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「もうよい、ステファニーの部屋へ行く。俺たちは夫婦なんだ。別に妻の部屋へ行ってもおかしくないだろう」

そう言い放ち、俺はナプキンをテーブルの上に置いた。

「え、なんで?食事はまだ終わっていないでしょう。行儀が悪いわね」

リリアは頬を膨らませ、拗ねたような態度を見せた。自分がいくつだと思っているんだ。25歳だろう?その幼稚な態度には呆れるばかりだ。

「セバスチャン、食事はもういい」

俺は食堂を立ち去り、彼女の部屋へ向かって足を進めた。

「旦那様!」 「レイモンド?」

セバスチャンとリリアが後ろから声をかけてくる。しかし、彼らを無視し速足で妻の部屋へ向かった。

ステファニーが新しい部屋で過ごしやすいよう、彼女が帰ってくる前に部屋を改装した。俺なりに妻を思いやったつもりだった。

俺の部屋と彼女の部屋の間には夫婦の寝室が挟まれており、同じフロアに位置している。執務に没頭するあまり、もう何年も夫婦としての時間を共有していない。

これからは……

「レイモンド様、こちらは……」

セバスチャンの声が聞こえるが、俺は無視して彼女のドアをノックした。

「はーーーーーーーい!」

背後からリリアの能天気な返事が聞こえ、俺は振り返る。彼女がいると話がややこしくなる。睨みつけながら口を開いた。

「いい加減にしてくれ!」

彼女はきょとんとした顔で答えた。

「はーーーい!だってその部屋、今は私が使っているわよ?」

どういうことだ?

「旦那様、奥様の部屋は離れでございます」

「……は?」

その瞬間、目の前が真っ暗になる。いったいどういうことなんだ……

「何を言っている?ここは妻の部屋だろう!」

「そうよ。でもレイモンドが『好きな部屋を使えばいい』って言ったでしょう?だから私が使っているの。それに、帰れって言われてないし」

「泊っていいと言ったのは、もう何週間も前のことだ!セバスチャン、これはどういうことだ?リリアはいつからこの部屋を使っているんだ」

「旦那様、リリア様には特にご指示がなかったため、10日ほど前からこちらをお使いです」

セバスチャンの説明に目の前が真っ暗になる。まさか改築後すぐから、リリアはこの部屋を使っていたのか。
俺の曖昧な言葉が、この混乱を招いたのか……。

「いくらなんでも妻の部屋を使わせる奴があるか!少し考えればわかる話だ」

悪気がない様子でセバスチャンの代わりにリリアが口を開く。

「でも、ステファニー様は何年も屋敷の部屋を使っていなかったじゃない。今だって離れで楽しそうに過ごしているわ」

俺は深く息を吐き出した。いくら親戚とはいえ、彼女の非常識な態度にも限度がある。

「おい、リリア、いくら親戚とはいえ、常識を考えろ。さすがにもうここにいる理由はないだろう。兄夫婦のタウンハウスに戻れ」

「でも、ここは快適で素敵なのよ。それに、レイモンドが忙しそうで話せてなかった分、これからじっくり話したいわ!」

「いや、いいから出て行ってくれ。ここは元々、妻の部屋なんだ。勘弁してくれ」

「そう言われても、特に不都合ないし……とても居心地いいし……」

リリアは自分の立場を理解しているのか?
苛立ちを覚えながら、俺はセバスチャンを振り返った。

「リリア様には部屋を移動してもらうように再三申し上げたのですが、聞いてもらえず。毎回このように申されますので」

セバスチャンの言葉に、俺はさらに眉をひそめた。確かにリリアは考えたことをそのまま口にし、周囲の空気や場の状況には頓着せず、彼女なりの理屈で行動する。

「リリア、君は自分が何を言っているのか分かっていないのか?」

「レイモンド、よく考えてよ。私だって馬鹿じゃないわ。あなたたち夫婦はもう冷え切った関係だったでしょう?」

「それがどうした?お前は部外者だろう」

「私が一緒に、何度も夜会に同伴したでしょう?レイモンドだって、私を信頼しているんだし。どう考えても、ステファニー様より私の方が妻の役目を果たせるわ」

「……は?」

俺は一瞬言葉を失った。何をふざけたことを言っているんだ。とんでもない勘違いだ。

セバスチャンが静かに口を開いた。

「このようにリリア様は毎度申されますので、正直旦那様にお話しいただけないと、私どもの手には負えません」

俺は深く息を吸い込み、リリアに向き直った。これ以上、彼女の言い分を聞いているわけにはいかない。

「リリア、正式に叔父に抗議する。自分で出て行かないのなら、家令たちに強制的に退去させる。いつまでも人の屋敷で世話になるなど非常識だ」

「レイモンド、自分が許可を出しておいて、お父様に抗議するなんておかしいわ。今初めて出て行けって言われたんだから、私も困っているのよ?」

「それは……ちゃんと話をしなかった俺の責任でもある。だが、もう出て行ってくれ」

「急に言われてもすぐには準備できないわ」

なんだこいつは?新種の生き物なのか……何を言っても言葉が通じない。
従妹だとはいえ、こんなにも自己中心的だったとは。



絶対に参加をしなければならない夜会には彼女を同伴させた。だが、会場に入ったら別行動をとっていた。
親族なのだから、他の貴族たちもリリアと俺のことを勘ぐったりはしなかった。
だから便利だったし彼女をパートナーにするのは都合が良かった。

それが、大きな間違いだったと、俺は自分の選択が引き起こした結果に心が重く沈んだ。


「おれが隣国から帰って来てからもずっと、その間も妻は離れにいたのか……」

まったく気が付かなかった。

「奥様は、リリア様が部屋を出られたら屋敷に移動するとおっしゃいました。私は執事として速やかに奥様の部屋を準備すると申し上げましたが、それが果たせていない現状です。結果として、奥様にご不便をおかけしており、執事としての不甲斐なさを痛感しています」

セバスチャンの言葉に胸が締め付けられるような思いがした。執事としての能力不足でもあるが、元を正せば、諸悪の根源は俺にある。リリアを野放しにしていた俺の責任だ。

ステファニーは自分の部屋を使われ、離れでの生活を余儀なくされた。それでも彼女は文句ひとつ言わず耐えていた。記憶を失った彼女が屋敷に戻る際、夫婦として寝室を共にするつもりだったのかもしれない。おそらく、自分が離れに住んでたとは思っていなかっただろう。

夫婦で同じ屋敷で暮らすのは当然のことだ。それなのに、俺の元から距離を置いた彼女の心境を思えば、いたたまれない気持ちになる。

「リリア、部屋に戻れ。お前がここにいる必要はない」

「でも、まだ話は終わっていないのに」

「いいから」

俺は低く鋭い声で、彼女にそれ以上の反論を許さなかった。リリアは少し不満げな表情を見せながらも、渋々と退いた。

「セバスチャン、もうこの部屋はステファニーには使わせない。新しく、俺の部屋と妻の部屋と夫婦の寝室を作りなおすテファニーの部屋へ行く。俺たちは夫婦なんだ。別に妻の部屋へ行ってもおかしくないだろう」

そう言い放ち、俺はナプキンをテーブルの上に置いた。

「え、なんで?食事はまだ終わっていないでしょう。行儀が悪いわね」

リリアは頬を膨らませ、拗ねたような態度を見せた。自分がいくつだと思っているんだ。25歳だろう?その幼稚な態度には呆れるばかりだ。

「セバスチャン、食事はもういい」

俺は食堂を立ち去り、彼女の部屋へ向かって足を進めた。

「旦那様!」 「レイモンド?」

セバスチャンとリリアが後ろから声をかけてくる。しかし、彼らを無視し速足で妻の部屋へ向かった。

ステファニーが新しい部屋で過ごしやすいよう、彼女が帰ってくる前に部屋を改築した。俺なりに妻を思いやったつもりだった。

俺の部屋と彼女の部屋の間には夫婦の寝室が挟まれており、同じフロアに位置している。執務に没頭するあまり、もう何年も夫婦としての時間を共有していない。

これからは……

「レイモンド様、こちらは……」

セバスチャンの声が聞こえるが、俺は無視して彼女のドアをノックした。

「はーーーーーーーい!」

背後からリリアの能天気な返事が聞こえ、俺は振り返る。彼女がいると話がややこしくなる。睨みつけながら口を開いた。

「いい加減にしてくれ!ついてこなくていい」

彼女はきょとんとした顔で答えた。

「はーーーい!だってその部屋、今は私が使っているわよ?」

どういうことだ?

「旦那様、奥様の部屋は離れでございます」

「……は?」

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