◇第一章:勇者は魔王を倒したい
青々と生い茂る草木を踏みしめながら、四人の少年たちが森の中を進んでいた。
「カイン、本当にこちらで合っているのですか?」
そのうちの一人が、先頭を歩く真っ青な髪の少年に声をかける。
声をかけられたカインは、襟足を一つに束ねた長い髪を揺らしながら振り返り、とびきりの笑顔で言った。
「多分!」
「多分って……」
「まぁまぁ、とりあえず北に向かって歩こうぜ。そんで、近くの街で今日の宿を探すっと」
「賛成だ」
カインの情報だけが頼りだというのに、あまりに能天気な返答に腹を立てた仲間を、一人がなだめ、もう一人が落ち着いた様子で提案に頷いた。
やがて、分かれ道に差し掛かった四人は足を止める。
木の杭に取りつけられた看板には、こう書かれていた。
〝左:街 右:洞窟〟
「どうする?」
「カイン、あなた今の話を聞いていましたか? 街に行くんです。ほら、こっちです。暗くなる前に、早く行きましょう」
仲間の一人がそう言って街の方へ進み出し、残る三人もその後に続いた。
ほどなくして、賑わう街へたどり着いた四人は、宿を探し始めた。
寄り道しようとするカインを何度も引きずりながら、夕日が沈む頃になってようやく今日の宿を見つけた。
それは旅人なら誰もが一度は見たことのあるような、ごく普通の宿屋だった。
一階は居酒屋を兼ねていて、にぎやかな声が外まで響いている。
四人はがやがやと賑わう店内を通り抜け、受付へ向かう。
一人が全員分の手続きを済ませると、とりあえず一息。
カインが「やっと着いたな!」と伸びをした。
「誰のせいで遅れたと思ってるんだか……」
そう言いたくなる仲間もいたが、毎度のことなので今回は黙っておいた。
「なんとか暗くなる前につけたな」
「本当にひやひやしましたよ」
「右に同じく」
元気なカインとは対照的に、他の三人はすっかり疲れ切った様子だ。
「それでは、各自夕食をとったら今日は早く寝てしまいましょう。明日の朝、いつもの時間にここで」
「了解」
「承知した」
「カイン、ちゃんと歯を磨いてから寝るんですよ。それと夜更かしは禁止。朝には起こしに行きますので」
「わかってるって。ていうか、お前は俺の母ちゃんか」
「まさか。こんな大きな息子を持った覚えはありません。それでは皆さん、また明日の朝に」
その言葉を合図に、四人はそれぞれの部屋へ散っていった。
一階の居酒屋で夕食をとり、風呂も済ませたカインは、部屋に戻るなり着ていた服を脱ぎ捨て、素っ裸のまま寝台に勢いよく飛び込む。
「あー、疲れた……。そういや、あれから返事来てねーなぁ。いつもならすぐ寄越すのに」
数日前に飛ばした〝それ〟と、受け取ったはずの相手を思い浮かべながら、「妙だな」とつぶやくカイン。
だがそのまま、意識はゆっくりとまどろみに沈んでいった――。
◇◇◇
――翌朝。
カインたちは、宿屋の一階、受付前に集まっていた。
「よおーし! さっそく魔王退治に行くぞー!!」
「……それで、威勢がいいのはいいのですが、本当にもう近くまで来ているのですか? 魔王城の」
男のくせにかーちゃんのように口うるさい仲間にそう言われ、カインは胸を張って答えた。
「心配すんなって! 確かにこの街から見える北の山の向こうだって〝アイツ〟が言って――」
そのときだった。
カインの頭を狙って、白く鋭い何かが、開け放たれた宿屋の窓から物凄いスピードで飛んできた――!
ずさりと鈍い音をたて、カインの頭に衝撃と血吹雪が走る。
「あたたたた! な、なんだ?」
大量の血をどくどくと流しつつぶっ刺さったものを引っこ抜く。
「あ、魔王からの紙ヒコーキだ」
「またですか」
「なんか久々な気がするなぁ」
「毎回妙な光景だ」
すっかり見慣れてしまっている仲間達は淡々としているが、たまたまそこに居合わせた他の客や店の者はあんぐりと口を開け、固まって動けない。なぜ紙ヒコーキが刺さるとかどっから来たとか頭から血を流しているのにけろりとした様子とか……。
そんな事はお構いなしに、カインは紙がすれ合う音と共に紙ヒコーキを広げると、そこには達筆な字で
「うーんとなになにー? 勇者よ。余は暫く」
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勇者よ、悪いが余(よ)は暫く城を留守にする。
来るなら〇×△□日以降に日を改めよ。
by魔王
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「……っな」
カインは広げた正方形の紙を今にも破らんかのごとくぶるぶると身を震わせ
「なんだって~~!!」
やはり紙を盛大に破り捨てた。
そして直ぐさまペンと五枚の紙を取り出すと荒々しく文字を殴り書き、その紙を今度は懇切丁寧に折り畳み店の外に出て構え、振りかぶる。
「魔王のバッキャローーーーーーー!!」
立て続けに目にも留まらぬ速さで飛ばした紙ヒコーキは綺麗な弧を描き、爽やかな朝の空へと消えて行った。
「あ、アイツふざけやがって、ここまで来てじょーだんじゃあねーーっての!!」
怒りをあらわに紙ヒコーキが消えて行った青空を睨む。
「一応まだやってたんですね。その文通、のような紙ヒコーキ交換」
「最近はめっきりそんな気配なかったからな、もうやめたのかと思ってたぜ」
「まさか、ずっと何度も飛ばしてたよ! 今朝だって! ただこないだ飛ばしてからなっかなか返事が来なかったんだよ。いつもなら数秒で返す癖に! それでやっと来たと思ったら暫く城を空けるってどういうこっちゃ! 魔王退治に行くのに本人いなきゃもともこもねーじゃんか!」
「で、なんて書いたんです?」
「〝なんでだよバカ!〟って書いた! 五枚とも!」
「なんでだよ」
「バカ?」
「……」
「そう! だって俺が来るって知ってる筈なのにこんなん納得いかな」
またもや鈍い音をたてカインの頭にずさりと衝撃が走る。
目にも留まらぬ速さで突き刺さったそれは勿論。
「あた! あたたた! もうなんかさっきより痛いんだけど!」
「それはそうでしょう。同じところに一寸の狂いもなく突き刺されば」
「痛いだろーな。つか、さらに出血が酷いが大丈夫か?」
「足元が血の水溜まりと化している」
「こりゃ血の海が出来るのも時間の問題だな」
「はぁもういいですから魔王はなんて?」
「あーもう、ええっとだからー」
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だから余は暫く物凄く忙しい。
お前に分かるように説明すると、各国の魔王が一同に集まって大事な話し合いをする。
そして今まさにその最中(さいちゅう)だ。
余はわざわざその最中(さなか)にお前にこうやって返事を出しているんだぞ。
頭の悪いお前でもわかるだろう、余は仕事中なんだ。
これが片付いたらいくらでも相手をしてやる。
だから、一日に五十通近く紙飛行機を飛ばしてくるんじゃない。
わかったな。
by魔王
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「「 えっ 」」
四人は目を丸くした。
張り詰めた静けさの中、いつもかーちゃんのように口煩い仲間の一人が口火を切る。
「……すみませんカイン。もう一度、もう一度だけ、読んで貰ってもいいですか」
「う、うん。貴様に分かるように説明すると、各国の魔王が一同に集ま」
「ストップそこです」
まごまごしくも読み上げるカインの言葉を仲間は遮る。
「その〝各国の魔王〟ってところですよ」
「まさかとは思うが、魔王ってのは一人じゃ、ない、のか?」
仲間の中で一番逞しい少年が慎重に言葉を紡ぐ。もう一人の寡黙な仲間は何も言わずただ黙り込むばかりだ。
「ま、まさか!」
カインは慌てて真新しい真っ白な紙を取り出すと、急いで書き込み紙ヒコーキにして飛ばす。
その様子を仲間達は息を呑んで見守った。
すると、飛ばして一秒もたたずに〝ずさっ〟とお決まりの衝撃がカインの頭を襲い血吹雪が舞う。
だが今度は痛いとは言わなかった。いや痛みを感じる余裕がなかった。
「き、きた」
「な、なんて、書いてありますか?」
おそるおそる紙ヒコーキを開くとそこには……
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この世界に人間の王は一人しか存在しないのか?
違うな。国がある数だけ王もいる。
ならば魔族とて同じこと。
追伸
いい加減にしろ。暫く相手をしてやる暇はない。
by 魔王
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広げた紙に綴られた達筆な文字、四人の少年は目を疑った。
「き、聞いてないぞ。そんな話」
「て事はまさか、魔王一人倒しても、また別の魔王を倒しに行かないといけないのか?」
その絶望的な響きに全員息をのむ。
「マジかよ」
それぞれが困惑し、口をつぐむ。
それもそのはず、まさか誰が魔王が一人ではなく複数いると考えるだろうか。
カインが今まで読んできた本の中だって、魔王は必ず一人しかいなかったのだから。
そんな中、仲間の一人が重い口を開いた。
「……カイン、今まで幼馴染みとして付き合って来ましたが、それも今日までです」
「え!?」
「そうだな。流石に今回ばかりは付き合ってられないぜ」
「そもそもなんの利点もない旅だ。何しろ我々の国では魔族とうまい事折り合いをつけている」
「そ、そんな~。じゃあなんで皆一年近くも付き合ってくれたんだよ~」
「貴方がどうしてもとしつこかったからです」 「まぁ俺暇だったし、暫くは付き合ってやってもいいかなぁと」
「おおごとにならない程度に付き合い、大事にならないうちに諦めさせ、連れ帰るつもりでいた」
「と言うわけで、私達はこれで」
「悪いなカイン」
「いずれ途中で〝帰らざるを得なくなる〟その時は素直に諦めて帰って来ることだ」
唖然とするカインを他所に仲間の一人がそうだと懐から何かを取り出した。
「カイン、これを持って行きなさい」
カインは手に握らされた重みのある革袋を見詰める。
「旅費です。貴方無一文でしょう。まぁ私が持たせなかったのですが……いいですか。無駄遣いは決してしないで下さいね」
「わかってるよ」
「それと、さすがに一日に五十通は相手に迷惑です。せめて一通くらいにしておきなさい」
「わかったってば」
「そうですか。ではこれで、ご武運を」
「な、なんだよそれ〜」
背を向け帰って行こうとする仲間に、カインは情けない声を出す。だが誰一人として振り返る事はない。
「ま、まじかよ」
呆然と仲間が去って行くのを見送り
「こ、この、薄情もの~~!!」
こうして旅立って一年後の朝、たった一通の紙ヒコーキと己の自由奔放さ故に、カインはあっさり仲間を失ったのであった。