【原神】からかい上手のナヒーダさん #26 - 洞窟の温泉 - 出会い【二次創作小説】

俺たちは洞窟の奥から来た道を引き返していた。さっきの拘束から解放されて間もないため、まだ体の節々が少しだるい。しかし、歩みを進めるうちに、少しずつ体が温まってきたことを感じた。
「ん?」
ふと前方に目を向けると、薄い湯気が立ち上っているのが見えた。
「あそこから湯気が出てるな」
俺が指差した方向を、ナヒーダも見つめた。
「本当ね。以前、旅人が私をおんぶしたときに通った道の上流かしら?」
確かに、俺がナヒーダをおんぶして通った際、ちらりと湯気らしきものを見た記憶がある。あの時は死域を駆除することが最優先だったため、気にも留めなかったが…。
「行ってみましょうか」
心なしか、ナヒーダの声には好奇心が混じっていた。俺も同意して、その方向へ歩を進める。
湯気の源に近づくと、温かい空気が肌を包み込んだ。岩肌の隙間から澄んだ湯がこんこんと湧き出し、小さな池のようになっている。その周囲には平たい岩が自然に階段のように並び、腰掛けるのにちょうど良さそうだった。
「……もしかして、温泉か?」
俺は思わず呟いた。洞窟の中でこんな光景に出会うとは思わなかった。
ナヒーダは興味深そうに湯気の立つ湯に近づき、しゃがみ込んで手を差し伸べた。指先が湯面に触れる。
「温度は熱すぎず、ちょうどいいわね」
彼女は手のひらに少し湯をすくい、それを顔に近づけて匂いを嗅いだ。そして目を閉じ、しばらく考え込むような表情を見せた。
「成分を調べたけれど、特に問題はないわ。硫黄分も少なめで、むしろミネラル分が豊富。安心して入れる温泉よ」
さすがは草神。分析が早い。
「肌がすべすべになるだけじゃなく、疲れを癒したり、心をほぐしたりする効能がありそう」
「へえ、そんな効果まであるんだ」
俺は感心して湯を見つめる。これまでの洞窟探索で疲れた体を癒せるのは確かに魅力的だ。何より、厳しい戦いと拘束の試練を経た後だけに、温かい湯に浸かるという選択肢は心惹かれる。
ナヒーダは俺の表情を見て、少し微笑んだ。
「休憩が連続してしまうけれど、寄って行かない?」
俺は思わずツッコミを入れた。
「俺にとってはさっきの拘束事件は休憩じゃなかったんだが…」
ナヒーダはくすりと笑った。
「ごめんなさい。でも、あれは私にとっては楽しい時間だったものだから」
「そりゃ、ナヒーダは楽しかっただろうね…」
少し皮肉を込めて言うと、ナヒーダはいたずらっぽく笑った。
「はぁ……でも、こういう温泉なら確かに疲れた体を癒すにはちょうどいいかもな」
俺は素直に認めた。実際、体は疲労感でいっぱいだ。肩や背中の筋肉がこわばり、少し休息を取りたいと感じていた。温泉はちょうどいい選択肢かもしれない。
「ねえ、せっかくだし、一緒に入っていきましょう?」
ナヒーダの唐突な提案に、俺は耳を疑った。
「やっぱりかーーーっ!!!」
俺は思わず頭を抱え、即座に拒否の構えを取った。どうしてこの神様は、いつもこうして人を驚かせるような提案をするのだろう。
「ちょ、ちょっと待て! い、いくらなんでも一緒にって、それは……!」
顔が一気に熱くなるのがわかる。ナヒーダは平然とした表情で俺を見つめている。何とか冷静に反論を試みるが、言葉がうまく出てこない。
「だ、だって…その…一緒に入るなんて…」
俺の言葉が詰まる中、ナヒーダは首を傾げている。
「……そうだ!交互に入るっていうのはどうだ!? ほら、その方が……その……安全だろ?」
俺は必死に案をひねり出した。交互に入れば、お互いのプライバシーも守られる。これなら問題ないはずだ。
ナヒーダはきょとんとした表情を浮かべたあと、少し考える素振りを見せた。指を口元に当て、考え込むその姿は、どこか可愛らしさすら感じさせる。
「交互に入るのも悪くはないけど……」
そして、何かを思いついたように上目遣いで微笑む。
「でも、二人で一緒に入れば、滞在時間が半分で済むわよ? それに、お互い向き合って入れば、背後の安全確認もできてリスク管理は完璧ね。一石二鳥だわ」
「ぐっ……!」
理屈としては間違っていない……というか、正論すぎて反論の余地がない。ナヒーダの理詰めの説得には、いつも言葉を失ってしまう。
「それに、この洞窟には様々な魔物が潜んでいるでしょう?」
ナヒーダの声がさらに真剣さを帯びる。
「え? そうなのか?」
「もちろん。この温泉近くにも、魔物が急に出現するかも?」
俺は思わず周囲を見回した。確かに、先ほど遺跡ドレイク・飛空との死闘を終えたばかりだ。他にも魔物がいないとは限らない。
「そうか…なら、やっぱり危険かもしれないな…」
俺が慎重になっていると、ナヒーダはくすくすと笑い始めた。
「冗談よ。このあたりはもう安全。入浴中に襲われる心配はないわ」
「おい! 脅かすなよ!」
心臓が飛び上がりそうになった。ナヒーダの冗談はいつも一捻りあるのだから、油断できない。
「ごめんなさい。でも、本当に安全なのよ。もしいたら姿を隠していても、私が感知できるもの」
彼女は真剣な表情で言った。草の神として、周囲の生命を感じ取る能力があるのだろう。確かに、ナヒーダがそう言うなら信じられる。
「それにしても…」
ナヒーダは突然、何かを思い出したように指を鳴らした。
「温泉には作法があるって聞いたことあるわ」
「作法?」
「ええ。例えば、入る前に体を洗うとか…」
俺は不思議そうな顔をした。もちろん、温泉施設ならそういった作法があることは知っている。だが、この洞窟の天然温泉で、いきなりそんな話が出るとは思わなかった。
「そうだけど…ここでどうやって?」
「この湧き水を使えばいいじゃない」
ナヒーダは温泉の横から流れ出ている小さな流れを指差した。
「お互いに体を洗いあうのはどうかしら?」
「え!?」
驚きのあまり声が裏返る。
「私があなたの背中を流してあげて、あなたが私の背中を流す。それから髪も洗いあえば…」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! そ、それはダメだ!」
俺は慌てて手を振った。想像しただけで顔が熱くなる。
「どうして? 効率がいいと思うのだけど」
ナヒーダは首を傾げているが、その目は明らかに楽しんでいる。
「うぅ…効率とかじゃなくて…そういうことじゃないんだ…」
俺は言葉に詰まった。確かに「効率」だけを考えれば、彼女の言う通りなのかもしれない。だがそれ以前に、一緒に体を洗い合うなんて考えられない。
「じゃあ、私があなたの髪だけ洗ってあげましょうか?」
「それもダメだってば!」
ナヒーダの提案は止まらない。これ以上話を続けると、もっと困った状況になりそうだ。
「ふふ、あなたが恥ずかしがるのは分かっているから、無理にとは言わないわ」
ナヒーダは少し優しい笑みを浮かべた。どうやら本気ではなかったらしい。…いや、半分くらいは本気だったかもしれない。彼女の本心は読めない。
「そもそも、俺はタオルも何も持ってないんだし、やっぱり温泉は諦めるか…」
少し残念そうに言うと、ナヒーダは満面の笑みを浮かべた。
「あら、そんなこと言わないで。私、ちゃんと準備してあるわ」
そう言って、彼女はきれいに畳まれたタオルを2枚取り出した。一体いつの間に用意したのだろう。まるで最初から温泉に入ることを想定していたかのようだ。
「なんで2枚も…」
「念のため。あなたは何も持ってないだろうと思って」
そう言われると、反論できない。実際、俺は何も準備していなかったのだから。
「でも……」
まだ迷っていると、ナヒーダが少し前に進み出て、真剣な表情で俺を見上げた。
「……二人っきりで、ゆっくり話せる機会なんて、今後そうそうないわよ?」
彼女の声は少し低く、柔らかい。その言葉には不思議な説得力があった。確かに、普段はパイモンも一緒だし、スメールにいるときは常に誰かしらの目があった。二人だけで腰を据えて話す機会は、案外少なかったかもしれない。
「……」
俺は再度温泉を見つめた。湯面から立ち上る湯気は、この冷えた洞窟の中で実に魅力的に映る。しかも、よく見るとちょうどよい深さだ。胸の辺りまでで、簡単に立ち上がれそうだ。
何より、お湯は濁っているじゃないか。これなら入浴中に裸を見られる心配は少ないだろう。最初に入る時と出る時さえ気をつければ…。
(……結局、ナヒーダのペースに乗せられてるんだよな…)
そう思いながらも、疲れた体が温泉の誘惑に勝てなかった。
「わかった。じゃあ、入ることにするか」
ナヒーダの顔が明るく輝いた。
「本当? 嬉しいわ!」
彼女の素直な喜びの表情を見て、少し緊張が和らいだ。結局のところ、俺はナヒーダに負けたのだが、不思議と悔しさは感じなかった。むしろ、これから温かい湯に浸かれることへの期待が高まっていた。
「じゃあ、準備を始めましょう」
そう言いながら、ナヒーダはタオルを俺に一枚手渡した。
「あ、でも…どうやって…」
「向こうの岩陰で着替えるといいわ。私もあっちの岩で」
彼女は別々の方向を指差した。互いのプライバシーを尊重してくれているようだ。
「わかった」
俺は安堵しつつ、ナヒーダが指し示した岩陰へと向かった。
岩陰に入ると、周囲の視線から完全に遮られている。ここなら安心して着替えられそうだ。しかし、いざタオル一枚になるとなると、やはり緊張する。
(大丈夫、お湯は濁ってるし…)
自分に言い聞かせながら、服を脱ぎ始めた。洞窟の冷たい空気が肌に触れ、思わず身震いする。
タオルをしっかりと腰に巻き付け、服は近くの平らな岩の上に丁寧に畳んで置いた。これでいいはずだ。
「準備できたかしら?」
ナヒーダの声が聞こえる。
「ああ、できた」
「私もよ。でも、最初に入るのは緊張するわね」
ナヒーダの声には珍しく、少し照れがあるように感じられた。
「…じゃあ、同時に入るか?」
「そうね。せーので入りましょう」
この提案はいい考えだと思った。お互いに気を使わなくていいし、平等だ。
「せーの…」
俺はゆっくりと岩陰から出て、温泉の方へ向かった。岩肌の階段を慎重に降りながら、視線はまだナヒーダの方には向けていない。
一歩、また一歩と進み、ついに湯の縁まで来た。そっと足を伸ばすと、温かい湯が足首を包み込む。思わずため息が漏れた。ちょうどいい温度だ。
少しずつ体を湯に沈めていく。ひざ、腰、そして胸元まで。湯の包み込むような温かさが、冷えた体を芯から温めていくのを感じた。
「いい湯加減ね」
ナヒーダの声が聞こえ、はっとして顔を上げる。彼女も既に湯に浸かっていた。髪が湯気に濡れて、少し色濃く見える。幸い、水面は胸元で途切れており、余計なものは見えなかった。
俺は少し安心しつつ、対面の位置に腰を下ろした。温泉は思ったよりも広く、二人がゆったりと浸かっても窮屈さはない。
心地よい温かさの中、静かに息を吐き出す。本当に、いい湯加減だ。
「ふぅ…」
思わず声が漏れる。体の疲れが少しずつ溶けていくような感覚だ。心も徐々に緩んでいくのを感じる。
こうして俺たちは、洞窟の奥深くで偶然見つけた天然温泉に、一緒に浸かることになった。