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10話 病

 まだ仕事があるにも関わらず、ビアンカは一度店を閉めて、シンシアを診てくれた。

 とんでもない迷惑をかけているのだけど……
 でも、今はその優しさがひたすらにありがたい。

 私は聖女だ。
 怪我も病気も癒やすことができる。

 ただ、赤子について詳しくない。
 下手な治療をしたら悪化してしまうかもしれない。
 そう思うとなにもできず、ビアンカを頼ることしかできなかった。

「あぅ……」

 シンシアの頬は赤い。
 おでこも熱く、とても苦しそうにしていた。

「こ、これは風邪なのでしょうか? ただの風邪なら治せるのですが、しかし、なにか厄介な病気だとしたら下手に手を出すわけにはいかず……」
「これは……んー、ちょっとよくわからないわね。でも、様子を見る限り、楽観的にはなれないわね。ジーク!」
「おう」

 普段は寡黙な旦那が喋り、こんな時ではあるが、私は少し驚いた。

「医者を呼んできてちょうだい! 全力で、急いで!」
「ああ、わかった」
「アリサは、これで解熱剤を買ってきて!」

 ビアンカからお金を受け取る。

「えっと、えっと、解熱剤だけでいいんですか? 風邪薬とかも買っておいた方が……」
「風邪と決まったわけじゃないから、それはダメ。他の病気だったら、悪影響を与える場合もあるの。でも、解熱剤ならその可能性はほとんどないはず」
「な、なるほど! えっと、魔法は……?」
「それもダメ。赤ちゃんはまだ体が未熟だから、魔力に耐えられない場合があるの。なるべく使わない方がいいわ」
「な、なるほど!」
「あたしは、ここでシンシアを診ているから。急いで!」
「は、はいっ!」



――――――――――



 解熱剤を買って、すぐ宿に戻って……
 苦戦しつつも、薬をシンシアに飲ませることに成功した。

 解熱剤のおかげで、多少は落ち着いたものの……
 しかし、未だシンシアは苦しそうにしていた。

 最初は熱だけだったのだけど、咳も出るようになっていた。
 さらに、赤い発疹も出るように。

 とても苦しそうにしていて、見ていられない。

「あぁ、なんでこんなことに……」

 なにが聖女だ。
 苦しんでいる娘を助けることができないなんて……
 この時ほど、己の無力さを呪ったことはない。

「今戻った」
「患者はどこかね?」

 ジークが年老いた医者を連れてきてくれた。

 これでシンシアが助かる!
 私は急いで医者にシンシアを診てもらう。

「この子です! 朝から熱が下がらなくて、どんどん上がる一方で……それに、咳と赤い発疹が出るようになって……」
「ふむ……まずは、診せてもらおうか」

 ジークが連れてきた医者は、テーブルの上にシンシアを寝かせて診察を始めた。
 目を見たり喉の奥を見たり。
 色々なところをチェックしていく。

 そして……その表情が苦いものになる。

「ど、どうなんですか!? シンシアは、この子は大丈夫なんですか!?」
「……正直なところを言うと、かなり厳しい」
「そ、そんな……」
「アリサ!?」

 足から力抜けて、思わずその場にへたりこんでしまう。
 そんな私を心配してくれて、ビアンカが立ち上がらせてくれた。

「び、ビアンカ……わた、私っ、ど、どうすれば……」
「しっかりしなさい!」
「あっ……」

 強く叱責されて、我に返った。

「この子は今、とても苦しんでいるの。それを助けてあげられるのは、母親のあんただけなのよ。それなのに、アリサがそんな調子でどうするの!?」
「そ、そうですね……すみません。取り乱しました……」
「いいわよ。母親だもの、仕方ないわ。でも……」
「はい。取り乱すのはここで終わりです。あとは、この子のためにできることを考えます」
「うん、良い顔になったじゃない」

 くしゃくしゃと、ちょっと乱暴に頭を撫でられた。
 私は子供ではないのだけど……
 でも、遠い故郷にいる母さんのことを思い出して、少し心が安らいだ。

「それで……シンシアは、どのような病気なのですか?」
「子供だけがかかる、ロスガ病というものだ。発症すると、まずは熱が出る。次に、咳と発疹。さらに症状が悪化すると呼吸困難に陥り……死に至る」
「っ……!? そ、その可能性は……?」
「残念ながら、非常に高いと言わざるをえない。発症した子供の致死率は……九割だ」

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