第159話 後輩達の雄姿
「どうだ?今年のチームは。注目の選手とかいるのか?」
明らかにカウラの姿に戸惑っている監督を見て誠は声をかけた。それには今度は鶴橋のほうが参ったと言うように帽子を取って借り上げた頭を掻いた。
「どうもこうも……俺達が現役だった頃とはまるで違うチームだよ。あの時は守備はザルだったが、今は守備はまあまあだ。でも神前みたいに大黒柱となる選手がいない。まあそれは毎年のことだからな」
そう言って苦笑いを浮かべる鶴橋について誠とカウラはグラウンドに足を踏み入れた。
『こら!ぼんやりするな!』
グラウンドの中央に立つサッカー部のコーチの檄が飛んだ。目を向けると突然現れたカウラに目が行ってボールを見失った選手がコーチに頭を下げてボールを拾いに走っていた。
「これのせいかな」
力の無い声でカウラは自分の後ろにまとめたエメラルドグリーンの髪を見つめた。確かにそれもあるが、明らかにカウラの顔を見つめて黙り込んでいる野球部の生徒を見ればそればかりではないことがわかった。
「全員注目!」
鶴橋は叫ぶとキャッチボールをしていた野球部員達が誠達を見た。そしてその視線がこの高校史上最高のエースと呼ばれた誠ではなく、見知らぬ美女と言うようなカウラに向いていることがわかって誠は苦笑いを浮かべた。
「今日は君達の先輩であの六年前の三回戦進出の立役者が挨拶にみえた!」
昔ながらの野太い声を聞いて誠は懐かしさを感じていた。だが、部員達は誰一人として自分ではなくカウラが気になっているのは見るまでも無くわかっていたことだった。
「すみません。ピッチャーは……」
声をかけてきたのが誠でなくカウラだったことを意外に思ったのか監督はぽかんと口を開けてカウラを見つめた。だがしばらくしてなぜか一人納得したように頷いていた。
「ああ、彼女はうちの草野球のチームのリリーフピッチャーもやっているんだ。本格的なアンダースローピッチャーだ。そして僕が投げる時はショートを守ってもらっている。肩も良いんだ」
「ほう?まあ軍の方なら鍛えているだろうからな……新見!」
カウラについての一言を聞くと鶴橋は一番前にいた丸刈りの小柄な生徒を呼んだ。新見と呼ばれた生徒はカウラをちらちらと見ながら近づいてきた。明らかにカウラよりも小さい身長だが、肩幅が広く筋肉質な体型は他の生徒よりも迫力があった。
「君がエースか。ちょっと私が打席に立つから投げてみてくれないかな」
カウラに声をかけられて頬を染めながら新見少年は鶴橋を見上げた。
「いい機会だ。見てもらえ」
そう言うと一番奥のどちらかと言うと細身のレガースとミットですぐにキャッチャーとわかる少年に新見少年は目をやった。
「別に良いですよ、打っても……木島!バットを持って来い!」
自信があるような調子で新見少年は後輩に指示を出した。その初々しい自信に笑顔を浮かべながらグラウンドの端に作られたマウンドに走る少年をカウラは見送った。
「手加減してやってくださいよ」
誠の声に聞き耳を立てていた鶴橋が不愉快だと言うような顔をしていた。カウラはそのまま色黒の一年生ぐらいに見える生徒からバットを受け取ると静かにそのまま少年達について行った。