第171話 ちょっとした隠し事
結局、タンドリーチキンを食べ損ねた誠はその代わりと言ってアメリアに渡されたみかんを手に、居間のコタツに入ってゆったりとテレビを眺めていた。番組はなぜかラグビーの試合が映されていた。理工系の大学で体育会は軒並み弱小だった誠はラグビーなどまるで縁がない話だが、なぜかアメリアはなぜかその番組を選んでちらちらと試合の流れを見ているようだった。
「もうすぐ来るはずなんだけど……」
アメリアは時計を気にしながら自分でも確保したみかんの皮を剥いていた。薫はレシピを片手に鶏肉の仕込みをしていた。カウラは薫の後姿を眺めているようで、台所を居間から覗き込めばそのエメラルドグリーンのポニーテールが動いているのが確認できた。
「みかんおいしいわね。ランちゃんをお世話してる御仁が選んだあれに引けを取らないくらいにおいしいわ」
そう言うとアメリアは一つ目のみかんの最後の袋を口に放り込んだ。
「そうでしょ?この前、うちの道場に来ている双子の小学生の男の子の親御さんが持ってきてくれたんだけど、本当においしくて……最高でしょ?」
得意げな薫の声が台所から聞こえた。
「宴会をするんだろ?場所とかはどうするんだ?」
台所にいてもすることが無いことに気づいたのか、カウラはようやく腕組みをしながら居間にやってきた。アメリアはコタツの真ん中に置かれたみかんの山から一つを手に取ると、そのままカウラの座る席の前に置いた。
「まだ少し待っててね。そちらにこっちのテーブルと椅子を運んでもらうから。こちらが一段落着いたらお願いするわね」
薫の声。今度は野菜を切るような音が響いてきた。
「こんな話は無粋なのはわかっているんだが……」
カウラが突然おずおずと口を開いた。不思議そうにそれをアメリアが見つめていた。
「突然、何?また仕事の話?いい加減仕事は忘れなさいよ。カウラちゃんの悪い癖よ仕事とパチンコの事が頭を離れないのは」
みかんを剥きながら話を始めようとしたカウラに、眉をひそめてアメリアが尋ねた。カウラの生真面目なところがこう言うときにも出てくることに、誠は笑顔で彼女を見つめた。
「そうですよ、カウラさん。今日はカウラさんの誕生日なんですから。すべてを忘れて楽しみましょうよ。これもきっといい思い出になりますから」
誠もそう言ってカウラに笑いかけた。
「確かにそれは分かっている。でも……気になるものは仕方ないんだ。これだけはたぶんラスト・バタリオンとか関係なく人間に有る性格と言うものなのかもしれない」
自信なさげにそう言うとカウラはアメリアの目を真剣な表情で見つめた。