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6.元服の儀

 一方その頃──奥州伊達領は青葉山にそびえ立つ仙台城の天守閣にて、桃姫と五郎八姫(いろはひめ)が17歳を迎えた祝いとして元服の儀が執り行われていた。

「……ごろはち、我が娘ながら立派に育ったな──実に誇らしいぞ、俺は」
「……桃姫様、雉猿狗はこの日が来るのをずっと──夢見ておりました……」

 感慨深く声を漏らした政宗と雉猿狗は、それぞれ黒い瞳と翡翠色の瞳を感動に潤ませながら、華々しい成長を遂げた二人の女武者に対して心からの祝福の言葉を送った。

「……お二人共、その鎧──とてもよくお似合いでございますよ」

 桃姫と五郎八姫の凛々しい姿を見つめながら雉猿狗が感嘆の声で告げた。桃姫と五郎八姫の二人は、政宗が伊達の鎧職人に用意させた特注の軽鎧を着物の上から身にまとっていた。
 桃姫はかつて鬼退治に挑んだ桃太郎譲りの白の軽鎧、五郎八姫は政宗の鎧に似てはいるが、動きやすさを重視した黒の軽鎧であった。

「こんな立派な鎧が頂けるなんて……政宗さん、本当にありがとうございます」

 桃姫が政宗に頭を下げて感謝の言葉を述べると、隣に立つ五郎八姫がニヤリとした笑みを浮かべながら口を開いた。

「もも……"伊達の鎧"を身にまとったということは、おぬしはいよいよ"伊達の女武者"になったということ──今日から"伊達軍の一員"として戦場に駆り出されても文句は言えないでござるよ」

 いたずらっぽい声でそう告げた五郎八姫の言葉を受けた桃姫は明るい笑みを浮かべながら頷くと、答えて返した。

「──覚悟はできてるよ。この一年間、いろはちゃんと仙台城で訓練した日々……私は"伊達の女武者"なんだってこと、しっかりと理解できた」
「桃姫、ごろはちの冗談を真に受けるでない……お前を無理に戦場にひったてることなどせん。お前の戦うべき相手は"鬼"だ──桃姫に人斬りなんぞさせたら、俺が"鬼"になってしまうではないか……なぁ、雉猿狗殿?」

 覚悟を込めた桃姫の言葉を耳にした政宗が、あぐらをかいて煙管を吹かしながらそう言うと、雉猿狗はうやうやしく頭を下げて政宗に感謝の意を示した。

「ありがとうございます、政宗様──おっしゃる通り、桃姫様が戦うべき相手は"人"ではございませぬ」

 雉猿狗はそう言って太陽のほほ笑みを桃姫に向けた。目を合わせた桃姫は静かに頷いて返すと、天守閣の開かれた大窓から青い目をした一羽のハヤブサが天守閣に飛び込んできた。

「おお、梵天丸──どうした、お前も二人を祝いに来たのか?」

 政宗が言いながら伸ばした右腕に、梵天丸と呼ばれたハヤブサが止まると、鋭い眼光で大窓の外を睨みながら"キィ"と甲高い声で鳴いた。

「……ん、何事だ──?」

 立ち上がった政宗は、大窓の前に移動して広瀬川を望む外の景色を眺め見ると、遠くの青空に浮き木綿の姿が見えた。その背には一人の少年、夜狐禅が座っている。

「──夜狐禅くんっ!?」

 政宗の背後から外の景色をうかがい見た桃姫が驚きの声を発すると、政宗は大窓の前から移動して、浮き木綿と夜狐禅を天守閣の中に招き入れた。

「失礼いたします……政宗様」

 ゆっくりと室内に入ってきた浮き木綿からぴょんと飛び降りた夜狐禅は政宗にそう言って挨拶をすると、雉猿狗の姿を見て、次いで桃姫の姿を見た。

「──お久しぶりです、雉猿狗様、桃姫様」

 あまり表情の起伏がない夜狐禅であったが、彼なりの笑みを見せながらそう言うと、桃姫は久しぶりの再開に嬉しそうに頷いて返した。

「それで、如何様だ……? ここは伊達家の心臓部たる、仙台城──妖怪を出入り自由にした覚えなどはないぞ」

 夜狐禅を問い詰めるような語気の強い言葉を政宗が発すると、雉猿狗がその間に割って入りながら、政宗に向けて口を開いた。

「──申し訳ございません、政宗様。私がぬらりひょんの館に手紙を届けるよう梵天丸様にお願いをしたのです」

 雉猿狗は言うと、政宗は困惑しながら眉根を寄せた。

「夜狐禅様……それで」
「はい、確かに──桃姫様、こちらをどうぞ」

 夜狐禅に振り返った雉猿狗がたずねると、夜狐禅は黒い着物の胸元から黄金の額当てを取り出した。

「あっ──!」

 それを目にした桃姫は濃桃色の瞳を大きく見開きながら驚きの声をあげると、夜狐禅が差し出した額当てを受け取る。

「──父上の額当て……ッ!」

 桃太郎が額に巻いていた額当て、それそのものであることを桃姫はじかに触って確認すると、雉猿狗の顔を見た。

「そちらの額当ては、"あの祭りの夜"に御館様が額に巻いていた物です……私が御館様の御遺体から外して三獣の祠の中に閉まっておいたのですが──その黄金の額当ては、立派に成長した桃姫様が身に付けるに相応しいと思い、"取ってきては頂けませんか"と、夜狐禅様に手紙にてお願いをしたのでございます」
「……そう──そうだったんだ……」

 雉猿狗の言葉を聞いた桃姫は、今は亡き桃太郎が愛用していた黄金の額当てをその手に握りしめながら声を漏らした。
 そんな桃姫の顔を見た夜狐禅は、長い前髪の隙間から覗く紫色の瞳を細めながら静かに口を開いた。

「──桃姫様。もしよろしければ、その鎧と合わせて今、付けては頂けませんか? こう言ってはなんですが、奥州から備前まで、決して短い距離ではありませんでした──ですが、雉猿狗様の手紙を読んで、それは確かに桃姫様が身に付けるべきだと強く思い、浮き木綿に飛び乗って館を立ったのです──」
「……夜狐禅くん、そんなことして、ぬらりひょんさんに怒られなかった……?」
「──頭目様は、"すぐに行って来い"の一言でした……だから、僕に見せてください──桃姫様が、その黄金の額当てをつけた御姿を」

 夜狐禅の訴えるような言葉を聞き届けた桃姫は静かに、しかし力強く頷くと、自身の額に黄金の装飾が施された額当てを巻き付けてグッ──と結んだ。

「──ああ……桃姫様ッ!」
「──おお……!」

 桃色の着物の上にまとった白の軽鎧と、黄金の額当てを額に巻いたそのあまりにも美しく凛々しい姿を目にした雉猿狗と政宗が思わず感激の声を漏らす。

「もも……! かっこよすぎるでござるよ──!」
「桃姫様……! 僕が見たかったのは、まさしく、その御姿です──!」

 五郎八姫と夜狐禅も目を見張りながら桃姫のその勇姿を見て感嘆の声を上げると、桃姫は静かな笑みをこぼしながら口を開いた。

「──ありがとう、雉猿狗。ありがとう、夜狐禅くん。今……この黄金の額当てを通して、"父上の決意"を確かに感じたよ──"鬼退治への強い決意"を」

 桃姫は白の軽鎧に〈桃源郷〉と〈桃月〉を佩刀し、黄金の額当てを付けて濃桃色の瞳に熱を込めながら告げた。
 その様子を天守閣にいる者たち全員が固唾を飲んで見ていると、ふすまの前で大声が発せられた。

「──殿! 一大事でございまするッッ──!!」

 声のあとにふすまが勢いよく開かれると、正座をした伊達家の家臣団が政宗に向けて一斉に頭を深く下げた。

「──ええい、元服の儀を執り行っている最中だぞ! ──いったい何事だ……! 手早く申せ──!」

 元服の儀の興を削がれた政宗が苛立ちながら声を発すると、家臣の一人が額から脂汗を吹き出しながら口を開いた。

「──はっ! 今朝方早く──京の伏見城にて、太閤殿下がお亡くなりになられたとのことにございまするッッ──!!」
「ッ、なにィッ──!? それは誠かッ──!?」
「──はっ! 間違いございませぬ──!!」

 信頼のおける伊達家臣団の報告を聞き受けた政宗は、腕組みをしながら左目の独眼を大きく見開いて畳の上を歩き回ると、滞空しながら待機している浮き木綿の隣を通って、大窓の枠に手を掛けた。

「──……これは、とんでもないことが起きるぞ……日ノ本の歴史が、大きく動き出す……──」

 政宗は熱い息を吐きながら低い声でそう告げると、雄大な広瀬川と仙台城下町の上空に広がる青々とした蒼天を見ながら不敵な笑みを浮かべた。

「──すなわち……我ら伊達も、大きく動く時が来たのだ──」

 唸るように力強く声を発した独眼竜・伊達政宗。伊達軍を率いる大将としてのその背中を、桃姫と雉猿狗と夜狐禅が息を呑みながら黙って見つめていると、ただ一人五郎八姫だけが、父・政宗によく似た不敵な笑みを浮かべていた。
 豊臣政権によって長く停滞していた日ノ本の歴史がようやく動き出す期待感に胸を膨らませながら、五郎八姫はその黒い瞳に熱を込めるのであった。

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