第198話 来年の作柄の予想
「おい!遊んでんじゃねーぞ!」
そこに突然少女の声が響いた。振り返るギャラリー。そこには副部隊長のランが手に幼児のような彼女の体と比べると格段に大きい段ボール箱を抱えて歩いてきていた。
「姐御も撃ちますか?このおもちゃ」
かなめが茶々を入れるがそれをまるで無視して、ランはそのまま射撃場のテーブルにダンボールを置いた。
「どうだい。この古臭い銃は。サラのおもちゃとしては丁度いーだろ?」
小柄と言うより幼く見えるランにこの射撃場は似合わないと誠は思っていた。時々課せられている射撃訓練のとき愛用の小型拳銃、PSMを射撃する姿は良く見かけるが、明らかに違和感のある姿だった。
「まあ見世物としては最適ですね。まあ実用性は……とてもとても?でも、まあブリッジクルーで実際の撃ち合いをほとんどしないサラが持つ分には良いんじゃないですか?」
ほめるわけにもけなすわけにもいかず下士官の表情は複雑だった。それを見て頷いた後、ランは段ボール箱を開く。誠達が中をのぞくとそこには旬の野菜が詰め込まれていた。
「今年はクワイがいまいちなんだよ。でもレンコンはかえでちゃんに頼んで猟友会の人で田んぼ持ってる人がいるからちゃんともらってきたよ。今年は雨は少ないから小さいけど凄くおいしいんだって!」
サラがカウラから受け取った銃をホルスターに入れて元気良く答えた。
「ごぼうは……」
「ああ、ちょっと待ってね。あれは長いから箱には入らないんだ。だから部屋に置いてあるわよ」
サラは自信たっぷりに答えた。かえでのコネのある猟友会で農家の人々とも交流がある彼女が選んだダンボールの中のみずみずしい野菜達がそこにあった。他にもにんじん、大根、白菜と売り物にも出来るような野菜達が箱の中に並んでいた。
「なるほどねえ、まったくもってこれじゃあ女ガンマンだな」
ランは呆れたようにサラをつま先から頭まで満遍なく見つめた。
「ひどい!ランちゃんだっていろんな格好するじゃないの……八幡様のお祭りとかで」
「アタシはそう言う格好をするときは場所を考えるんだ。職場ではぜってーそんな格好はしねーよ」
苦笑いを浮かべつつ、ランもまたサラの腰の拳銃が気になっているようだった。
「なんなら中佐も撃ちます?」
そう言いながら銃器担当の下士官は弾薬の箱をもてあそんでいた。それを見てランは呆れたようにため息をついた。
「そんなの興味ねーよ。シングルアクションリボルバーで撃ち合いなんざ真っ平ごめんだ」
ランはそう言うと勤務服のベルトから愛用のPSMを取り出した。超小型拳銃だが、手の小さいランにはグリップを握れるぎりぎりの大きさだった。そのまま銃を構えるとランはターゲットに銃口を向けた。
連射。機能に特化したロシア製の拳銃らしくきびきびとスライドが下がり薬莢が舞った。撃ち終わったターゲットを誠が見ると見事に胸の辺りにいくつもの小さな穴が見えた。
「こんぐらいのことが出来なきゃ問題外だろ?」
ランは得意げに笑って見せた。それを見てサラはダンボールの中を整理していた手を止める。そのままランの隣に立って標的を見つめた。
すぐさまサラの右手が銃を手にした。腰で構えるとすぐ左手がハンマーを叩き発砲、それを六回繰り返した。そしてすぐ右手の銃を仕舞うと今度は左手、同じように六発の銃声。
「やるもんだねえ」
ランはそう言うと満足げに頷いた。硝煙の煙が北風に流されターゲットが野次馬達の目に留まった。確かにランの射撃よりは弾は散らばっているがすべてがターゲットを捉えていた。
「なんだよ、神前より当たってるじゃねえの。まあ神前が下手すぎるだけだけどな」
かなめの歯に衣着せない言葉に誠は頭を掻いた。そしてサラとランの名人芸に感心したように野次馬達が拍手を始めた。
「まあサラは至近距離の戦いのためにメインアームとしてショットガンを装備しているからな。拳銃の優先度は部隊でも一番低いんだ。あれだけ当たれば……」
「ランちゃん、オーケー?オーケーなの?持っても良いのこれ」
サラよりかなり小さいランの手を取りサラは満面の笑みを浮かべた。
「まあどうせ言っても聞かねーんだろ?好きにしろよ。第二次世界大戦の時、オート全盛期のその時代にアメリカの猛将パットン将軍は金色のピースメーカーをぶら下げて戦場を視察してたんだ。別にサラが同じことをしても罰は当たんねーだろ」
そう言うとランは射撃場から降りた。
「やっぱりクリーニングは俺か?ブラックパウダー弾は汚れるんだよな……」
押し付けられた仕事に苦笑いを浮かべる下士官を残してサラが全速力で隊舎に向かって駆け出した。
それを見送るとブリッジクルーは隊舎に、整備班員はハンガーに向かった。ただサラの銃を手にして何度も確認している銃器担当の下士官と誠達だけが取り残された。