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妖精

 さすがに状況が理解できず、ジャックが割って入った。彼の問いにエレノアは答えなかったが、〈湖の乙女〉が笑った。

「エレノア? 今はそう名乗っているのですか。アヴァロンのモーガン女王」

「はぁーー!?」

 アルバートとジャックが声を上げた。アタシは驚きすぎて声も出せない。

 エレノアが、アヴァロンを統治しながらアーサー王たちを邪魔していたという魔女モーガン……!?
 つまり、妖精ってこと……?

「何も伝えていなかったのですね」

「伝えたところで困惑させるだろう。ほら、今みたいに」

 困惑するに決まってるでしょ。

 アルバートとジャックはジョージに引っついて、2人の妖精を恐る恐る見つめている。

「……本当に、あなたがモーガン・ル・フェイなのですか? (たわむ)れているわけでは……」

「今更疑うか? 円卓も指輪も、霧も見せたというのに」

「冗談だと思うだろ、普通。昨日から衝撃的事実が多すぎるんだが?」

 エレノア――いやモーガンは、なぜかため息をついた。

「アルバートもジャックも、驚きすぎだ。薄々勘づいていたのではないか? 『あまり物色しないでくれ』と言ったのにオガム文字が書かれた紙について話していただろう」

 文字についての話が出ると、アルバートはハッとして「そういうことだったか……」と、勝手に1人で納得した。

「え? 何それ」

「一応アルファベットの1つ。4世紀ぐらいから、アイルランドとかの碑文なんかに使われた文字だ」

 エレノアはその古い文字を、日常的に使っているってこと?
 現代の英語を使わないのは、そっちのほうが慣れているからなのか、内容を知られたくないからなのか……。

「レディ・サリヴァン……。あなたが普通ではないことは、確かに薄々感じていました。ですが、……さすがに伝説の妖精だとは思わないでしょう」

「やはり魔法は信じられないか? ……それも、このモーガンが使うような魔法は」

 エレノアが今までその正体を明かさなかったのは、悪い魔法使いとして知られるモーガン・ル・フェイだと知られたら恐れられるのではないか、という不安があるからなのだろうか。
 今の発言も、彼女は『恐れられること』を恐れているような言い方をしている。

 アルバートたちは、彼女にどんな言葉をかけたらいいか迷っているみたいだ。

「エレノア、今更アンタが怖いなんて思わないよ」

 アタシが口を開くと、みんながアタシを見た。

 エレノアの表情が、少し明るくなった気がする。まるで、暗闇の中に一筋の光を見つけたような表情だ。

「エミリー……」

「アタシも、みんなに会った時怖かったよ。アッシャーに蹴られた時、……手癖が悪くてアルバートのハンカチ()っちゃって、『助けなければよかった』って思われるのが怖くなった。多分みんなを遠ざけようとして反射的に盗んだけど、それでもみんなが、こんなアタシを受け入れてくれて……」

 そうだ。怖かったんだ。
 同情なんかいらないって突っぱねたかったけど、きっと心のどこかでは仲間が欲しかった。

「……だからエレノア。アタシも、アンタを怖がったりしない」

 エレノアはアタシの言葉に、笑みをこぼした。感謝の言葉はなかったけど、それでもいい。アタシだって、アルバートたちに「ありがとう」なんて言えてないから。

「ときに、エミリーと言ったか?」

 突然〈湖の乙女〉が話しかけてきた。驚きすぎて返事もできない。

「お前、キャサリンの娘か」

 そうだ、〈湖の乙女〉の祝福の証とか言われたネックレス! すぐにネックレスから宝石を取り出して、彼女に見せた。

「そうだよ」

 彼女は石を見つめて、「間違いない」というように頷く。

「しっかり持っていたのだな。キャサリンが心配していたぞ?」

「心配していた……? 母さんとは今でも……?」

「アヴァロンにいる。だからモーガンはお前たちを連れてきたのだろう?」

 やっぱり、エレノアはちゃんとアヴァロンへ連れていってくれる気らしい。

「〈湖の乙女〉、聞きたいことが――」

「今はヴィヴィアンと呼べ」

 その「今は」って何、と訊きたい気持ちを抑える。今尋ねたいのはそういうことじゃない。

「……ヴィヴィアン、この石は何? 祝福ってどういうこと?」

「なんだ、知らないのか。……簡単に言えば、キャサリンと同じだ」

 同じ? 一度も母さんと同じことができたことないのに?

「それは、『水を操れる』とか? でも、アタシはまだそういうこと――」

「正しいやり方を知らないからだ。知ればできる。このわたくしが、お前が生まれた時に祝福したのだから」

 生まれた時に? それじゃあ母さんにとって〈湖の乙女〉はただの守護妖精じゃないというくらい、関係が深かったってことか。

「こちらへおいで」

 ヴィヴィアンに手招きされると、まるで身体が勝手に動くような感覚があった。とは言っても、無理やり動かされているわけじゃなくて、なんだか、『ふわっ』とついて行くような感覚だ。

 その感覚に押されて湖の岸まで来たアタシの手をヴィヴィアンが握る。他の4人もアタシについてきた。

「その宝石を握った状態で水に触れてみなさい。その時、何をしたいかを心に念じるのだ」

「何をしたいか……?」

「『水を清めたい』『自他問わず傷を癒したい』または『水を従わせて武器としたい』というのもいいだろう」

 ひとまず今は誰も怪我してないし、そもそも水は綺麗だし、戦う時じゃない。となれば……。

『アタシが生まれた時、母さんと〈湖の乙女〉の様子を見たい』

 すると突然、水面に人影が映った。
 アルバートたちじゃない。茶髪の女の人と、銀髪の女の人。母さんとヴィヴィアンだ。
 母さんは赤ん坊を抱いている。兄弟はいないから、あれはアタシだ。本当に念じたことが実現したなんて。

 水に映った母さんは、アタシを抱えたまま湖に入っていく。腰まで水に浸かった。するとヴィヴィアンは何かを唱えて、アタシに水をかけた。

「これが、祝福ってことか……?」

「洗礼、ということでしょうか……」

「サクラメント以外でも、水で身体を清める文化は世界各地にあると聞くけど……」

 ちょっとみんな思い思いに喋りすぎじゃない? 集中したいんだから黙っててよ。

 その間に水面の幻は、消えていった。
 どういう祝福を受けたのかは、これだけでは分からない。

「エミリー、お前はこれで水を従わせることができるようになった。やっと祝福が実ったということね」

「水を操る力が、祝福の内容……? でも、なんのために? それに結局、この石は何?」

「質問が多いわね。……いい? 何のための祝福かは自分で考えること」

 こっちは分からないから質問してるのに、煩わしそうな表情で返された。……自分で考えて分かるなら苦労しないよ。

「なら代わりに、石については私が答えよう」

 ずっと黙っていたエレノアが、アタシに応えた。

「その石は、……エクスカリバーの柄頭(つかがしら)()まっていた宝石だ」

「……エクスカリバーの?」

「そうか! エクスカリバーは〈湖の乙女〉のものだから……」

 アルバートはまた勝手に納得している。

 エクスカリバーって、アーサー王が持っていた剣のことか。暗い中でも白く輝いているこの宝石。こんな上等なものが剣についていると、手に当たって邪魔じゃないのかな。

「その石に〈湖の乙女〉の魔法がかかっているのは、見ただけで分かった。その効果も分かっていた」

「え? じゃあなんで言ってくれなかったの」

「魔法の効果を、ほいほいと明かすわけにはいかない。ヴィヴィアンがお前に伝える気がないのなら、私も黙っておくまでだ」

 妖精同士は分かっているのに、人間には話してくれないのか。母さんは「妖精が護ってくれるための目印」って言ってたけど、それ以外にも何かあるってこと?

 やっぱりまだ分からないことが多すぎる。

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