11話 霊草を手に入れろ
「そんな……」
底のない闇の中に放り込まれたような気分。
とても立っていることができず、その場に膝をついてしまう。
「アリサ! 大丈夫?」
「し、シンシアが……死んでしまうなんて、私、ど、どうしたら……」
「しっかりしなさい!」
「っ!?」
ビアンカの大きな声に、私はビクリと体を震わせた。
「あなたは母親でしょ? そんなにすぐに諦めてどうするの?」
「で、ですが……」
「諦めないで、あがきなさい! あたしも協力する。最後まであがいてあがいて……子供のためにがんばるの。それが母親でしょ!?」
「……っ……」
頭をガツンと殴られたような気分だった。
そうだ。
ビアンカの言う通りだ。
私は、母親なのだ。
そして、シンシアを助けることができるのは、私だけなのだ。
それなのに、早々に諦めてしまうなんて……
私はなにをしているのだろう?
やれることをやる!
この子のために、なんでもすると誓ったじゃないか。
「ロスガ病の治療薬はないんですか!?」
「ないことはないが……都市に行かないとないだろう。このような小さな街には、流通していないのだよ」
「っ……なら、治療薬の代わりになるものは!? 魔法は!? 私、それなりの病気なら魔法で癒やすことができます!」
「いや、魔法はやめておいた方がいい。ロスガ病を治そうとしたら、けっこうな魔力が必要になる。それだけの負担に、この子が耐えられるかどうか……」
「くっ……な、なら、他に治療方法は!?」
「そんなものは……いや、ないことはないか? 今の時期なら、アスミナの花が咲いているはず……?」
「アスミナの花……それは確か、どのような病にも効くと言われている、霊草ですね? エリクサーと同等の価値があるという」
「く、詳しいな。アスミナの花は、わりと重要な情報で、誰でも知っているわけじゃないのだが……」
「え、えっと……とにかく、アスミナの花がこの近くに?」
「うむ。この街から東に行ったところにある谷に、アスミナの花が咲いているところを、冒険者が見つけたそうだ」
「東の谷に……」
「えっ、ちょっとまって!?」
なぜか、ビアンカがストップをかけてくる。
「それ、死の谷じゃないわよね?」
「……」
ビアンカに問い詰められて、医者が目を逸らす。
「なんですか、その死の谷というのは?」
「それは……」
「教えてください。そこに行けば、アスミナの花が咲いているんですよね?」
「……咲いている、と聞いた。しかし、そこは死の谷と呼ばれている、とても危険な場所なのだ。Aランクオーバーの魔物が当たり前のように徘徊していて、足を踏み入れた者は、全て死んでしまう……未だ生還者はいない。そう言われている」
「なるほど……だから、死の谷ですか」
納得した。
そして、迷いも消えた。
「では、行ってきます」
「ちょ、ちょっとアリサ!? 今の話、聞いていたの? 死の谷は二度と帰ってくることができないほど危険な場所で……」
「聞いていましたよ。ですが、そこに行けばシンシアを助けることができるんです」
死の谷?
強力な魔物?
そんなことはどうでもいい。
些細な問題だ。
なんてことない。
私にとって重要なことは、ただ一つ。
シンシアを助けることができるかどうか、それだけだ。
「止めないでください。シンシアを助けるためなら、なんでもしますから。魔物が邪魔をするというのなら、蹴散らしてみせます。険しい谷があるというのなら、打ち崩してやります」
「あー……もう! まったく、アリサは妙なところで頑固なんだから……わかった、もう止めないわ。でも、三十分だけ待って」
「……わかりました」
本当は一分一秒も惜しいのだけど……
でも、ビアンカの言うことだ。
意味がないということはないだろう。
ビアンカは慌てた様子で外に出て……
そして、三十分後に戻ってきた。
その隣に、一人の男が。
歳は二十半ばくらい。
珍しい黒い髪をしているが、それはとある国の出身という証だ。
確実ということはないのだけど、とある国の者は、その大半が黒髪、黒い瞳だ。
目、鼻、眉……顔のパーツ一つ一つげ芸術品のように整っている。
女性ならば視線を奪われてしまうほどの美形。
ただ、冷たい表情が、人を寄せつけない雰囲気を作っていた。
「今、この街に英雄の一人、聖騎士のアイクさまが来ているって聞いていたの。それで、ダメ元で頼んでみたんだけど……よかったわね、アリサ。アイクさまが同行してくれるって!」
「そ、そうですか……」
私は、ついつい視線を逸らしてしまう。
私は元聖女。
英雄の一人。
なので、当然ながらアイクと知り合いだ。
まさか、こんなところで出会うなんて……
「ふむ?」
アイクが私を見る。
こんなところでなにをやっているんだ? と言いたそうな顔だ。
でも……お願い。
今はなにも聞かないで!
私の祈りが通じたのか、はたまた空気を読むことに長けているからなのか、アイクはなにも口にしない。
助かった……
実は聖女でした、なんてことが知られたら、どうなることか。
私が望むのは、シンシアとの穏やかな生活。
それだけなのだから。
「俺は、彼女と一緒に谷へ向かい、薬草を採取すればいいんだな?」
「ええ。英雄のあなたに小間使いみたいな真似をさせて、本当に悪いって思うんだけど……でも、アリサを一人で行かせるわけにはいかないの。お願い、力を貸して!」
「アリサ?」
再び怪訝そうな顔に。
お願いだから、今はなにも聞かないで。
後でちゃんと、全部説明しますから。
「……わかった、引き受けよう」
「ありがとう! よかったわね、アリサ。これで、薬草を採取することができるわ。アリサもけっこう強いみたいだけど、でも、やっぱり一人は危険だから……」
「そ、そうですね……ありがとうございます、ビアンカ」
私の顔はひきつっていないだろうか?
それがとても心配だ。
「アリシ……アリサというのか、よろしく頼む」
「は、はい。よろしくお願いします」
茶番だなあ、と思いつつも、私はアイクと握手を交わすのだった。