第16話 被害者がクリーニングの預かり票を持ってて他殺だってなるやつのために毎日服をクリーニングに出してた人が破産しそう
自殺だと思ってた人のコートやらズボンやらのポケットからクリーニングの預かり票が出てきて、殺されたんだってなること多いじゃないですか。
あれ、偶然だからいいものの、狙ってやるのやめた方がいいですよ……。
〜 〜 〜
冬物のコートをクリーニングに出したんです。ウチの近所に優しい感じのおじさんがやってる店があるんでよく使わせてもらってるんです。
受け取りの日になって店に行ったら、だらしなさそうな男の客が店主のおじさんとなんか揉めてるんです。店の端で会話聞いてると、明らかに変なんですよ。
「だからー、もうちょい安くしてほしいんですよー……」
「そこは昨日も申し上げたんですが、承ることができないんですよ」
どこの世界にクリーニング代を値切る人がいんのよ? 変な対応されたから? でも、店のおじさん、昨日もって言ってたよね?
「いや、だから、昨日も今日も頼んでるってことは切実なお願いってことですよ」
この男は切実ならクリーニング代ディスカウントできると思ってるみたいなんです……。どんな教育受けてきたのよ? 観光地の市場じゃあるまいし……。おじさんも弱りきってます。
「もう何度もお伝えしてますが、毎日クリーニングに出されますと、お客様の負担が大きいですので、いつものような軽い汚れでしたらご自宅の洗濯機で……」
「それじゃ意味ないんだって、いつも言ってるでしょーが」
毎日って……どんな金持ちかと思えば値切ってるし……。いや、あれかもしれない。ホントのお金持ちは節約しまくってるってやつ。とか思ってたら、男が言うんですよ。
「もう僕、破産寸前なんですよ! Netflixも解約したんですよ!」
なんでネトフリ解約したことで交渉がうまく行くと思ってんのか理解できないんですけど、切迫詰まってはいそう。クリーニングで破産とかいうバカみたいな話聞いてなければワンチャン同情したかもしれないですね。…………いや、しないか。
そうこうしていると、おじさんが私も知りたかったことを尋ねてくれました。
「あの、どうして毎日ウチを使っていただけるんでしょうか……?」
「僕が死んでも自殺と思われないように、ですよ」
「じさ──え? すみません、わたくしの理解が及ばずに……。それはどういう……」
おじさんが困惑の極みみたいな顔してんです。大人にこんな顔させちゃいけないよ。
「だからー、もし僕が死んで、ポケットの中からクリーニングの預かり票出てきたら、渋い刑事が『これは自殺ではないかもしれませんねえ』とか言ってくれるわけじゃないですか」
「ええと、お客様はお殺されになるご予定が……?」
どんな質問だよと思ってずっこけそうになってしまいましたよね。すると、男が言うんですよ。
「そういうこともあるかもしれないじゃないですか」
ないだろ。しかも、そういうの被害者は狙ってやってないから。偶然だから効いてくるのよ。だいいち、自殺に見せかけられずにストレートに殺されにきたらどうするつもりなの、こいつ? 無駄な出費じゃん。ただ服が綺麗になっただけじゃん。
「会社の同僚とお互い嫌い合ってるんです、僕たち。で、そいつが話してたんですよ。『いつかあいつを自殺に見せかけて殺してやる』って。あいつってのが僕ね」
「は、はぁ、なぜそんな回りくどい方法を……」
店のおじさんが困惑しつつも、的確にツッコミを入れていて私の中で好感度上がりましたよね。
「知りませんよ! あいつに訊いてくださいよ! とにかく、そういうわけで、自殺キャンセルで僕は毎日クリーニングしなきゃいけないんですから、負けてくださいよ〜マジで!」
その説明で分かりましたって納得するやついるわけないでしょ。案の定、おじさんに断られてるし。男は床に両手を突いて嘆きます。
「僕が破産してもいいんですか?!」
「いや、お客様が勝手にやってらっしゃることだからね……」
ボーッとなりゆきを見ていた私なんですけど、男と目が合っちゃっんです。金貸してとか言われたら顔面蹴ってしまいそうだ……なんで思ってたら、男が言うんです。
「お姉さんも僕が破産したら、同情してくれますよね?」
「すいませんけど、笑っちゃうかもしれません」
「なんでだよォ! クリーニングで破産なんて聞いたことないでしょーが!」
「いや、だから笑っちゃうかもって思って」
「僕が自殺に見せかけられて殺されたらどうするんですかァ!?」
「こんなバカみたいなこと考えられるなら、職場でも自殺する人だとは思われてないと思いますよ。だから、普通に背後から刺されたりすると思います。、殺されるなら」
「なな、なんてこと言うんだよォ〜!!」
いや、あんたが今まで殺されるとか話してたんでしょとか思いましたけど、黙っておくことにしました。私がこの男をオーバーキルすることになっちゃいますもんね。
「じゃあ、僕が自殺に見せかけられて殺されるとして、代わりの方法考えてくださいよォ!」
「なんで私が逆ギレされなきゃなんないのよ……。っていうか、なんで殺されるところまでは相手にやらせてあげんのよ? 抵抗しなさいよ」
「だってあいつ相撲部だったんですよ!」
「いや、知らないし……」
「ああ〜、どうしよう、明日から預かり票がなくなったら、僕はついに自殺に見せかけられて殺されちゃうよォ〜!!」
「今までのクリーニング代で殺し屋雇えばよかったのに」
「ああ〜! その手があったかァ〜!! ……ってもう遅いよ!」
床に転がって駄々をこねる様を見ていると、こいつが嫌われてる理由がよく分かる気がしちゃいました。クリーニング代ケチるわりに服汚してるし。
で、ふと思ったんですけど、こいつを嫌ってるやつって、こいつがこうやって自滅するように自殺に見せかけて殺すみたいな話を流したんじゃないでしょうかね? だとしたら、めちゃくちゃダメージ与えられてるよね。
まあ、私の想像なんで、駄々をこねてる男には何も言わずにコート受け取って帰りました。迷惑をかけたのでとか言って、なんかお詫びのクーポンたくさんもらいました。