第56話 兵器の鉄道輸送とヤンキーの常識
演習の予定が入ってから、『特殊な部隊』はそれまでの暇人の集団と言う様相から実戦を想定した武装集団であるということを証明するような喧噪に包まれていた。
いつもは人影の少ないハンガーの出入り口ではあわただしげに次々とコンテナが運び出された。
そんな騒ぎをよそに誠は倉庫の裏でうんこ座りでタバコを吸いながら働く部下達を放置している島田を、ぼんやりと眺めていた。
目の前をコンテナを積んだトレーラーが走っていった。
「島田先輩……このコンテナは『運用艦』の港まで運ぶんですか?僕の機体を運んで来た時みたいにトレーラーなんかで……面倒ですね」
タバコを吸う島田の目の前で『マックスコーヒー』を飲む笑顔のサラの視線を浴びながら誠はそう言った。
「神前、やっぱりオメエは『高学歴馬鹿』だ。何にも分かってねえ。トレーラーなんて短距離移動にしか向いていねえ。あんなもんで長距離移動してみろ、コストがどれだけかかると思ってるんだ……分かってんのか?まったく。俺には良い師匠が二人もいた、一人は俺をただのチンピラからこの道に導いてくれたクバルカ中佐だ。もう一人は……今こうしてオメエ等パイロットがなんで戦場で戦えるのかのすべてを教えてくれた技術の師匠だ……俺はこの二人の教えが有って今ここに居る。オメエは多少クバルカの姐御に鍛えられたみたいだが、なんでパイロットが戦場で戦えるかはまるで分ってねえな。その点ではオメエは俺より不幸だ」
島田は誠を見上げるとそう言い放った。
そういう間にもトレーラーは、巨大な隊舎の倉庫からコンテナや、大型の『シュツルム・パンツァー用兵器』などを搬出している。
「こいつは『菱川重工業豊川工場』の裏の『貨物ターミナル駅』まで運ぶわけ。あくまでここから出て行くトレーラーはそこまでのつなぎ。そんな事も分からねえのかよ」
心底軽蔑したような目でうんこ座りをしている島田は誠を見上げた。
「『貨物ターミナル駅』?聞いたことはありますけど、そこで何をしているのかなんて、関係者しか知らない話ですよ。そんなものがこの近くに有るんですか?」
初めて聞く言葉に誠は首をひねった。
「そうだよ、東和共和国国有鉄道の豊川駅から分岐した支線の貨物線が隣の工場の裏まで通ってるの。まあ、この工場が落ち目になってからはほとんど使われていないがな。そこで、うちの手持ちのトレーラーから『貨物列車』に積み替えて、運用艦『ふさ』のところまで運ぶの。だからうちの手持ちのトレーラーの数は少なくて済むんだ。さっきから通ってるトレーラーが同じトレーラーだってことくらいここで立ってりゃ馬鹿だってわかる」
島田は頭の悪い高校生を教えるいい加減な教師のようにそう言った。
「トレーラーの数が少なくて済むのは良いことかもしれないですけど、鉄道に荷物を積み替えるんですか?それって面倒じゃないですか?トレーラーで一気に運んじゃった方が迅速で便利じゃないですか」
荷役作業をするつなぎの技術部員の一人が手渡した缶コーヒーを受け取りながら誠はそう言った。立ち上がった島田は完全に見下すような目で誠を見つめた。
「トレーラーの数|云々《うんぬん》を差し置いてもそっちの方がコストが安いんだよ。まったくパイロット教育しか受けていねえ専門パイロットの人間はそんな兵器運用の基礎も知らねえんだな。運用艦『ふさ』は『
誠はぼんやりと偉そうな顔の『ヤンキー』である島田の説明を聞いていた。

「もし神前が何処からかうちの為の予算を用意してくれる親切なお金持ちを見つけてきたとしてトレーラーの数が揃っていたとしてもだ。高速道路に乗って五時間かけて『多賀港』まで行くことになる。その途中で料金所とかのゲートが通れない資材もあるから、そっちは一般道に降りる……めちゃくちゃ手間がかかるんだよ……それでもトレーラーで運ぶとして、足りない運搬用のトレーラーの手配はどうするんだよ?レンタルするのか?そんな予算うちにはねえぞ……それもその親切なお金持ちにねだるの?どこまで他人任せなんだよ。だからパイロットしか出来ねえ奴は嫌なんだ」
自分で馬鹿な誠に説明していて腹が立つ、島田の顔はそんな気持ちを表していた。
「じゃあ『鉄道輸送』だと、そんな問題無いんですか?」
社会を知らない自分を理解し始めた誠は素直に島田にそう尋ねた。
「あのなあ、兵器は元々『船舶輸送』か『鉄道輸送』を前提に設計するわけなんだ。『空輸』なんて制空権が取れなきゃ話になんねえだろ?海や宇宙なら、大きさ制限がほとんどない『船舶輸送』が考えられるが、『陸上戦力』になることを前提にしたシュツルム・パンツァーは『鉄道輸送』ができるようにできてるの!05式も初期設計段階では機動性を確保するために、今より大きく設計されていた。しかし、『鉄道輸送』ができないため、今の大きさに制限され、機動性が犠牲になった!移動手段の制約の為に兵器の性能も制限されることがある。それ、軍事の『常識』!神前、おめえさんは『幹部候補生』だろ?そんなことも知らねえのか?」
隊内の噂では割り算ができないはずの島田から、『理路整然』とした言葉が出てくるのに誠はただ感心するしかなかった。
「でも……その話題に上がった05式が、もう無いですけど……どうしたんですか?役に立たないから捨てたんですか?」
誠は思いついた疑問を先輩にぶつけた。その隣では、サラが島田に熱い視線を送っている。
「一番先に専用コンテナで搬出済み。あれは、さすがに分解しないと『鉄道輸送』は無理だからな。今朝一番でバラして朝一の臨時便に乗っけた。だから俺は今睡眠不足で機嫌が悪いんだ。あんまり馬鹿な質問はするんじゃねえよ」
「そんなことパイロット養成課程では教わって無いですよ!馬鹿な質問て知らないものは知らないんです!」
必死になって抗議する誠を島田は冷めた視線で見つめた。
そしてそのままサラから空き缶を受け取ると、吸い終えたタバコをねじ込んだ。
「そこ!じゃま!島田君!」
誘導灯を手にコンテナ車を誘導していたヘルメットの女性士官、パーラ・ラビロフが振り向いた。
「神前はどうなんだよ!こいつも何もしてねえぞ」
島田とサラはそう叫んで逃げさった。
「積み込み作業をしてるのは島田君の部下の整備班の人達じゃないの。それに神前君はパイロットだからいいの!島田君は技術部の部長代理でしょ!サボってないで!まったく」
誘導作業をしていたパーラはその作業を一休みして島田をにらみつけた。
「パイロットが偉いのかよ!俺たち整備班は、そのパイロット様が乗る機体を、一から事故が無いように丹精込めて整備してるんだ!その俺達がないがしろにされて手柄は全部パイロット様のモノか?そんな現実俺は認めてねえよ!何がパイロット様だ!俺達整備の人間が居ねえと機体1つ満足に動かせねえじゃねえか!」
タバコを捨てて立ち上がった島田は吐き捨てるようにパーラに向けてそう言った。
「なにも整備班が何もしてないなんて言ってないじゃないの!パイロットの手柄は整備班の手柄。これも軍の常識じゃないの?神前君を馬鹿にしている割にそんな軍の常識を知らないなんて島田君こそ常識を知らないんじゃないの?」
パーラは不満に爆発しそうになる島田に向けてそう言い放ってヤンキーの単純な頭脳を破壊した。
島田はパーラにここまで言われては何も言い返すこともできずすごすごとサラと一緒にハンガーの奥へと黙って消えていった。
「パーラさん……お仕事大変ですね。運航部ってこんな仕事もするんですね。ご苦労様です」
誠はそう言ってパーラをねぎらう。
「珍しく仕事が有るんだからこなさなきゃ。でも島田君の言うことも一理あるかも……誠君達パイロットは私たちの仕事があるからあなたたちは戦えるのよ。それより、神前君も島田君なんかに気に入られて相手をするのも大変よね……あの人……馬鹿だから」
あっさりと島田を馬鹿とぶった斬るパーラに誠は苦笑いを浮かべた。
「でも悪い人じゃないですよ」
誠は島田の事は嫌いでは無かったのでそう言ってかばってみた。
「犯罪者一歩手前でも悪い人じゃないの?」
しかし、パーラの島田の味方はあくまで現実的だった。
「犯罪者一歩手前……確かに……あの人は普通だったら犯罪者です。あの人の盗癖は軍でも問題にならないんですか?なんでも最近までうちの寮の水道は全部、市の水道管から直接盗んでたって話ですし、電気も盗電だったって聞きましたけど」
誠は先日の島田によるバイク窃盗事件を思い出して苦笑いを浮かべた。
「間違っても島田君の真似はしないでね……まあ真似をしたら島田君みたいに東和陸軍を追放同然にうちに島流しにされるからね。でも島田君と話が合うなんて……やっぱり神前君も『特殊』なのね。じゃあ、仕事に戻らないと」
そう言ってパーラは次のトレーラーの荷物の積み込みが始まったのを見て走り去った。
「犯罪者……一歩手前って……あの人ほとんど犯罪者ですけど……それと島田先輩と一緒にしないでくださいよ。僕は馬鹿じゃありません。ただ社会常識がかなり足りないだけです」
取り残された誠は呆然と立ち尽くしていた。
その目の前を次々とコンテナがフォークリフトに乗せられて運ばれていく。
誠にはそれが出征していく兵士の様に見えた。
これだけの耳をつんざくような轟音が響いているというのに、それが音として聞こえない奇妙な感覚に誠は囚われていた。
「演習なんだ……でもそれは『実戦』になるんだ……これが戦いの前の雰囲気……妙に静かと言うか……平和と言うか……」
誠はこの馬鹿騒ぎを見て改めて自分が『特殊な部隊』の隊員だったことと誠を待っているであろう『戦場』を想像して身の毛がよだつのを感じていた。