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第59話 動き出す艦と動き出す時代

 食事を終えた誠はランと別れて居住スペースへと向かった。

 これまで乗ったどの艦よりもその通路は広く、若干閉所恐怖症気味の誠には少しばかり安心できた。

 エレベータを降りた、男子居住スペースの入り口のところで誠はカウラとアメリアに遭遇した。

「カウラさん……とアメリアさん……さっきは突然姿を消したから僕はクバルカ中佐の酒の相手をさせられたんですよ。お二人が居ればあの人だってさすがに日中から飲まなかったでしょうに」

 誠はランの前に誠を差し出して逃げ出した二人にそう言って泣き言を言った。しかし、そんなことを言って通用する相手と誠はまだ二人の事を理解していなかった。

「そんなの社会人の務めでしょ?上司の酒なら当然付き合う。それは当たり前!それよりなんでアタシが後なの?アタシはこの艦の艦長!一番偉いの!」

 抗議するアメリアを無視してカウラは静かにほほ笑んだ。

「そうだな、艦長なら艦長らしく貴様はブリッジでお笑い小唄の練習でもしていろ。私は神前の案内をする」

 カウラはそう言いながら通路をまっすぐ歩き続ける。

「カウラちゃんはずいぶんと淡白ね……誠ちゃんはこれからどうするの?私はプレゼントを持って来たんだけど……」

 アメリアはカウラの言葉にわざとらしく驚いた風を装いながら誠に目を移した。そんなアメリアの手にはトートバックが握られていた。

「そう言えば、アメリアさんは何か袋を持ってますね?何が入ってるんですか?」

 誠は純粋に疑問に思ってアメリアに問いかけた。その反応を待っていたかのようにアメリアはトートバックの口を開いた。

「これね、通販で買ったんだけど宇宙酔いに効くツボを押す足踏み器があったのよ。あげるわね」

 そう言って普通の足踏み器に突起の付いた健康グッズを誠に手渡した。

「それとこれは遼帝国の巫女が1か月祈りを込めた乗り物酔いを防ぐお札。あの法術師の総本山である遼帝国の巫女が作った一品よ!効果は保証済み!受け取ってね!」

 アメリアはそう言うと木の板を一枚誠に見せた。

「ありがとうございます……ありがたく受け取ります」

 誠は怪しげなグッズを素直に受け取る自分を情けなく思いながら2つの怪しいグッズの入ったトートバックを受け取った。

「アメリアが馬鹿なのはいつもの事として、神前はこれからどうするつもりだ?」

 カウラはまるでアメリアのグッズが無駄だと思っているようで軽蔑したような視線をアメリアに投げた後、そう言った。

「僕はとりあえず荷物の整理をします」

 誠は他にやることも思いつかなかったのでそう言った。

「私も手伝うわよ、誠ちゃんの部屋については私も興味あるし」

 アメリアの顔に、いたずらっぽい笑みが浮かんだ。誠は断っても無駄だろうことを悟って歩き始めた。汎用戦闘艦は東和宇宙軍幹部候補研修で何度か乗ったことがあるが、『ふさ』の艦内は明らかにそれまで乗った船とは違っていた。

 ランがあれほど得意げだったのもこの艦の居住区画を五十メートル歩けば理解できることだった。

 第一に通路が非常に広く明るい。対消滅式エンジンの膨大な出力があるからといって、明らかにそれは実用以上の明るさに感じた。

 それに食堂の隣が道場、そしてその隣にフリースペースとも言える卓球台と自動麻雀卓を置いた娯楽室のようなものまである。

「やっぱり変でしょ?この船の内装。全部隊長が自腹で改修資金出した施設だから。おかげで定員が1200名から360名に減っちゃったけど」

 アメリアは自分の艦の問題点をまるでどうでも良いことのようにそう言うのに誠は違和感を感じた。

「それってまずいんじゃないですか?白兵戦とか長期にわたる航海の際の予備要員とか……必要になりません?」

 技術下士官達が出航までの待ち時間を潰しているのか、ドアを開けたままの部屋が多い下士官用と思われる区画を進んだ。さすがにここまでくるとどの部屋も狭苦しく感じる。ちらちら覗き込んでいる誠に配慮したように歩みを緩めたアメリアは言葉を続けた。 

「他の軍みたいに敵艦にとりついて白兵戦等をしようって訳じゃないから。うちの持ち味は少数精鋭が売りなのよ。倍の戦力で白兵戦を仕掛けられても問題にもならないわね。実際、艦内のシステム管理要員は技術部の数名だけで十分だし、こう見えて『特殊部隊』なんで、白兵戦闘時にはそれなりの個人の技量を発揮するから、別にそんなにたくさんの人間は要らないの」

 アメリアに続いて誠はエレベーターに乗り込む。

「しかし長期待機任務の時はどうするんですか?」

「部隊編成自体、長期間の戦闘を予測してないのよ。第一、今のところシュツルム・パンツァー一個小隊しか抱えていない司法局実働部隊に大規模戦闘時に何かできるわけ無いでしょ?それにうちは軍隊じゃなくあくまで司法機関の機動部隊という名目なんだから、そんなことまで考える必要なんてないわね。着いたわよ」

 アメリアは開いた扉からパイロット用の個室のある区画に向かって歩き出した。誠は居住区の一番奥の室に通された。個室である、そして広い。正直、彼の下士官用寮の部屋より明らかに広い。そこには誠の着替えなどの荷物を入れたバッグがベッドの上に乗せられていた。

「ずいぶん少ないわね。せっかくいろいろとグッズ見せてもらおうと思ったのに……。これは……ふーん。画材なんだ。後は戦車のプラモ……まあ誠ちゃんらしいわね」

 アメリアはそう言うと整備班の誰かが運んでおいてくれた大きめのバッグをを覗き込んだ。誠はベッドの上の着替えなどをバッグから取り出しロッカーに詰め込んだ。それほど物はない。手間がかかるわけでもない。

「ええ、帰りに宇宙でも描こうと思って……絵は昔から得意なんで」

 誠はこれまであまり言う機会の無かった絵が得意なことをここで披露して見せた。

「宇宙?何にもないだろ?そんなものを描いて何がしたいんだ?貴様は」

 カウラのつぶやきに手にスケッチブックを持ってめくっていたアメリアが噴き出す。

「あのねえ、カウラちゃん。宇宙はロマンなのよ。絵師なら描きたくもなるわよねえ」

 アメリアの言葉に誠は頭を掻きながらうなづいた。

「そんなもんなのか……」

 カウラがどうも納得しきれていない表情を浮かべるのを見ながら誠は着替えなどを片付けることにした。

 三人は黙って誠の私物を、私室の棚に片付けた。

「じゃあ、私は行くから」

 誠のイラストを机の引き出しにしまったアメリアがそう言って立ち上がった。

「そうだな。もうそろそろ出航の時間だ」

 カウラはそう言いながら誠の酔い止めの入った薬箱をその下の引き出しに入れた。

「動くんですか?」

 自分で言っておきながらかなり間抜けだと誠も思っていた。

 船である以上動くのは当然である。しかし、誠は人並み外れて乗り物に弱かった。

「大丈夫よ!重力制御装置は最近ではかなり性能がいいから。しかも、この艦はハンガーや倉庫まで重力制御が効いてるのが自慢なの!まるで無重力状態になると胃袋が逆流する誠ちゃんのためにあつらえたみたい!それじゃあ!」

 誠の私室を去っていくアメリアの言葉に誠は少しばかり安心した。

 誠の胃は重力の制御を離れるとすぐに暴走するやんちゃな胃袋だった。この宇宙大航海時代にあって、まだ飛行機すら乗れない誠はまさに時代から取り残された存在だった。

 パイロット育成過程でも誠の吐瀉癖(としゃへき)は最強の酔い止めでなんとか止められる程度であり、自分としてはとても宇宙軍勤務は不可能だと思っていたので今回の演習には危機感を持って挑んでいた。

「神前……大丈夫か?」

 カウラの言葉で誠は自分の顔に冷や汗が浮かんでいることがわかった。

「大丈夫だと思いますけど……」

 とりあえず戸棚にカギをかけると誠はそう言いながら立ち上がった。

 ぐらりと地面が揺れるような感覚が二人を襲った。

「出航だな」

 カウラの言葉に誠は青ざめて頷いた。

「とりあえず……僕は医務室で……酔い止めとかもらってきます……」

 誠は緊張のあまり胃から逆流してくる内容物を何とか抑え込みながらそう言ってカウラの美しい面差しを眺めていた。


 
「来ちゃったね……神前」

 『ふさ』艦内の実働部隊隊長室で相変わらず嵯峨はタバコをくゆらせていた。

「しゃーねーだろ。それに隊長もそれを望んでるんじゃねーのか?」

 いつものようにめんどくさそうにランはこたえた。

「いやあ、そうなんだけどさ。今回ばかりはヤバいよね……近藤の旦那、ついに演習場で音信を途絶して籠城を始めちゃったそうじゃないの……今月は七月だよ……二月二十六日じゃないんだからさ」

 嵯峨はいかにも予想していた出来事の様にそう口にした。

「まーな。季節的にクーデターの似合う季節じゃねーのは同感だ」

 二人の間に何とも言えない微妙な雰囲気が流れた。

「それとだ、さっき命令が出た。『遼州同盟』の偉いさん達の連名だ。『甲武国』の『近藤貴久中佐』の身柄を確保しろって内容だが……」

「無茶を言うじゃねーか。相手はシンパがたくさんいる軍艦に乗ってんだぞ。それを……」

 ランの言葉を嵯峨は手で制した。

「はっきり言っちゃあいねえが乗艦『那珂』を奴さんごと沈めろ……ってのが本音らしいわ。ちゃんと『抵抗された場合の発砲許可』は出てるそうだ。死んだ『甲武国』の軍人は全員『犯罪者』として『処刑』された扱いになるらしい。残酷な話だねえ」

 ランを見つめたまま嵯峨はそう言った。その目はいつも通り死んでいた。

 
挿絵


「端っから近藤の旦那を殺すつもりかよ……それにしても近藤の野郎の動きが早いな。誰かが後ろで糸を引いてるんじゃねーか?近藤の旦那をアタシ等の実力を『威力偵察』するための噛ませ犬くらいに考えて。近藤の旦那は、バカなりに筋を通そうとしてる。そんな奴を『贄』にするのかよ……まるでネオナチの手口だな」

 そう言うランの目は怒りに燃えていた。

「そうだろうねえ、今回の近藤さんの決起は『ある男』の威力偵察って奴だ。『あの男』の狙いはもっと大きい……この遼州圏だけじゃ無いよ。アイツは地球圏すら眼中に据えてるんだ。俺にはそいつの見当もついてるがね。同盟司法局の目的は甲武国不安定化を企む『その男』の意図を挫くこと。その為に『那珂』には沈んでもらう……近藤の旦那はそのための『(にえ)』って訳。この作戦が終わった後、圧倒的戦力で遼州同盟で強力な発言力を持っていた元地球人の国々は影響力を弱め、遼州人の国である『東和共和国』と『遼帝国』が発言権を強めることになる。所詮は人種間のパワーゲームだ。それに今回は『法術』と言う要素が絡んでいるだけ。世の中そんなもんさ」

 そう言って嵯峨はタバコをコーヒーの缶に沈めた。

「肝心の近藤の旦那は?」

「完全に捨て石を気取ってんだろ?自分が決起すれば甲武国軍の貴族主義の同志も決起してくれるって……そんなに世の中甘くないって。『官派の乱』の時、頭を抱えて震えてた連中にそんな度胸は無いよ。近藤さんには迷惑だから切腹してもらいたいくらいだよ。俺は介錯は慣れてるから立候補したら近藤の旦那も安心して籠城解いてもらえるかな?」

「馬鹿が……」

 嵯峨の突拍子もない提案にランはあきれ果てたというように彼に背を向けた。

「どこ行くの?」

「アタシはパイロットだ。機体の組み上げを見てくる」

「ほんじゃあ頑張ってね」

 相変わらずの駄目そうな嵯峨のつぶやきにため息をつくとランは隊長室を後にした。

「時代は動き始めた……近藤さん、アンタの手柄じゃねえよ……そうなる定めだったんだ……アンタはただの生贄(いけにえ)って訳。俺達『法術師』が世の中を大手を振って歩けるようになるためのね。これまで遼州独立のどさくさで遼州圏と地球圏で手打ちになって隠されてきた俺達が持っている『力』の存在……地球圏の皆さんは認めたくないらしいが、認めてもらうよ。その為の今回の戦いなんだ」

 そう言いながら嵯峨は少し冷酷な笑みを浮かべた。

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