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第十話『こんな大人になってはいけない!』2/2

▲【10/27(月)】
◆【リレイズ北村】
もう慣れてきたけどさ。ここって階段ぐらいつけろよ。
ちがうよ階段下ってるんだよ。階段はついてんだろ。
正明「ヒヒヒ……」

あー、頭回らねー。

昨日結構飲んだからか、ちょっと頭いてーし。
多分、本番前は今日で最後。もしくは、できてあと1回。
憂ちゃんからポーカーを教えてもらえる貴重な時間だ。

リレイズ北村。地下3F。
音と光のないこの構造は、非合法の怪しい世界が広がると言えば誰もが信じるだろう。
……まあ全然非合法の怪しい世界なんだけどさ。

そもそも論として、客欲しいなら立地って言うじゃん? これもうこの時点で最悪だよな。
いつも通りのドアを示す明かりがうっすりと灯る……ではなく、
正明「……」

『ちょー安い!ベリーグッド!』
『初めての方もOK!スタッフが優しくご案内』
『トイレあります!』
『1円で遊べる!? 地域最大級!』

なにが地域最大級なんだよ。
自己主張の激しい点滅するライトを見ると、自分がこんな場所でバイトしていることに吐き気を覚える。
つーかこれ、余計にアンダーグラウンド感増してるよな。

ドアを開けると、
憂「いらっしゃいませー! 何名様ですかー! お一人様ですかー! おタバコは吸われますかー!」
憂「あーん、なーんだ。正明君かー」
なによこのテンション

憂「あのね。今日ね。うふふ。今日はきっとお客さん満席になると思うから、頑張ってね!」
正明「予約でも入ってんのか?」
憂「やーん、もー。そんなんじゃないけどー、うふふ。正明君だって、わかってるんでしょ」
このクソみたいな自信は、まさか本当にあの看板(看板?)だけで集客できると思っているのか。

憂「ほーら、着替えてきてー。もうお姉さんスーパーディーラーモードだよ」
正明「……」
自分で言うけどさ。オレを気圧(けお)されるって凄いよあんた。いやー、大したもんだ!
結局言葉を奪われた正明はズコズコと制服に着替えていった。


憂「いらっしゃいませ~」
憂「いらっしゃいませー」
憂「いらっしゃーいまっせーん」
憂「んー、個性か。定石か。うふふ。難しいなー」
憂「でもでもでも、色々試せばいいもんね。うふふー」

あまりに暇だったので前回用意されていたアニメを視聴していたのだが、もうそろそろ全部見終わる。
憂ちゃんが妄想の世界に浸っている時間の長さはどれぐらいか? そこに溢れんばかりの灰皿が物語っている。

正明「なあ。ポーカーしねえか?」
憂「えー、ダメだぞー正明君。従業員が遊んでいたら、メッ!」
正明「うんー。わかったよー」
なーにがメッだよクソババア年齢考えろよてめえ。

憂「やーん、正明君いい子ー」
この巻見終わったらバイト時間終わるからな。

あー、ってことは次、か。
チッ。もう一週か二週間ぐらいは伸ばす必要あるか……あー、考えものだな。
しかしこのアイドルアニメ、ずっとロボットばっかりだな。

正明「うっし。時間だから帰るな」
憂「え、ダメ」
正明「ダメじゃねーよアホ。時間内って約束だろうが」
憂「だってまだお客さんが……」
正明「来ねえよ」
憂「……」
憂「えへへ、残業代一時間3,000円だぞ」
普通に心動く金額出してくるのがうぜえ。
正明「嫌だ。帰る」
憂「えー。5,000円」
正明「交渉する気はさらさらねーんだよ」

憂「なにか予定あるの?」
正明「なにもねーよ」
憂「それなら一組入るまでは付き合ってよ!」
正明「それ無期懲役だろうが!」
憂「来るかもしれないもん!」
あー、バカ。こいつ本当バカ。

正明「オレは今後の人生で絶対に働かないと決めているんだ。ギャンブルで負けた今回だけが特例だ」
憂「んー。それならしょうがないね」
実は冗談じゃなくて本音の信念を口にしたら予想外に理解されてしまった。
憂「あーん、この後団体客来たら一人じゃ無理だよー」
憂「んー、求人出そうかな。あ! いいね、求人! うんうん、イケメンの可愛いボーイ10人ぐらい雇ってハーレムしちゃおうかな!」
正明「はいおつかれっす~」
店から出て、階段を登っていく。

はー、無駄な時間だったぜ。
つーか、もし本当に次もポーカーしないってなると……。
正明「……」
戦略の見直しはない。とりあえずこのままでいく。

とにかく――時間がない。

というのも学費と家賃と生活費と。貯金を切り崩して生活することもできるが、そんな生活に慣れればすぐに底をつく。
学園生時代を過ごすだけなら十分に金はある。あるが、ギャンブルをするにはそこまで資金の猶予はない。

少なくとも――憂ちゃんの居るフィールド。数百渋沢や一千渋沢を張る金はまだない。
……ん?
階段の上の方をライトで照らしてみる。
今、誰か居た……?
っは。本当に客きたのかよ。物好きな奴め。

そう思って階段を登ったが結局誰にも会わなかった。

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