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128 前哨戦の伍


 三国志の蜀の英雄たちが一ヶ所に集まり、それを囲むわしら全勢力との壮絶な攻防が開始された。
 場所はわしらがさっきまで趙雲と戦っていた空港の滑走路から北北東へおよそ500メートル。
 うん、まぁさっきまでは滑走路の中心。そして今度は滑走路の端っこに移動しただけなんだけどさ。
 これも合流を企てる関羽や張飛を自由に移動させ、しかしながら趙雲を囲むわしらはその包囲をちょっと緩めるだけにしたことで趙雲の移動を多少阻み、関羽や張飛をこの空港に引き寄せるようにしておる。
 もちろん市街地戦を避け、この広い滑走路で戦いの続きをするためじゃ。

 そこら辺の微妙な包囲具合を調整するのも前線におるわしの腕の見せ所だったんだけど、それに気づいたものが果たしてどれぐらいいたじゃろうな。
 いや、今さっきこちらに合流したあかねっち殿とよみよみ殿ですらそれには気づいておらんのだけど、かつての時代に数々の戦場を見てきたであろう熟練の兵が数名、わしに対して「誘導お見事!」などと言ってきおったわ。
 それが何のことかわからん兵たちもおるとして、まぁ、そういう指揮官経験豊富な転生者も数多くおるのじゃろう。


 にしてもやはり敵味方の兵が全て揃ったことで、戦いはさらに激しさを増しておる。

 趙雲と関羽、そして張飛がそれぞれ背をかばい合うように外側に向けて構え、それを数百の味方が囲む。
 今は出雲勢力のほとんどが体力や武威の消費に伴い戦線を離脱しておるが、わしに前線の指揮権が移るや否や、頼光殿も嬉々として戦闘に乱入していった。
 そしていまだ戦い続ける渡辺綱殿と坂田金時殿も――いや、待て。
 この2人の動きがだいぶ鈍くなってきたな。

「綱殿? あと坂田殿? おぬしらは戦線を離脱してくれ。そろそろ限界じゃろう?」
「え? あ、いや……」
「でも我々が抜けると均衡が……?」

「大丈夫じゃ。上杉と武田が結構いい戦いっぷりをしておる。それに戦いはまだまだ続く。
 だから今のうちにしっかりと休むようにするんじゃ」
「はい。三成さんがそういうのであれば」
「では……うちのボスを頼みますね」

 まぁ、この2人はこれで簡単に戦線離脱を了承してくれた。
 問題は……そう、外側に向けた3人の敵の円陣の中心にあえて飛び込んだ狂気の極み。
 もちろん頼光殿じゃ。

「頼光殿は……まだ戦えるな?」
「えぇ。ふっふっふ。接近戦と……うらぁ! せい! はぁ……! それにこの中に入れば、敵は“飛ぶ斬撃”を簡単には出せなくなりますので!」

 そうじゃ。敵の誰かが陣の中心におる頼光殿に“飛ぶ斬撃”を放った場合、それを頼光殿が回避すると、その斬撃が味方の誰かに当たってしまう可能性がある。
 それを理解したうえで、頼光殿はこんな狂気じみた場所に侵入していったのじゃが、そこら辺の冷静さはギリギリ持っておるようじゃ。

「あ、あぁ。そのようじゃな。ではその中から敵の背後を襲い続ける感じで頼む」
「はい。このまま! この楽しい戦いを! できれば永遠(とわ)に!」

 いや、前言撤回。もうだいぶおかしい。
 でもわしと会話が成り立っておる……はずだから、その間はあやつをある程度好きにさせておこうぞ。


 んでわしはその間に味方の連携を再構築することにした。

「上杉と武田は一度敵との距離をとって待機じゃ。一度京都勢力と出雲の残存戦力のみで戦うように。
 んでその間に上杉と武田は4~5人の小隊を組み直してくれ。部隊の呼称はA、B、Cの順で!
 今後、『上杉A班』、『武田B班』と呼ぶ感じでわしが指示を出すからそのように。部隊の編成が終わったら部隊の数と、アルファベットをどこまで使っておるか伝えてほしい」

「はっ! わかりました! 上杉よ! 一度退くぞ!」
「武田も退け-!」

 んで次は京都陰陽師勢力と出雲勢力に。
 あっ。いや、その前にあの2人にも指示出しておかないと。

「あかねっちとよみよみは? まだいけそう?」
「えぇ、私は武威の方は大丈夫! でもちょっと眠くなってきたかも!」
「お、同じく……も、もってあと30分……ぐらい、かな?」

 ちなみにこの2人も戦闘開始当初から一睡もせずに前線基地で指示を出し続け、その後こうやって戦場に赴いておる身じゃ。
 武威はまだまだ十分だけど、やはり眠気には勝てん。

「了解。んじゃ30分後に離脱予定ということで! それぐらいに島津の兵が動き出すから。
 それまであかねっちとよみよみは頼光さんと一緒に連携して。2人なら敵の輪に入れるだろうし、頼光さんとも連携しやすいよね! よろ!」

「おっけー!」
「りょ、りょうか……かい……」

「んじゃ……そうじゃな。出雲は張飛。京都は関羽。それらを相手に攻撃を集中させるように。
 あかねっちとよみよみは趙雲で! そいつ、時限爆弾的な時間差爆発効果のある斬撃飛ばすけど、今はあんまり気にしなくていいから!」

 まぁ、とりあえずはこんなところじゃろう。
 これまで幾度となく例の倉庫で戦闘訓練をしてきた頼光殿とあかねっち殿、そしてよみよみ殿をある意味1つの小隊として組ませ、しかも一番危険な場所に配置するあたりが、今回のわしの作戦におけるちょっとしたスパイスじゃな。


「ふっふっふ」


 楽しい。
 いや、味方の兵も徐々に負傷者が増えておる状況だし、こんな強敵を相手に油断なんてもってのほかだけど、やはり戦場で指揮をするのは楽しいな。
 後方支援専属武将――かつての時代はそんな風に言われておったけど、わしだって豊臣家の家臣として全国制覇を成し遂げた武将の1人じゃ。
 どっちかって言うと事務作業が得意だったからそっちの仕事が多かっただけで、戦場での経験もそれなりにあるのじゃよ。

 そして頼光殿が戦闘に加わり、吉継が民の救出行動に意を注いでおるゆえ、今、この戦場の総大将はわしじゃ。
 しかもその指揮権はこの国の2大勢力ともなろう出雲神道衆と京都陰陽師、そしてあの上杉と武田の兵たちを従えての総指揮。
 さっきもついつい思ってしまったことじゃが、やはりそれを実行している今現在のこの嬉しさと言ったら、それこそここ15年あまりの努力の結晶がこの戦場にて開花しておるようなもんじゃ。

 と思わず笑みをこぼしておったら、今度はその独り笑いを戦線離脱してきた綱殿と坂田殿に見られてしまった。

「ふっ。なにがおかしいので?」

 綱殿が顔じゅうの汗を衣服の袖で拭いながらそう問うてきたので、わしは笑みを隠さずに答える。

「この戦場がじゃ。わしがこれまで繋いできた各勢力が……そう、長年にわたって活動してきたわしの成果がここに表れておる」

 んでその言に、今度は坂田殿。

「ふむ。それは確かに……そう考えると、あなた様のお気持ちもわかる気がする」

 あぁ、とくにこの2人。あとその頭領たる頼光殿も含めて――当の本人は趙雲たちに囲まれながら戦場のど真ん中で奇声を発しておるけどそれは気付かなかったことにしておくとして――わしのこれまでの活動をそばで見守ってきてくれたのがこの面々じゃ。
 なので今のわしの気持ちをわかってくれる数少ない人物とも言えよう。


 でも感傷に浸っておる場合でもない。


「それはそうと……やはり、強いな」


 目の前およそ50メートルほどの地点。
 関羽と張飛が合流し、まさにどこぞの要塞かと見間違えるほどの武威がそこから放たれておる。
 何度も言うように、その中心で楽しそうに戦っておる頼光殿と、そこにひるむことなく飛び込んでいったあかねっち殿やよみよみ殿もどうでもいいとして。

「えぇ。やはり武威による防御力が異常です。三成さんは……えぇっと……さっき“道威”っておっしゃってましたっけ? 道術をもとにした?」
「そうじゃ。さっき勝手にわしが名付けたんじゃが、その“道威”の技術を用いての、凝縮された武威による鎧……なかなか厄介だったじゃろ?」
「えぇ。自分の攻撃力に自信を無くすかと思いました」
「綱殿がそういうのならば、やはりその堅牢さはとてつもないのじゃろう。
 ところで……? あのちっこいおっさんが張飛か?」

 ここから見える限りでも新たに登場した敵のうち、片方はやたらとガタイのいい男。185センチぐらいはあろうか。
 歳は30代の半ばと見られるけど、肩まで伸びるウェーブのかかったロン毛と合わせて、ワイルド系の極みじゃ。
 他方、この戦場に場違いなスーツ姿の男。小太りで身長も小さく、なんというかこう……40半ばのさえないおっさんって感じの男が――しかしながらとてつもない武力をもってこちら側の兵を退け続けておるんじゃ。


 見た目も現世における経歴も接点のなさそうな3人。
 だけどなんとなくな感じでゴツイ男の方を関羽と予想したんじゃが、わしのその予想は外れじゃ。

「いえ、そのちっこいおっさんが関羽です。そしてガタイのいい男の方が我々とずっと戦ってきた張飛。
 自分、プロレスとか好きで結構見るんですけど、張飛の転生者であるあの男は日本でも結構有名なプロレスラーですね」
「う、マジか?」

 隣に立つ綱殿からそのように伝えられ、わしもちょっとびっくりじゃ。
 視線の先、張飛は長くてぶっとい矛を駆使しながらも、たまにプロレス技のようなものも繰り出しておる。
 その戦い方の派手さからはやはりこの3人の中で1番格の高い関羽かと思っておったけど、でもまぁ、外見から受ける第一印象のあやふやさなんてそんなもんじゃろう。

「んで小太りのおっさんが関羽?」
「えぇ。そうなりますね」

 関羽に関しては長身とたくましい体、そして長い髭などを想像しておったけど、そういうわけでもないらしい。
 わしら転生者は結構前世の姿の面影があったり、それこそ瓜二つだったりするんだけどな。
 これもなんというか、転生術との違い……? のような気がする。
 現代を生きる一般人の体に無理やり転生術を施されたかのような……そんな違和感じゃ。


「それで張飛の方は……さっき三成さんが無線でおっしゃってた“追尾機能”のある攻撃で間違いありません」
「うーん、そうじゃな。わしの武威センサーでもここまで近くに来ればよくわかる。“飛ぶ斬撃”の武威が完全にこちらの兵を追跡しておるんじゃ」
「はい。助かりましたよ。我々は敵の斬撃の軌道を感じ取れないので、最初は回避先にさらなる斬撃が襲ってくる“未来予測型”の斬撃かと。
 いえ、それすらも確定することができないので、結局はしばらく逃げ回るか、いっそのことその斬撃を正面から受け止めるか」
「でも24時間以上耐え抜いたのじゃろう?」
「はい。ボスがやはり――というか今と同じように近接戦闘を仕掛けることにして、そこに我々も混ざり……」

 ふむふむ。
 たとえ敵の斬撃に追尾機能があったとして、それでも超接近戦を仕掛ければ、張飛自身も自分の放った攻撃を受けかねまい。
 やはり張飛や趙雲に関しては間合いを狭めて攻め続けるのが効果的なのかもしれん。

 でも関羽はそうもいかん。
 どうやらこの男、ひと振りの斬撃で同時に4~5発の“飛ぶ斬撃”を繰り出しておるようじゃ。
 発射のタイミングは同時。でもその軌道と並行するようにいくつかの斬撃が同時に襲い来る。
 これはこちらが接近戦をもくろんでも厄介じゃ。
 たとえ1つの斬撃を防御しても、他の斬撃が少しずれた軌道で襲い掛かってきて、結局は防御もままならん。

「うーん。関羽の方は……逆に距離を取らねば……面攻撃とみなして……?
 そして趙雲の“時限爆弾的な”付随効果と同様に大きく回避せねば」
「そうですね。義仲さんはどうやって戦っていたのでしょう?」

 うむ、それは簡単じゃ。
 三原に限っては、わしが幼き頃よりずっと訓練を共にし、その武威センサーの有効性も十分に知っておる。
 敵が不可思議な攻撃をしてきたとして、その対処法として“武威センサーもどき”のような武威の放出を行い、幾重にも襲い来る敵の斬撃を補足しておったのじゃろう。
 まぁ、わしと違ってその有効範囲はせいぜい10メートル程度じゃろうが、三原にとってはそれだけで十分役に立つ。

 同じく途中から三原のサポートに行ったあかねっち殿やよみよみ殿も。
 今関羽たちが構成する円陣の真ん中で、頼光殿と同じく敵の背中を攻め続けておるけど、あの2人もいつもより武威の放出範囲が広い。
 これ多分、三原からそのように指示されたのじゃろうな。
 その分2人の残存武威が急激に減っておるし、そもそもこの2人も丸一日以上起きておる身じゃ。
 大規模な援軍によりいつでも戦場から離脱できるとしたうえでこのような戦い方をしておるのだろうけど、そもそも武威センサーはわしの専売特許。
 あかねっち殿やよみよみ殿はそう長くはもたんじゃろう。
 思いつきでわしの真似をして、それでも長時間戦い続けた三原がやはり化け物というわけじゃ。

「三原はおそらくわしの真似をして……武威の放出範囲を広げることで、敵の摩訶不思議な攻撃のからくりをなんとか解明しようとしたはず。
 んでそれが上手くいったようじゃ」
「ほう、なるほど」

 ちなみに綱殿たちも数えきれない死線を潜り抜けてきた百戦錬磨のつわものなので、これぐらいの説明で三原の戦い方を理解した。
 それとわしがその説明を短くはしょった理由。
 部隊の再編成を終えた上杉や武田の方から無線が入ってきたのじゃ。

「こちら上杉勢。総勢32名を8つの小隊に振り分け、それぞれをA~H班としました!」
「同じく武田より。計40人を10の小隊に。A~Jまでになります!」

「うむ、わかった。それじゃ出雲と京都の兵はいったん退け!
 上杉のAからC班までが出動! ちっちゃいおっさんを狙え。そいつが関羽じゃ。同時多発型の斬撃を放つゆえ、武威の放出範囲をできるだけ広げて全ての斬撃を把握するように! その代わり上杉の方は交代のペースを早くするからD~F班も臨戦態勢で待機じゃ!
 んで武田はA、B班が出ろ! ガタイのいいロン毛の男を頼む! そいつが張飛じゃ。追尾型の斬撃を放つので、そうさせないために接近戦を続けるのじゃ! でも気をつけよ。張飛はプロレス技も使う。もしそれを食らって意識が飛びそうな者が出たら、他のメンバーがすぐさまそやつを回収するんじゃ!」
「はッ!」
「了解!」

 んでお次は趙雲じゃ。

「頼光殿とあかねっちとよみよみは趙雲に攻撃を集中で! これまでと同じく接近戦のままでいいから!
 これから出雲と京都の兵をさらに絞って趙雲に当てるから、あと10分ぐらいがんばって!」
「りょ、りょーかい……ふぬッ!」
「せい! とう! え、えぇ、わかったわ!」
「えぇ? 私も10分で離脱ですか!? 今が一番楽しい時だったのに……」

 もちろん最後に駄々っ子みたいなことを言い出した頼光殿の頼みは無視じゃ。
 それはいいとして……

 それからわしの見立て通り、およそ10分の時を経てあかねっち殿とよみよみ殿の体力が尽きた。体力というより、睡魔に勝てなくなったという方が適切かもしれん。
 そのタイミングを見計らい頼光殿と3人揃っての戦線離脱を指示し、そこに出雲・京都の兵のうち、まだかろうじて戦える者たち数名を小隊編成にして当てる。

 と思ったら、ここで作戦本部となっている前線基地から無線が入った。

「もやし狐よ、待たせたな」
「おぉ、鬼ジジイ! 待っていたぞ! それでどうじゃ? そちらの段取りは?」
「あぁ、今から動き出す。こっちで勝手に敵を誘導するから、お前たちは極力何もするな」
「え? いいのか?」
「あぁ、もし敵が目の前に来たらその時だけ応戦しろ。あとは基本的に手出し無用だ」
「お、おう」

 最後にわしの短い返事を伝えて無線が切れる。

 んじゃ、もう……そう、わしにとって夢のような時間だったけど、それも終わりじゃな。
 少し名残惜しいような気もするが、わがままを言ってはおれん状況じゃ。
 ここからは島津義弘の指揮による偽装撤退戦。味方の被害を少なくしつつも確実に勝利をもぎ取るためには仕方なし。


 ふーぅ。

 一仕事終えたという達成感も十分。
 でも……やっぱり……夢のような時間じゃった。

 あとなんでじゃろうな……?
 上杉、武田の兵。そして出雲神道衆とわしが仮の頭領を強いられておる京都陰陽師勢力。
 これらを指揮し終えた今、なぜか坂上田村麻呂殿の笑顔が脳裏に浮かんだわ。


しおり