイスの白く細い腕に触れる寸前だった。
「おっ! 坊ちゃんじゃねえの」
別の声が割って入る。
「──何なに? 楽しいことすんの? 俺、楽しいこと、大好きよん」
ロイスが声のした方へ向くと、あのレイモンドだった。
安心はしたが、どうしてよりに寄ってコイツなのか、とも思った。
レイモンドは飄々と話しながらも、その目の奥では冷静に二人の動きを測っていた。
邪魔が入った男達は、レイモンドへと標的を変える。ただし、狩るための標的として。
雄叫びを上げ、拳を振り上げて向かって来る二人に、レイモンドはニヤリと笑う。
「──おぉ? やんのやんの~? 俺、強いよ?」
そう言うと、肩にかけていた持っていたスクールバッグを、大きくグルングルンと回し始める。
フンッと笑うと、レイモンドは男に向かってバッグを薙いだ。
大量の教科書が入った重いバッグは、遠心力で更に重量が増し、男の脇腹に命中する。
「ぐわっ!」
バランスを崩した男は、もう一人の男へドミノのように倒れる。
ロイスはレイモンドをじっと見つめる。その目は、いつもの冷ややかなアイスブルーの瞳ではなく、彼の行動に真摯に向き合うマリンブルーが広がって行く。
「──おらっ!」
レイモンドはバッグを地面に置くと、転がった男の一人に蹴りを入れた。
「──ウチの坊ちゃんに手ぇ出そうなんて、ナメた真似しやがって!」
脇腹を押さえて苦しむ男の前に座る。、
「──いい度胸してんじゃねえか! あぁ?」
バッグをぶつけた方の男の髪を掴んで、無理矢理顔を上げさせた。
いつもふざけた笑顔しか見せないレイモンドが、真顔で男達を睨みつけている。
ロイスもこんな彼は初めて見た。
そして、二人の不埒者へ低く告げる。
「──今後、坊ちゃんに指一本でも触れてみな。俺が許さねぇからな」
男は情けない声を上げて、モタモタと起き上がる。
が、レイモンドが油断した隙を狙って、もう一人の拳が飛んで来た。
「ぅえっ!」
レイモンドの右頬に、拳がめり込んだ。
「レイ‼︎」
ロイスが思わずレイモンドを愛称で叫ぶ。
彼の元へ行こうとするが、足は地にくっ付いたように動かせない。ほんの二~三メートル先にいるのに。
『レイ‼︎』
レイモンドの中で誰かが叫ぶ声と、ロイスの声が重なった。
懸命に閉じ込めていた記憶の扉が、こじ開けられようとしている。
「…ぁ…さ…?」
目を開いて一点を凝視したかと思うと、一瞬、身震いをする。扉は閉じられた。
倒れはしなかったが、レイモンドの口内に血の味が広がる。それが現実に戻した。
今はその時じゃない。
「やってくれるじゃねぇかよ、オッサン‼︎」
口を拭うと、手の甲に血が付いていた。口の中が切れていた。
「──俺、スイッチ入っちゃったよん」
髪を掴んでいた手を離し、ゆらりと立ち上がると殴って来た男の腹に、力いっぱい蹴りを入れる。
痛みに苦しむ男達が「判った! すまない」と謝罪して来ても、レイモンドの蹴りは止まらない。
レイモンドの足が、男の手の甲を踏みにじる。
「わぁああ‼︎」
「この手かぁ? 坊ちゃんに触ろうとした薄汚ねぇ手はよ‼︎」
顔には狂気が浮かんでおり、明らかにこの状況を楽しんでいる。
そこへロドルフが駆け付けて、レイモンドに向かって叫ぶ。
「レイモンド‼︎」
無口な彼とは思えない、大きな声だった。