7.仙台城は燃えているか
鬼ノ城の広場にて、白装束を身にまとった役小角の号令の元、300を超える数の武装した鬼人兵が一同に集結していた。
「──いったい何事だ、クソジジイ」
「これは……?」
騒ぎを聞きつけた巌鬼と鬼蝶が鬼ノ城の扉を開けて広場にやってくると、その光景を見て声を上げた。
そして、その視線が役小角の左右に立つ見慣れぬ二人の陰陽師の姿を捉えた。その位置は本来ならば、二体の大鬼──前鬼と後鬼が立っている位置であった。
「──おお、温羅坊、鬼蝶殿。よくぞ参った……かかかか! 丁度、おぬしらに紹介しようと思うていたところだ──ほれ、挨拶をせい」
満面の笑みを浮かべた役小角が二人の陰陽師に目配せをすると、赤い呪符を顔に貼り付けた屈強な道満がサッ──と拱手をしながら口を開いた。
「俺の名は芦屋道満、御大様(おんたいさま)の呼びかけにより千年の眠りより目覚めし陰陽師が一人──千年にわたって前鬼の中にいたが、ふん──腕はなまっておらんはずだ」
道満は筋肉が発達した太い腕を掲げて力こぶを披露しながら自信ありげな笑みを浮かべると、次いで緑の呪符を顔に貼り付けた細身の晴明がスッ──と拱手しながら口を開いた。
「私の名は安倍晴明、同じく御大様(おんたいさま)の呼びかけによって千年の眠りより目覚めし陰陽師にございます──御大様の"夢"の実現のため、助力は惜しみませぬ──鬼ヶ島の軍勢として、以後よろしく」
晴明は穏やかな声音だが、しかし細く鋭い眼差しを呪符越しに巌鬼と鬼蝶に向けて告げた。巌鬼と鬼蝶は突如として現れた伝説の陰陽師、道満と晴明を見て困惑していると、役小角が口を開いた。
「前にも話したが、この二人はわしの"弟子"じゃ──千年前、一言主をわしの体内に捕らえ、わしが不老不死になることに協力してくれた……そして、わしがこの二人を前鬼と後鬼の中に封じ込めたのじゃ──千年の時を超えさせるためにのう。かかか」
「──ッ……!」
役小角の言葉を聞いて驚愕の表情を浮かべた巌鬼。前鬼と後鬼の姿が見えないとは思っていたが、まさかこの陰陽師が中に入っているとは想像が及ばなかったのである。
一方そんな巌鬼とは異なり、鬼蝶は火傷の完治した顔を高揚させながら喜びの声を上げた。
「──なんと心強い……ッ! かの伝説の陰陽師が二人も鬼ヶ島の軍勢に加わってくださるとは……! ──まさに鬼に金棒……いえ──! ──鬼に陰陽師ですわね──!!」
鬼蝶の言葉を耳にした道満と晴明は互いに顔を見合わせて苦笑した。しかし、巌鬼はいまだ納得がいかずに声を荒げた。
「おい、クソジジイ! だからなんだってんだ! こんな数の鬼人兵を広場に集めやがって、いったい何をする! "決行"はまだ先だろうがッッ──!!」
巌鬼の吼えるような怒号が広場に響き渡ると、道満と晴明は巌鬼をにやりと見つめながら、役小角はいつもと変わらぬ満面の笑みを浮かべながら巌鬼に告げた。
「──"余興"じゃよ。温羅坊」
「……あン──!?」
役小角の言葉に対して、巌鬼が"鬼の睨み"をしながら返すと、役小角は左右に立つ道満と晴明に目配せをした。
そして役小角、道満、晴明の三人の伝説的な陰陽師が一斉に背中を向けると、それぞれ修験道の白装束と陰陽道の道着の胸元から取り出した黒い呪札を宙空に向けて放り投げた。
「──オン──マユラギ──ランテイ──ソワカ──」
そして、三人の陰陽師が一斉に孔雀明王のマントラを唱えると、三人分の大量の呪札が強い紫光を放ち、巨大な門の形を作り出した。
「かかか。見よ──"大呪札門"じゃ」
「行者様……この門……どこに繋がっているのですか?」
振り返りながらそう告げた役小角に対して、鬼蝶が"大呪札門"の奥に広がる景色を見ながら言った。
「──仙台城じゃよ。かかか」
役小角は笑みを浮かべながらそう言い放ち、左右に侍る道満と晴明も笑みを浮かべた。
一方その頃──仙台城の天守閣では太閤殿下・豊臣秀吉の死去を受けて政宗が身の振り方をああでもない、こうでもないと唸りながら思案していた。
「ううむ……太閤殿下の死は、"五大老"による権力争いの激化を意味する……"五大老"とは言うが、その実、徳川家康派と石田三成派の二大勢力の争いだ……新たな体制を築こうとする徳川か、豊臣体制を引き継ぐ石田か……」
政宗は天守閣の大窓から広がる夕焼け空を見つめながら眉根を寄せて左眼を閉じた。
「……俺の選択は……伊達家の選択は──ううむ」
「……殿」
「殿がどのような決断を下したとて、我ら家臣団は殿に最期まで付いて行く所存にございまする」
伊達家臣団は皆一様に、伊達の現当主である政宗に信頼の眼差しを向け、それは桃姫と雉猿狗、そして娘の五郎八姫とて同じことであった。
しかし、五郎八姫はなぜだかニヤけており、そのことに気づいた桃姫は顔を寄せて耳打ちした。
「……ねぇ、いろはちゃん……なんで笑ってるの……?」
桃姫の発した小さな声を聞いた五郎八姫は、桃姫の耳に口を近づけて答えて返した。
「……戦でござるよ。大戦でござる──これから始まる日ノ本最大の戦いに、拙者、武者震いが止まらないでござるよ」
「……うわぁ……」
五郎八姫の嬉々とした言葉を受けた桃姫は引きつった表情で声を漏らした。
「……拙者が日々鍛錬を重ねるのは戦で勝利するため。ももと違って、拙者は早く"人"と斬り合いたくてたまらないでござるな──ああ、わくわくするでござる」
黒い瞳を輝かせた五郎八姫がそう言うと、独眼竜・政宗が意を決したように力強く左目を見開いてから口を開いた。
「決めたぞ──我ら伊達家は家康公につく! ──俺は新時代を求める! ──それは旧態然とした豊臣の時代ではない──!!」
「──おおッッ──!!」
「──殿! その御決断!! その力強い御言葉!! 我々家臣団──しかと聞き届けましたぞ!!」
政宗の決断に家臣団が呼応の声を上げる。そうしていると、一人の侍が血相を変えて天守閣まで駆け上がってきた。
「──殿ッ! ──殿ォオオッッ──!!」
その侍は全身に返り血を浴びており、一見してただ事でないことがわかった。天守閣にいる全員が注目すると、侍は両目を見開いて声を上げた。
「──"鬼"の襲撃にございますッッ!! ──"本丸御殿"より、鬼の大軍勢が現れましたッッ──!!」
「……ッッ──!?」
侍の言葉を受けた桃姫が驚愕と共に雉猿狗と顔を合わせた。次の瞬間──耳が痛くなるほどの途轍もない爆音が天守閣に轟き、天守閣の壁面に大穴が穿たれた。
「ウオォオオッッ──!!」
「──何事じゃぁあああっっ!?」
天守閣に居合わせた一同が騒然とする中、ゴウゴウと燃え上がる外壁が吹き飛んだ天守閣の中に邪悪な笑みを浮かべた鬼蝶と巌鬼が着地した。
「──あら、何かおめでたい席だったのかしら──?」
鬼蝶が天守閣の畳の上に並べられた料理の残骸を見ながら口にすると、伊勢海老をぐしゃりと黒い下駄で踏みつけた。
「──者ども、刀を抜けえッ!!」
政宗は叫ぶと、立て掛けられていた刀を掴み取り、鞘から抜き取って構える。家臣団も一斉に刀を構えて対峙した。
その中の一人が叫びながら刀を振り上げ、巌鬼に向かって駆け出す。
「──ぬおおおッッ──!! 殿に手出しはさせんッッ──!!」
「……それが何になる」
巌鬼は家臣を見下ろしながら低い声で告げると、背中の大太刀を握りしめ、ブオンッ──と風切り音を鳴らしながら振り下ろした。
「……ギッ──!?」
家臣は断末魔の声を上げると、袈裟斬りに肉体を寸断され、天守閣の畳の上にドサドサッ──と崩れ散った。
「──桃姫。来い。俺の目的はキサマだ」
「──巌鬼……!!」
巌鬼は鬼の目で桃姫を見下ろしながらそう告げると、今から6年前、常陸の街道で会ったときよりも遥かに大きく逞しく成長している巌鬼の巨体を見上げながら、桃姫は〈桃源郷〉と〈桃月〉を白鞘から抜いて両手に構えた。
「──桃姫、成長したようだな……だが、俺はもっと成長しているぞ──勝ち目なんぞはない。俺と共に、鬼ヶ島に来るのだ」
「──突然現れて何を抜かしやがるッ! 桃姫は伊達の女武者だッ! 鬼になんぞ降るものかッ──!」
巌鬼の言葉に対して政宗が叫ぶように言うと、刀の切っ先を巌鬼に向けた。
「あら、伊達男さん──あなたの相手はこの私よ」
その切っ先に割り込むように鬼蝶が入り込むと、家臣団が一斉に駆け出して巌鬼と鬼蝶に斬り掛かった。
「──鬼どもォォッ!」
「──ここが仙台城と知っての狼藉かァッ!」
「──覚悟ォオオオッ!」
雄叫びを発しながら迫ってくる家臣団を冷たい視線で見やった鬼蝶は、左目に浮かぶ"鬼"の文字から赤い炎をブワッ──と噴き上げた。
それを見た雉猿狗が家臣団に向けて叫ぶ。
「皆様ッッ──!! 伏せてくださいませッッ──!!」
「──みんな仲良くッッ──!! 燃えちゃいなさいなッッ──!!」
「……ッッ──!?」
鬼蝶の左目から放たれた熱線は、扇状に家臣団に向けて放たれるとふすまを吹き飛ばし、その先の階段まで燃やして大きく広がった。
「──ギゃアアアアアッッ!!」
「グわあアッッ──!!」
「──ガアああァッッ!!」
家臣団の体は一人残らず赤い炎に包まれ、刀を手から取り落として畳の上をのたうち回った。
「あっはっはっはッッ──!! サイッコウ──!! サイッコウにまぬけよあなたたち──!! そのまま踊りながら燃え尽きなさいな!! ──アハハハハッッ──!!」
「……っっ」
鬼蝶はその悲惨な光景を、満面の笑みを浮かべながら大いに楽しむと、伊達家に固く忠誠を誓った信頼する家臣団のむごたらしい死に様を見せつけられた政宗と五郎八姫は、怒りを遥かに通り越して、絶句してしまった。
「──愛する仙台城と家臣が燃えるのを見るのは、どんな気持ちかしら、伊達男さん? ……ふふッ──"仙台城は燃えているか"──それがこの"余興"の名前なのよ──」
独眼を見開き唖然とした政宗に対して、鬼蝶は"残虐"によって興奮した頬を紅潮させながら、うっとりとた声音でそう告げるのであった。