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違和感

 モードレッドは次なる計画を実行しようとしていた。

 騎士たちが焦るなかで、分裂の大きなきっかけとして効果的なもの。それはランスロットとグィネヴィアの関係暴露に他ならない。騎士として不貞を許さない者たちを味方につけて、決定的な現場に押し入る計画だ。

 だが、モードレッドが調べるなかで1つ問題が発生した。
 ランスロットとグィネヴィアは互いの寝室に出向いているわけではないということである。2人が床を共にしていないのならば、道ならぬ関係であるという証拠が得られない。

 一方騎士の間では、ガウェイン4兄弟の1人・アグラヴェインがランスロットに裁きを与えんと仲間を募り始めていた。もちろん、計画実行の好機と見たモードレッドも仲間に加わる。
 円卓の騎士であるモードレッドとアグラヴェイン、一般の騎士がさらに11人集まった。

 だが仲間がいたところで現場に証拠が必要。
 そこでモードレッドは、モーガンの魔法に目をつけた。

「今度はなんだ」

「あなた様は変身能力に長けているとか。それで王妃に化けて、ランスロット卿と共にいる現場を我らが押さえれば――」

「なら本物のグィネヴィアをどうするつもりだ。目撃証言が食い違っては意味がないだろう」

 入れ替わり作戦でも、問題はそこだった。
 グィネヴィアの行動に疑問が残る形で不貞を暴いたところで、いつかの王位簒奪計画に支障が出るかもしれない。それを避けるためには、グィネヴィアに真実を言わせてはならない。

「……1つ、策を思いつきました」

 モードレッドの計画は賭けも同然だったが、成功すれば騎士分裂だけでなく、ランスロットとグィネヴィアの愛にも亀裂を入れかねないものだった。


 ある日、アーサー王が友好関係を築く王から宴会に招かれた。
 王ともにその領地へ向かうと発表されたのは、ベディヴィアと数名の騎士。円卓の騎士は全員留守番を任された。

 アグラヴェインは、証拠を掴むのに絶好の機会と見てモードレッドらを誘った。
 ここでモードレッドは、密かに動き始める。

 彼はグィネヴィアに内密の話を持ちかけた。

「王妃よ、あなたとランスロット卿の関係が噂になっております。一部の騎士が、不貞の現場をでっち上げようとしている」

「……何ですって?」

「これは王妃としての地位が危うくなります。さらにランスロット卿が失脚すれば、円卓の騎士は力を失いましょう。どうか極秘でアーサー王にご随行ください。あなたのお立場を守るために」

 グィネヴィアはモードレッドの進言を聞き入れ、アーサー王とランスロットにも同様のことを伝えた。

 出立当日、グィネヴィアは鎧に身を包んでキャメロットを離れた。
 彼女がアーサー王と共にいることを知っているのは、モードレッド、アーサー王、ランスロット、ベディヴィア、モードレッドの裏計画を知るモーガン、そしてグィネヴィアの侍女たちのみ。

 その日の夜、城の廊下を歩いていたランスロットに、グィネヴィアの姿をしたモーガンが声をかけた。

「ランスロット」

 振り返った彼は困惑した。
 なぜここに、アーサー王について行ったはずのグィネヴィアがいるのかと。

「グィネヴィア様……?」

「少し話があるの。来てちょうだい」

 そう言ってモーガンは、グィネヴィアの寝室にランスロットを招き入れた。違和感を覚えながらもモーガンの言葉に従う彼は、部屋に入ってしまった。
 そしてその様子を、モードレッドは見届けた。

「わたくしたちの関係が露見するかもしれないの」

「……だからあなたは今朝――」

「王についてきた騎士の中に、摘発者の一味がいることが分かったの。それでは、わざわざあなたと離れたのは逆効果だわ。明かされては困る関係だと言っているのも同然だもの」

 違和感というのは存外当てになる。

 ランスロットは不審に思っていた。
 己が愛する王妃は、それでも危険を犯して戻ってくるような人だっただろうか。むしろ戻ってくるほうが危ないかもしれない、ということが分からないような人ではないはず。

 その時突然、部屋のドアが破られた。モードレッドらが2人を目視した。

「ランスロット卿、なぜあなたがここにいらっしゃるのか」

「アグラヴェイン……!」

「この密通者め!」

 モードレッドやアグラヴェインは剣を抜き、ランスロットに斬りかかる。
 だが円卓の騎士のなかでも別格の強さを誇る〈湖の騎士〉は、モーガン(グィネヴィア)を守りながら彼らから剣を奪い取った。

「モードレッド! これはどういうことだ、お前が王妃に忠告したのではないのか!」

 そのランスロットの言葉に、アグラヴェインら他の騎士たちは動きを止めた。

「……なんだと? モードレッド」

 モードレッドが自分たちとは違う思惑で動いていたことに気づいたアグラヴェインたち。

「……知らないほうが幸せなことがあるというのに」

 そう言ってモードレッドは、ランスロット以外の騎士たちを斬り殺した。

「ランスロット卿。そこにいるのは、本当に愛しの王妃か?」

「……、やはり違うというのか?」

「違うと思っていたのならついてこなければ良かったのにな?」

 ランスロットが後ろを振り向いた時にはもう、彼女はいなかった。

 グィネヴィアとして目の前にいたのは誰だったか、彼が考える隙はない。モードレッドがさらに斬りかかってきたからだ。
 既にそこに倒れている騎士の剣で斬撃を受け止めたうえで、思わずモードレッドの肩に傷を食らわせた。

「あーーっ!」

「! モードレッ……ド?」

 肩の傷を手当しようと駆け寄ったランスロットが見たのは、俯きながらほくそ笑むモードレッドだった。

 部屋の中は血まみれ、倒れた者たちと、剣を手にしてその場に立ち尽くすランスロット。彼にとって圧倒的に不利な状況が出来上がってしまった。

 もちろんこの騒ぎを聞きつけないわけがない。城仕えの者たちが走ってくる音がする。
 どう動いても咎人(とがにん)にされる。ランスロットはキャメロットの城から逃亡した。


 翌朝、モードレッドの説明に対して、戻ってきたアーサー王一行は困惑した。

『ランスロットはグィネヴィアの事情を知っていたはずなのに、彼女の姿をした何者かに騙されて寝室へ行った。そこへアグラヴェインらが押し入ったが、彼らを殺害し逃亡』

 おかしいことだらけなのだが、王夫妻は受け入れるしかなかった。

 ランスロット反対派の残党は、この悲劇が起こった原因たるグィネヴィアを罪に問うことを進言。そして一部の中立派も、事件の責任はグィネヴィアにあると見て反対派に賛同。

 アーサー王は渋々聞き入れた。グィネヴィアは捕縛され、5日後に火刑に処されることも決定。

 そこで1人のランスロット反対派騎士が声を上げた。

「王よ。処刑場には、王妃を奪取すべくランスロットが来ることでしょう。その護衛をつけてはいかがかと」

「ではそのお役目、私が――」

「モードレッド卿はだめです。傷を癒すために安静になさらなくては」

 これはモードレッドにとって計算外のことだった。
 怪我さえなければ、処刑場の混乱に紛れてランスロットを殺せたというのに!

「……ならば、数名の円卓の騎士にその役目を任せよう」

 その数名には、かつてランスロットに救われたことで彼を慕うようになった者も含まれていた。
 ガウェインのあと2人の弟・ガヘリスとガレスがその筆頭である。


 その頃モーガンは、居城に戻ったランスロットの様子を密かにうかがっていた。
 かつて彼に「後悔の言葉は聞かない」と言った彼女自身が、罪悪感に(さいな)まれていたのだ。

 この時ランスロットの耳には既に、3日後グィネヴィアが処刑されるという知らせが入っていて、彼女を救い出すための準備を進めている。
 彼に言葉をかける勇気はモーガンにはなかった。

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