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第58話 魚料理の日々の予感

「いつまで遊んでるの!こっちよ!」

 遠くからアメリアの叫び声が誠の耳に届いた。

「自分が最初に誠の素直な疑問に火をつけたくせに……アメリアさんは勝手だな」

 ひとり呟いた誠の肩をかなめとカウラが叩いた。

『だから、奴は『少佐』なんだ』

 二人のステレオの言葉に誠は打ちのめされながらアメリア達の待つ岸壁へと向かった。

 そこには、まるで巨大な壁のように見える接岸している運用艦『ふさ』の姿があった。

「この艦は本来、ゲルパルト連邦共和国、高速巡洋艦『ローレライ級』二番艦なんだ。全長三百六十五メートル。そして水面から聳え立つその高さは、大体二十階建てのビル程度だ。まあ、『ローレライ級』は一番艦『ローレライ』が『足が早いだけの使えない艦』として、就航二年で運用目的が無いという理由で退役してた為に建造が中断していた余った建造中の二番艦に、隊長が目を付けたわけだがな」

 『ふさ』に歩み寄る誠の背後からカウラはそう言って『ふさ』の説明をした。

「この艦も……『特殊な部隊』しか使ってくれない『珍兵器』なんですか?足だけは速い艦……逃げ足だけは保証してくれるって訳ですね」

 誠は立ち止まり、背後のかなめとカウラに向かってそう言った。

「うちの装備がすべて『あまりもの』?そんなのあたりめえじゃん。うちは『人材』から『兵器』まで全部『あまりもの』なんだよ。なんでも『有効利用』する『遼州人気質』を表してるんだ。なんでも新型が出来れば置き換えようとするのは地球人の悪い癖だ。その点遼州人は使えるとなれば使い道を意地でも考えて使い尽くす。そんな遼州人に産まれた自分を誇りに思えよ。まあこの艦の場合海上に停泊したらすぐに釣りが出来るようにハンガーに余計な船が何隻か『戦闘工作艦』の名目で配備されてるが……それは連中の病気だ。出撃の邪魔にはならねえから無視してやれ」

 かなめの言葉に誠は呆然自失として二人を見つめた。

「『ふさ』では、『釣り部』の面々が命を懸けて釣り上げた新鮮な海産物を使用している。毎日、新鮮な『海産物』ばかりの食事になるが……神前。貴様は嫌いな『海産物』はあるか?」

 まったく無表情でカウラはそう言った。

「特に無いです。どちらかと言えば肉より魚が好きなくらいです」

 誠に言えることはそれだけだった。

 呆れるにはあまりにもひどいありさまだったからだ。


 
「どーだ、『特殊な部隊』の自慢の運用艦は。とても『あまりもの』とは思えない見栄えだろ?自慢して良ーんだぞ」

 『ふさ』への連絡橋の前にはクバルカ・ラン中佐が立っていた。

 自慢の運用艦を誠に見せるのが嬉しくて仕方が無いという笑顔がそこに浮かんでいた。

 たとえそれが『使えないあまり物』として回されてきたものであったとしても。

「じゃあ、私達はこれで」

 そう言ってアメリアとかなめはランの説教に巻き込まれるのを恐れて去っていった。

 カウラも『ふさ』にある『パチンコ台コレクション』にでも行くようにその後を追った。

 ランの小さな体の向こうには巨大な『ふさ』の船体が見えた。

「大きいですね……さすが巡洋艦……僕が東和宇宙軍で乗った艦の二倍はありますよ。これが大気圏脱出が可能なクラスとは驚かされます」

 誠はランの言葉に率直な感想を述べた。

 『偉大なる中佐殿』の顔は明らかに期待はずれの答えを誠が出したと言うような呆れた顔をしていた。

「でかいって言うなら東和宇宙軍の戦艦にはもっとでけーのがあるぞ。確かにこいつは重巡洋艦にランクされる大きさの艦だから大きさはそれなりにあるのは事実だがな。まーこいつの凄さは外から見てわかるもんじゃねーかんな」

 そうして連絡橋にたどり着いた二人は、大きなコンテナを積んだトレーラーの後ろを歩いていった。

 誠達は連絡橋を渡り、艦の中に入った。東和軍の所有の軍艦なら何度か乗せられた経験もある。これまで誠が乗った艦より『広すぎる』ように感じる倉庫の中をランに導かれるようにして歩く。

「ここまでは普通なんだ。建造された時からの改装は施されちゃいねー。でもこれからがうちの運用艦にするにあたり徹底的に改装した部分なんだ」

 ランはそう言うとこの区画の端に設けられたエレベータの中に乗り込んで、誠が入ったのを確認して上昇のボタンを押した。

 ドアが閉まり沈黙が訪れた。

 そしてドアが開く。

 そこで初めて誠はランの言葉の意味を知った。

 生活区画の通路は、以前、誠が宇宙での各種戦闘技術の訓練のために乗った輸送艦の数倍の幅がある。

「巡洋艦って凄いんですね……こんなに豪華なんですか?テレビで見た遼州一周クルーズをする豪華客船みたいじゃないですか!」

 誠の驚いた声にランは笑いながら振り向く。

「この艦の内装は特別製だ。遼州星系の艦はこの星系ならではの艦隊戦の主力戦法である艦をぶつけて敵艦に乗り込んでの白兵戦を想定して他の星系の戦闘艦より兵隊を多く載せるんだが、うちは『特殊な部隊』で『武装警察』の側面もあるから、そんな白兵戦等は任務の範囲に入ってねーから人員は他の戦闘艦に比べてすくねーんだ。だからこんなに広い」

 しばらくしてエレベーターは艦の中央部のスペースで停止した。

「吐きすぎて腹が空いたろ。飯にしよーや。ここの飯はすっげーうめーぞ」

 開いた扉からランは『ちょこん』と降りる。

 誠はその後に続いて広めのエレベーターから降りた。

 その階は共有スペースのようだったが、やはり『釣り部』の支配地域であることが誠にも分かった。

「なんで……壁中に『魚拓』が貼ってあるんですか?まあ『釣り部』ですから当然ですよね」

 悠然と歩く『偉大なる中佐殿』に誠は尋ねた。

 誠にはここが軍艦の中で釣り宿では無いことが信じられなかった。

「『魚拓』だけじゃねーぞ。写真もいっぱいある。すべて釣りに関する物だ。アイツ等の根性の座りぐわいがここからも良く分かる」

 ランはそう言って満足げな笑みを浮かべると食堂らしい扉の脇に張られた写真を指さした。

 そこには巨大なカジキマグロを釣り上げた女性と、それを祝福する『釣りマニア』達の姿があった。

 ちゃんと『遼州同盟・司法局実働部隊・艦船管理部・医務班』と言う垂れ幕まで映り込んでいる。

 よく見ると釣り上げた女性が特殊な部隊の(いや)しの象徴である神前ひよこ軍曹であることが分かって誠は呆れつつ苦笑いを浮かべた。

「『艦船管理部』って……『ふさ』の他にも船があるんですか?ハンガーに余計な船があるって西園寺さんが言ってましたけどそれ以外にも有るんですか?もしかして釣り船とか?このカジキマグロを釣り上げるのに使ったクルーザーも『艦船管理部』の備品なんですか?」

 誠を置いて食堂に入ろうとするランに慌てて声をかけた。

「あったりめーだ!他にも遼州同盟加盟国の海軍部隊が呆れるほどの種類の艦を持ってんぞ!奴等は『世間から後ろ指をさされる』ぐれーの根性の入った『釣り人』だ。遼州星系から『漁業業界』や『海運業界』から続々と『猛者(もさ)』達が集結した」

 自信をもって誠を見上げる壁一面に掛けられた大型ルアーの壁掛けを背後に背負ったランを見ながら誠は思った。

『この船『軍艦』なんですけど……その艦って砕氷船とか延縄船とかじゃないですよね』

 当然、気の弱い誠は『偉大なる中佐殿』にそんなことは言えなかった。

「それだけじゃねーぞ。他にも『医療関係者』。意外とこの業界には『釣りの為なら患者も殺す』ような、根性の座った奴が多い。あと、『元傭兵』もいる。奴等は銃撃戦の最中も『釣り』のために『仲間の死』すら恐れなかった『プロフェッショナル』だ!」

 ランは得意げにそう言うが誠はその言葉のあまりのツッコミどころの多さにもうツッコむ気力も無くしていた。

「そんな医者や傭兵は嫌ですよ、そんな人達と一緒にいるのは。僕は死にたくないんで」

 誠の諦めかけた言葉を完全に無視してランは食堂の奥のテーブルに腰かけた。

 誠は仕方なく彼女の正面に座った。

 食堂は完全に軍艦の食堂のそれでは無く漁協直営の魚の新鮮さを売りにする食堂の雰囲気があった。

「おい!アレだ!アレを見ればオメーでもうちに入って良かったって心底思えるぞ。あんなものがこれから毎日食べられるんだ。良かったなあ、神前」

 ランは食堂の奥に向かって叫んだ。

 誠はここで周りの『特殊な部隊』の先輩達が『船盛(ふなもり)』や『盛り合わせ寿司』を食べていることに気づいた。

 いくら演習を前にしての前祝としてもその豪華さに誠は目を奪われた。

「豪勢な……さすがに……気合が入ってますね。こんな豪勢な料理が毎日続くんですか……この艦の料理って魚料理しか無いってことは無いですよね?」

 そう言ってみたものの、ランの前に並んだものを見て誠は自分が甘かったことに気づいた。

 それは金目鯛の煮つけ、そして二合は入りそうな徳利とお猪口だった。

「やっぱりここに来たら『キンメの煮つけ』と当然……これだ!この酒はアタシが自前で用意した丹波の良い酒だ。魚にうるさい『釣り部』の連中にも『キンメの煮つけ』を食う時があるだろうからって言うんでこの酒を分けてやったがアイツ等もこの組み合わせを超えるものはねーと認めた極めつけの一品だ。これは貴重品だからオメーにはやれねえぞ。でもアタシは自分のだから飲む。注げ、神前!」

 ランはそう言って徳利にしか見えないものを誠に差し出す。

「アタシは三十四歳だからな!合法だ!オメーは上寿司がいーか?それとも前みたいにちらしから行くか?寿司に合う酒もちゃんと別に用意してある。そっちの方は東和産だから安いからオメーも飲んでいい。何なら用意させようか?」

 そう言って『偉大なる中佐殿』は冷えた小さなお猪口を差し出す。

 彼女の萌え萌えな表情と対照的なお猪口を持つ慣れた手つきに、誠は引きつり笑いを浮かべた。

「僕は……普通の寿司でいいです。あと、今は酒を飲む気分にはなれそうに無いんで……あまりの驚きで飲むどころか何か食べるのが精いっぱいなんで」

 たぶんこのまま演習の間は魚しか食べられないだろう。

 そしてこれは演習では無く釣りに行くのではないかと誠は疑いを持ち始めた。

 誠はそんなことを考えながら、自分が魚好きだったことを母に感謝した。


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