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神殿では急遽会議が召集され、会議室の中には厳粛な空気が漂っていた。長いテーブルを囲んで神官たちが着席し、その中央に神官長が威厳を持って座している
フィリップ殿下は神殿を毛嫌いしているためか、初めから喧嘩腰で、その強引さが際立っていた。
「神殿はこれまで多額の寄付を受けてきた。その資金をこれからは民間の医師や薬師に回すべきだろう」
神官長は殿下の言葉を鼻で笑って切り返した。
「神殿への民衆の善意を国に納めろと?それこそ神への冒涜ではありませんか?」
「今後は、聖女が力を失ったことを公表し、科学の発展に力を注ぐ必要があるのだ」
殿下は、神殿が私の魔力を失った状態を隠し続けていることに怒りを感じているようだ。彼の言っていることは正しく、そんな状態を隠し続けられるはずがないのは事実だ。
その発言を受けて、神官の一人が反論した。
「それはまだ分かりません。ステファニー様が聖女としての力と記憶を取り戻す可能性だってあります」
『その可能性は本当にあるのか?』と問いただしたい気持ちを押し殺し、私は静かに座り続けていた。
「では、今までに聖女の治療で得た収益の行方はどうなっている?税を納めなくてもよいとはいえ、聖女が治療できなくなった今、代わりにそれを薬剤の発展に使うべきではないのか」
「寄付金は民衆の善意によるもので、すべてが奉仕活動や困窮する人々の救済に使われています」
別の神官も続けた。
「癒しや祈りを通じて、人々の健康と幸福を支えることが私たちの使命です」
フィリップ殿下は神官たちを睨みつけた。
「これまで神殿は、外部からの監視を拒み、国の指摘を神への冒涜として無視してきた。人々の健康を支えていると言うが、それは主に貴族や富裕層だけではないのか?」
これに対し、神官長は冷静に堂々と説明する。
「我々は民の心を守り、神殿の使命を全うするために最善を尽くしております。全てを救うことはできないことは殿下もご承知のはず。たとえ理解されないことがあっても、目的はただ一つ。民の平和と繁栄のためにあります」
神官長の言葉には重みがあり、一見正当なものに聞こえる。その場にいた者たちは思わず耳を傾けてしまう。
神殿は長年にわたり民衆や王国に深く根を張り、大きな支持を集めている。
この場面で殿下が多数派を覆すことは難しいだろう。けれどフィリップ殿下は、この問題に一人で立ち向かっていた。
緊張感が張り詰め、室内は不穏な空気になっていた。
会議の静けさを破るように、私が口を開いた。
「あの……寄付金が奉仕活動に使われたというのなら、その証拠を示せばよいのでは?」
私の一言が空気を変えた。
神官たちは互いに視線を交わしながら焦りだし、神官長の顔に一瞬苛立ちが走る。
「それは……当然使われています。その詳細については……今ここではお見せできませんが」
事務担当の神官が説明するが、言動は頼りない。
私という思わぬ援軍が現れたことに、殿下は驚いたようだったが、続けとばかりに神官たちを追及し始めた。
「証拠がないなら、誰にも信じてもらえるはずがない。寄付金の用途について具体的な説明を求める」
神官たちがそわそわしだした。
私はさも悪気がない風に、その場にいる神官たちを揺さぶった。
「誰がいくら寄付したか、とか、確か……ちゃんと帳簿につけていますよね?」
殿下が追い打ちをかける。
「今まで詳細な収支報告は国に一切行っていないだろう。神殿は収益や寄付金を好き勝手に扱い、不透明な運用を続けている。表向きは奉仕や治療のためと装いながら、その裏では特定の聖職者の私利私欲が絡む腐敗が進んでいる」
「殿下、それこそ証拠があるのでしょうか?」
神官長は、悪びれる様子もなく、冷静に言葉を返す。彼は口元にかすかな笑みさえ浮かべている。
私はゆっくりと立ち上がり、静かに話し始めた。
「神殿の収支についてですが、ここ数年間の詳細を覚えています。例えば、昨年の寄付金総額は約18億8千万ゴールド。それに対し、奉仕活動に使用されたとされる金額は僅か1億でしたよね。残りの資金から奉仕する者の俸給を引いたとしても、その他はどこに消えたのか……?」
会議室がざわめく中、私は続ける。
「さらに、聖女の能力で得た寄付金の収益は年間およそ15億。でも、その運用記録も曖昧で、必要以上に私に対して費用がかかっているように思ったんですけど?」
神官たちは青ざめ、神官長の表情は険しくなっていく。
「ステファニー!て、適当なことを申すな!記憶がないのだから、知るはずはないだろう」
神官長が声を荒げた。
私は困ったような表情で首を傾げた。
「そうなんです。寄付金のことなんて何も分からないので、資料や決済の報告書とか、神殿にあるものは、このひと月ですべて暗記しました」
「暗記……?そんなことできるはずはない」
神官たちは明らかに動揺していた。
「寄付金って、全部奉仕活動に使われているって言いましたよね?すごいですね!具体的にはどんな活動ですか?ちなみに聖女の支度金として毎月多額の費用が記載されていましたが、服装は修道服だし、私物は質素な物しかなかったです、聖女の支度金って何に使うんですか?」
神殿が私にお金をかけていたとは到底思えない。
「聖女様は質素倹約こそ美徳だと……」
神官がためらいがちにおずおずとこたえた。
「そういえば私への俸給は、1パーセントもありませんでした。支度金は私の俸給の数倍もありました。何に使われた支度金なのでしょう?」
その言葉に神官たちは戸惑い、互いに視線を交わした。ステファニーはその様子を見逃さず、さらに質問を重ねる。
「例えば、去年の寄付金の使い道とか。教えていただけますか?はっきりすれば、殿下も納得されるでしょう?」
経理担当の神官は冷静を装いながらも、微かに額に汗を浮かべていた。彼は言葉を選びながら答えた。
「もちろん、寄付金はすべて民衆のために使われています。記録については……今ここではお見せできませんが、適切に管理されています」
私は首をかしげながら、さらに質問を続けた。
「そうなんですね!でも、具体的な数字とか活動内容が分かると、もっと信じてもらえると思うんですけど……ちゃんと報告したらいいだけですよね。神に仕える者が不正なんてありえませんし」
その無邪気な言葉が、神官たちを徐々に追い詰めていく。
私の言葉に意図が隠されていることを殿下は察知したのか、神官長に告げた。
「神殿の活動には明確な監査が必要だな。聖女自身が不明瞭な点を解明すべきだと述べている以上、神殿はその意見に従い、透明性を確保する責任を果たすべきではないか」
私は頷いて続きを話した。
「そういえば、私が読んだ報告書に記録してあったんです。神殿の資産の使い方について、具体的な例を挙げますね。例えば、4年前の5月に、ある神官が寄付金を利用して個人的に鉱山を買った記録があります。自宅の屋敷は豪華な造りで、一般の民が到底住むことができないような高額なものでした」
「そ、それは……」
「また、その年の冬には、別の神官は資金を使って盛大なパーティーを開き、富裕層や権力者を招待していたことが記されていました。お酒もたくさん振舞われたとか。他の神官もパーティーはたくさんしていますね」
神官たちの顔は青ざめ、額には汗が浮かび、視線は落ち着きなく彷徨いだした。
「お、おい!」
「ステファニー様、それ以上の報告はお控えください!」
「ここでの議論は慎重に進めるべきです。あやふやな情報を言ってはいけません!」
別の神官も続けて口を開く。
「そうです、我々は皆、神殿の未来を考えて行動しています。誤解を招くような発言は控えていただきたい」
神官たちは明らかに焦り、後ろめたさを隠せていなかった。
フィリップ殿下はその様子を見逃さず、にやりと微笑みながら語り始めた。
「誤解を招くのは、ステファニーの言動ではなく、透明性のない運用だろう?神殿の奉仕とは、見返りを求めずに他人や社会のために尽くす行為を指すものだ。決して私欲のために使うものではない」
「聖女の魔力で病が治癒した者が、その礼として神殿に寄付をすることに何の問題がありましょう。寄付で神殿の建て替えなどもする予定です!」
「え?神殿は毎年補修工事しています。その費用は大した額ではありませんが、建て替えなくても大丈夫でしょう?だって歴史ある立派な建物ですもの」
「それでも、他の場所にも神殿はたくさんあるのだ。ここだけではない」
「確かに、昨年は広大な土地に神官長の邸宅を建てていますものね。確か、王宮にも劣らないほど立派な豪邸だとか?あれは神殿ですか?それとも個人的な別荘か何かでしょうか?」
「ステファニー!黙れ。あれは信徒たちも集えるように考えて建てたものだ」
「ならば、病を患った者たちの療養施設にするのはいいアイディアかもしれません。貧しく住まいがない者たちに提供するとか、孤児たちに開放してもいいし。なるほど、さすが神官長ですわ」
「ステファニー!」
神官長の怒鳴り声が響いた。それは私の冷静な態度と比較され、会議室にいる者たちに動揺を与えた。
神官たちは次第に言葉を失い、ブルブル震えだした。まるで追い詰められた獲物のようだ。
「では、多すぎる寄付、余剰金などは今後の病に苦しむ民たちのために役立てよう。科学的な方法でしか現状は打破できないだろうからな」
殿下は真面目な顔で話を先へ進めた。
「それは、国がすべきことで、神殿が関与することでは……」
「何故でしょう?苦しむ民のために使うべき寄付です。科学的な薬、薬剤に使ってもらってこそ国民のためになります。だって私、魔力がないんですもの」
このとき私は、完全に殿下側へと寝返っていた。
現状魔力がないのだから、神殿側の聖女として機能しない。神殿の余剰金を科学に役立てることは至極真っ当だと思う。
それに……悪いけど、私はもうこれ以上、神殿と関わりたくないのよ。
「聖女の奉仕が純粋な善意だけでなく、神殿の権威を維持するための手段として利用されることはあってはならない。神殿の寄付金の使い方を精査する」
フィリップ殿下の言葉は王族の威厳を漂わせ、誰もそれに反論できないようだった。
殿下は続けた。
「神殿が民衆の善意を裏切るような行為を続けるならば、この王国の未来は暗いものとなるだろう。私は王族として、この不透明な状況を見過ごすわけにはいかない」
神官たちは居心地が悪そうに視線を逸らした。
フィリップ殿下は毅然とした態度で立ち上がり、力強い声で宣言した。
「神殿の経理に対して、直ちに徹底的な監査を行う。隠ぺいや不正があれば、必ず明らかにする。そして、民衆の善意が正しく使われるよう、透明性を確保する手配を進める」
神官たちは顔を青ざめさせ、動揺を隠せない様子で互いに視線を交わした。殿下の決意が揺るぎないものであることを誰もが感じ取り、反論する者はもう一人もいなかった。
この瞬間、殿下の言葉が神殿の改革の第一歩となった。