9話 初めての……
「はい、これで大丈夫ですよ」
「おぉ、骨折が一瞬で治るなんて……サンキュー、アリサ!」
「どういたしまして」
シンシアと出会い、三ヶ月が経った。
この頃になると、シンシアはだいぶ落ち着いてきてくれた。
夜泣きはまだ続いているのだけど、頻度は減り……
あと、やたら無闇に泣かなくなった。
ビアンカ曰く、私の母親スキルが上がっているため、シンシアが望んでいることに応えられているから泣かなくなった、とのことだけど……
そうだとしたら素直に嬉しい。
きちんと、この子の母親をやれている。
そう思うと、とても誇らしい気分になるのだ。
話が逸れた。
そんなわけで、この子が少し落ち着いてきたので仕事をすることにした。
一つは、ひだまり亭の手伝い。
これは週四でシフトを入れている。
もう一つは、店の一角を借りて怪我をした冒険者の治療をすること。
以前、とある冒険者を治療して……
そのことがきっかけとなり、個人経営の小さな治癒員を開くことにしたのだ。
大きな怪我から小さな怪我まで。
簡単な病気も受け付けている。
おかげで、それなりに繁盛している。
とはいえ、繁盛しているということは不調の人が多いわけで……
ちょっと複雑な気持ちだ。
とはいえ、元聖女である私にとって、うってつけの仕事だ。
しかも、シンシアをおんぶしつつ、仕事をすることができる。
落ち着いてきたといっても、赤子は色々な面で危うい。
この前なんて、ヘアゴムを口に運ぼうとしていて、顔を青くしたものだ。
赤子はなんでも食べようとするし……
他にも、予想外の行動を取ることが多い。
一時も目が離せないため、こうして、一緒にいられる仕事はとても助かる。
「いやー、それにしても、アリサが来てくれて本当に助かるよ」
「そうですか? 治療なら、教会や治癒院でもできるのでは?」
「確かに、教会でも治療をしてくれるけどさ。どちらかというと、教会は重傷者や病人専用だろ? 軽傷で行っても、迷惑そうな目を向けられるんだよ。その点、アリサは、どんなに小さな怪我でも優しく温かく手当してくれるからな」
「そうそう、アリサのおかげで、何度助けられたことか」
「それに、俺、この前、ケイツの怪我を治したところを見たんだよ。あれは、本当にすごかったな……」
「そうそう。あれを見て、俺も、アリサにところで診てもらおう、って思ったんだ」
「アリサは、もう俺達の生活に欠かせないな。っていうか、俺達の女神だよな!」
「や、やめてくださいよ、もう」
冒険者達に口々にそう言われて、さすがに照れてしまう。
「あと、アリサに治療してもらうと、嬢ちゃんにも会えるからな」
「けっこう大きくなってきたよな? 赤子って、成長が早いんだな」
なんて、私の娘にデレっとした顔を向けるものだから、
「……言っておきますが、シンシアを狙っているようでしたら、容赦しませんよ?」
「おいおい、さすがにそれはないって。いくらなんでも、赤子を彼女にするとか、ありえないだろ」
「どうでしょうか。この子は天使のように可愛いですからね。よからぬ考えを持つ者が出てきたとしても、おかしくありません」
「……ちなみに、よからぬ輩が出てきたらどうするんだ?」
「本気で殴り飛ばします」
迷わず即答すると、冒険者達は揃って顔を引きつらせた。
以前、ドルクという荒くれ者を、私が文字通り殴り飛ばしておとなしくさせたことを知っているのだろう。
「な、なあアリサ。そんなバカなヤツは出てこないだろうから、殺気をしまってくれないか……? 正直、怖いぞ」
「あら、すみません」
シンシアをかどわかす男を想像したら、自然と殺気がこぼれていたらしい。
平常心、平常心。
ちなみに、娘に殺気をあてるなんてこと、どのようなミスをしてもやるわけがないので、おんぶをされたシンシアはぐっすりと眠り続けていた。
すやすや寝顔のシンシア、可愛い。
後ろを見て、ほっこりと癒やされる私だった。
「おつかれさま」
さらに何人か治療をして……
客足が途絶えたところで、ビアンカが顔を見せた。
「仕事の調子はどう?」
「はい、とても順調だと思います。これも、色々なアドバイスをしてくれて、場所を貸してくれたビアンカのおかげです。ありがとうございます」
「そっか。うんうん、順調ならよかったわ」
「これ、先週の売上の半分です」
硬貨の入った小袋を渡そうとするのだけど、
「いいわよ、そんなもの」
ビアンカは頑なに受け取ろうとしない。
「ですが、ここまでしてもらっておいて、対価も支払わないなんて……」
「お金が欲しくてアリサを助けたわけじゃないわ。同じ母親として、放っておくことができなかったの。だから、気にしないで」
「しかし……」
「育児って、かなりお金がかかるわよ? 服はすぐに着れなくなるし、教育を受けさせようと思ったら大変だし……シンシアのために、今から貯金しておきなさい」
「……ありがとうございます」
こんなに優しい人に囲まれて、大事な娘がいて……
私は幸せ者だ。
「あーう」
「あら、起きてしまいましたか?」
たしたしと、シンシアが小さな手で私をぺしぺしする。
おんぶ紐を外して、胸に抱く。
「うー……んっ、あぅ」
「はい、どうしたんですか? ママはここにいますよ?」
「あぅー」
にっこりと笑う。
すると、シンシアも笑ってくれた。
「はぅ……!? ああもう、なんて可愛いのでしょうか! この子は、本当は天使なのかもしれませんね! 可愛すぎて、なんていうかもう、魅了のギフトを持っているのではないかと疑ってしまいます!」
「まったく、親ばかなんだから。まぁ、気持ちはわからないでもないけどね」
シンシアにデレデレする私。
それを見て、苦笑するビアンカ。
穏やかで優しい時間が流れていく。
女神様。
願わくば、この幸せをいつまでも……
――――――――――
シンシアと出会い、半年が経った。
娘はすくすくと成長して、色々な顔を見せてくれる。
それを見るのが私の楽しみで、毎日の日課となっていた。
そんなある日のこと……
「ビアンカっ!!!」
「どうしたの、そんなに慌てて?」
ジークと一緒に仕込みをしていたビアンカが、怪訝そうな顔で厨房から出てきた。
「シンシアがっ、シンシアがっ……!」
「その子になにかあったの!?」
「見ていてください!」
私は、腕に抱いているシンシアを、そっと床に下ろしました。
すると、
「あーうー」
なんと、私の方に向かって、はいはいをしてくるではありませんか!
「今の、見ましたか!?」
「えっ」
「見ましたよね!?」
「はいはい、のこと……?」
「そうです! この子、ついに、はいはいをするようになったんです! それだけじゃなくて、ずっと私を追いかけてくるんですよ!? 雛鳥みたいで、愛らしくて、もうたまらないです!」
「えっと……それだけ?」
「はい?」
他になにか大事なことがあるんですか?
「あ、うん。そう……」
「ああもう、本当にシンシアはかわいいですね! まさに天使です。地上に舞い降りたプリティ天使です! ラブ!」
「……じゃあ、あたしは仕事があるから」
「あ、はい。お仕事、がんばってくださいね」
「あー……アリサも、ほどほどにね?」
なにをほどほどにするんでしょうか?
たまに、ビアンカはよくわからないことを言いますね。
――――――――――
「ビアンカっ!!!」
「どうしたの、そんなに慌てて? って、コレ、前にもあったパターンね」
「シンシアがっ、シンシアがっ……!」
「はいはい、それで、今度はどうしたの? あんよでもした? それとも喋った?」
「この子、熱があるんです!!!」