第57話
「なあ」ふいに、隣で足早に進んでいるボブキャットが声をかけてきた。
「うん、はい」モサヒーは返事をする。
「あの、レイヴンっていう奴が捜してる動物ってさ」ボブキャットは小走りに進みながら空を見上げてそう話した。
上空には鳥や虫が飛んでいる。食いつけそうな位置にそれらが下りて来る好機をうかがいつつ小走りに進んでいるのだ。
器用な動物だ。
「うん、よく知っていますね」モサヒーは慎重に言葉を選ぶことにした。
「ああ……その動物って、ネコ科なのか?」ボブキャットは構わずそう訊いてきた。
「──」モサヒーはすぐに回答できなかったが、ああそういうことか、と納得したのだった。どこでマルティコラスの情報を得たのかは知らないが、マルティが──恐らく『羽の生えたネコ科』だと聞き、興味を持ったのだろう。
それで、ついてきたのだ──あわよくばマルティ本人に直接会える好機を狙って。
したたかな動物だ。
「うん、マルティコラスのことですね」モサヒーは話すことにした。
今後、またこの動物がどこからか『べつの情報』を掴んでくるかも知れないと踏んだからだ。
レイヴンも、この地球上の動物たちから色々と情報をもらったり手助けをしてもらったりしたと話していた。
ならば自分も、その地球生物たちの『好意に乗っかる』ことについて、少し許容範囲を広げてみよう。そう判断したのだ。
「マルティコラスっていうのか」ボブキャットはモサヒーの方に目を向けて訊き返し、その後また鳥たちの方へ視線を戻しながら小走りに進んだ。
「うん、マルティは、形態としては地球のネコ科動物に似ていますが、うん、ネコ科ではありません」モサヒーは質問に答えた。
「そうなのか?」ボブキャットはがっかりしたかも知れないが、だからといって足を止めたり随伴を取りやめたりはせずにいた。「でもそいつ、なんで飛べるんだ?」
「うん、マルティは特殊な体の構造をしています」モサヒーは説明した。「彼の翼は、うん、通常は背中の筋肉として全身を支えていますが、うん、いざ翼として開かれると、彼の体細胞中の液体部分がすべて翼に移動します。そのため本体は、うん、すかすかになって木の葉よりも軽くなり、うん、加えて彼の翼は特別な筋組織を形成して、普通に羽ばたくだけで、うん、その下に大きなジェット流を生み出すことができるんです」
「──」ボブキャットはひと言も口を挟まずにいたが、聞いているのか否かは定かでなかった。「そうか」モサヒーの声が途切れたところで彼はただそう言った。
「うん、ですがこのことは、ここだけの話にしてください」モサヒーは付け加えた。「間違って双葉に知られると、うん、よくないので」
「ああ、わかった」ボブキャットはすぐにそう返答したが、もちろん彼にそんなことをするつもりのないことは充分理解できた。
また、たとえ『そのつもり』があったとしても、恐らく正確に他に伝えることも無理だろう。
「お」その時ボブキャットはあるものの存在に気づいた。
少し離れたところにある大さな岩だ。そしてその向こう側にいる動物たち。
ワピチ──アメリカアカシカだ。
「なあ、俺ちょっとだけここでやることがあるからさ、先に行っててくれよ」ボブキャットはモサヒーを見上げてそう提言した。「後で、すぐ追いつくから」
「うん、わかりました」モサヒーは答え、そのまま浮揚推進を続けた。
思った通りボブキャットはその岩の方へすばやく進み、あっという間に岩陰の中へ身を隠した。
ワピチを、狩るのか──
そう思った時、さっき出会ったクズリとボブキャットの「シカを喰ったことはあるか」というやり取りをふと思い出した。
あの時ボブキャットは、自分はまだない、と答え、あの陽気で多少迷惑なクズリに大笑いされていたが──
「うん、挑戦するんですか」モサヒーは一人呟いて、そのまま浮揚推進した。
負けず嫌いな動物だ。
ワピチに話しかけるのは、今はひとまずやめておこう。そう彼は判断した。
それは狩りの邪魔になるから。