バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第34話 『人斬り新三』と『皆殺しのカルヴィーノ』

「邪魔するぜ」

 嵯峨に続いて、長らく店員になりすましていた嵯峨の配下の男がその後に続く。

 中では派手なラメの入った、どう見ても『一般市民には見えない』黒い背広を着た男が二人、巨大に見える執務机に座った赤い3つ揃えの背広に黄色いネクタイの男から指示を仰いでいる最中だった。

 嵯峨は素早く左手に握った『粟田口国綱』を抜刀した。

 二人の男は素早く背広の中に手を入れて中の拳銃を抜こうとした。だが嵯峨の剣が下段から引き抜かれた『粟田口国綱』が宙に舞った。

 一刀目が手前の太った幹部の喉笛を切り裂き、振り下ろした剣は隣のやせぎすの男の延髄を叩き割っていた。鮮血が部屋に飛び散り、首から噴き上げる血が壁や机を染めた。

 
挿絵


 カタギの人間なら卒倒しそうな光景を見ても、『皆殺しのカルヴィーノ』は表情を変えず、嵯峨をにらみつけるだけだった。

 さすがに彼はこういう『殺し合いの場』には慣れているらしく、すぐさま拳銃を抜いて嵯峨に狙いを定めようとしたが、その手を嵯峨を導いてきた若い男の手に握られた小型拳銃の弾が貫通した。カルヴィーノの手の拳銃は床に転がり、思わず傷を押さえたまま机に伏せてじっと嵯峨のほうを見上げる。

 嵯峨の制服と部隊章が、その男の視界に入った。それを確認すると一度床に視線を落とした後、ようやく合点がいったかのように作り笑いを浮かべる。

「これはこれは……『特殊な部隊』の隊長殿。お早いお着きで驚きましたよ。隊長と呼ばれるのはお気に召しませんか?『甲武国』風に『悪内府』と呼ばれることがお好みで?それともこの業界での隊長殿の2つ名である『人斬り|新三《しんざ》』と呼ばれるのがお好みで?私はあいにく銃撃戦は得意でもこういう近接戦闘での剣での時代遅れの戦いは苦手なもので」

 死体を覗き込んで黙り込む嵯峨は気障な男の言葉にまるで反応しなかった。

「隊長も悪内府も人斬り扱いもどれもうんざり。『特殊な部隊』の『脳ピンク』と呼びな。俺はプライドゼロだから怒らないよ」

 そう言うと、嵯峨は血に濡れた『粟田口国綱』を一振りした。部屋中に血液のしぶきが飛び散る。

「そうですか。私も祖国ではそれなりの血筋として知られた人間ですから、それに応じた挨拶が必要だと思っていたのですが……それで今日はどんな用事ですか?血を見るには、ずいぶんと早い時間のご訪問じゃないですか」

 男はそう言うと刀の刃先を確認している嵯峨を見上げた。そこに覚悟の色のようなものを見つけた嵯峨は、安心したように左手に持った刀を担ぐとそのまま机にしがみついて痛みに耐えている男の前に立った。

「さすがだよ。地球圏じゃ『皆殺し』と呼ばれただけの事は有るねえ。パレルモの旦那達もアンタを信頼するわけだ。利益確保の難しい地での裏ルート開発で認められて今の地位がある。それも立派なもんだ。地獄の超特急に乗るのかもしれないって言うのに俺をにらみ返すとは、その度胸はたいしたもんだ。なにか用かって……。分かってんだろ?オメエさんの『飼い犬』がウチの馬鹿を一匹、拉致(らち)った件に決まってるじゃねえか。俺の戦術には基本的に『捨て石』は存在しない。それを知ってての今回の手だろ?だったら俺がここに居る理由も自然と分かるんじゃねえかな?」

 カルヴィーノは悪党らしくニヤリと笑った。そしてそのままよたよたと立ち上がると血が流れている右手で乱れたネクタイを締めなおした。

「何を根拠にそんな……確かに密輸稼業は褒められたものではありませんが、人身売買の嫌疑をかけられるほど落ちぶれたつもりはありませんよ、私は。それに私には守るべきものがある。イタリア人が『ファミリー』と呼ぶものに私は普通の人より強いシンパシーを感じている。家族を平気で斬り殺す貴方には分からない話かもしれませんが」

 その言葉に嵯峨は全く表情を変えず、カルヴィーノの座っていた机を蹴飛ばした。

 嵯峨はそのままカルヴィーノの襟首を空いた左手で握ると、そのこじゃれたネクタイを思い切りつかみ上げて自分の眼前に引き寄せた。

「舐めんじゃねえぞ糞餓鬼。なにが『ファミリー』だ!そんなもん犬に食わせろ!俺は俺の部下と言う信じるに足る人間を守るという信条を守っているだけだ!東都警察がテメエの配下の下部組織を4つ潰して台所が火の車だってことは分かってるんだよ。どうせこのまま行ったら次の旦那衆の会合次第で、そこに飾ってある家族ともども地球の地中海で魚の餌になる予定なんだろ?今のテメエならカネの為なら何でもすることくらいお見通しだよ。最初に食いつくのはアンタなんじゃないかなあ……とは思ってたよ、俺は。()()()()()。」

 嵯峨の言葉は深い重みをもっていた。表情を変えずにそれを聞くカルヴィーノの肩がかすかに震えていた。

 カルヴィーノは静かに乱れた金色の前髪を血にぬれた手で撫で付けている。それを見ると冷たい笑みを浮かべた嵯峨が言葉を続けた。

「ケチな密輸稼業じゃ本国のお偉いさん達への上納金なんてとても納められねえ。カネに困ったお前さんは手っ取り早くカネになりそうな博打に出たわけだ。東和共和国以外の金持ちの地球政府関係者が探している俺達『法術師』を捕まえて売れば、当然、相当なカネになる。まだ自覚のないうちの神前はその中でも一番安全パイだったって訳だが……アイツは一応俺の部下でね。俺は部下を見捨てないことを売りにしてるんでね」

 そう言いながら嵯峨は怯えるカルヴィーノを無視して今度は壁に掛けられた絵に視線を飛ばす。

「それも一番、カネになるのはその異能力者、俺達『法術師』の中でも飛び切り攻撃的な『素質』を持った存在を、生きたまま捕獲する。そうすれば、一気に旦那衆から土下座されてトップになれる。そうオメエさんは考えたが……相手が悪かったな。俺はそんなに間抜けじゃねえんだ」

 嵯峨はそう言い終わると、胸ポケットから軍用タバコ『錦糸』を取り出した。

「この部屋は禁煙ですよ」

 青ざめた顔をしながらも、東都の地球系マフィアを統べるボスとしてのプライドから、カルヴィーノは引きつった笑みを浮かべながらそう言った。

「聞いてるぜそこに立ってるさっきまでお前さんの腹心で本当は甲武国陸軍の諜報員だったお方から。オメエはタバコはやらねえんだったよな。まったく『この業界』で禁煙主義なんてつまんねえ人生送ったな。『同業者』としては理解不能だ」

 嵯峨はカルヴィーノの言葉を無視してタバコに火をつける。カルヴィーノは肩を落として嵯峨の姿をただ見つめていた。

「どうせ何も話すつもりは無いんだろ?地球系マフィアのその忠誠心はいつも感心させられるよ。遼州系のチンピラにも教えてやってくれよ、その『美徳』を。かなめの奴が工作員として参加した東都戦争じゃ烏この国のヤクザ共は裏切りに次ぐ裏切りを続けてたそうだ。お前さんの美徳があれば、東和政府の鎮圧作戦は失敗して東都戦争は今でも続いてたかもしれねえな。まあそうするとかなめ坊がまだ戦争参加中でうちに引き込めなかったからそれはそれで俺としては困るんだがね」

 そんな嵯峨の皮肉にピクリとカルヴィーノはこめかみを動かした。

「まあ、ここでテメエを斬ってやってもいいんだが……。」

「『人斬り新三(しんざ)』で売ってる貴方が斬らないのですか?私は何も話しませんよ。2つ名に傷が付くんじゃ無いですか?」

 苦々しげに呟くカルヴィーノに嵯峨は不敵な笑みで応える。

「テメエは生かしといた方が面白いからな。当局にテメエの身柄がある限りテメエの家族の安全ははどうなるかわからない……そうなればパレルモの旦那達はオメエさんの家族に何をするか……」

 そう言って嵯峨は憐れむような笑みをカルヴィーノに投げかける。

 カルヴィーノはムキになったように嵯峨の手を振りほどいた。

「言うな!」

 嵯峨の手から解放されたカルヴィーノは、思いつめたような表情を浮かべてネクタイを締めなおす。

「まあ、落ちた『極道の行先』はどこでも『地獄』って決まってるんだ。完全黙秘で刑期を終えりゃあ女房の葬式には間に合うだろ」

 嵯峨がそこまで言った時、アメリア麾下の運航部の女性隊員達がそれぞれ小銃を手に部屋になだれ込んでくる。

「動くな!」

 長身のアメリアが手にした拳銃を素早く構えてカルヴィーノの額を狙う。

「おお、ご苦労さん。まあ、これから完全黙秘を貫こうとする『アウトロー世界の勇者』だ。丁寧に扱ってくれよ」

 嵯峨の言葉を聞くとアメリアの部下達はカルヴィーノを引き立てて部屋を出ていく。

「一件落着ってことか……いや、これからが問題か……」

 嵯峨はそう言うとゆっくりと刀を鞘に収めた。

「クラウゼ、一応、これで東都警察はこの密輸店を『黙認』できなくなるだろうからな。今頃、近くの署ではマル暴の特殊部隊が出動準備の最中だろう。連中との折衝はお前さんがやってくれ」

「了解しました」

 紺色の髪に青いベレー帽をかぶった指揮官らしい姿のアメリアに嵯峨はそう言った。

 彼はタバコを咥えたままこの店の『真の主』がいた部屋を後にした。

「さあて……こちらのカードは順調に良い手になるように集まってる……さあ、俺と勝負をしている旦那衆よ。そっちのカードの手は何だろうな……」

 そうつぶやくと嵯峨は煙草の煙を天井に向けて吐いた。


しおり