【原神】からかい上手のナヒーダさん #25 - 草神の試練【二次創作小説】
相変わらず、罠に拘束されたままの俺を前に、ナヒーダはまるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように目を輝かせていた。
「さあ、次は何をしましょうか……♪」
彼女はにこやかに微笑みながら、周囲を見回した。何かを探しているようだ。
「……まさか、まだ続けるつもりか?」
「もちろんよ。せっかくの機会なのに、もったいないじゃない」
ナヒーダは屈託のない笑顔で答え、やがて足元に生えている小さな花に気付いたように目を細めた。
「あら、この付近はちょうどいい材料が揃っているわね」
彼女が手を伸ばし、周囲の小さな植物を集め始める。
「何を始めるつもりだ?」
俺の問いかけに、ナヒーダは微笑みながら、元素スキルで遠くの花や草を集め、器用に編み始めた。
「ちょっとした作品を作るのよ。あなたのために」
その言葉に含まれる意図を読み取れず、俺は眉をひそめた。
「ねえ、旅人。最近、スメールの過去について思い返すことがあるわ」
突然、ナヒーダの口調が変わった。少し遠くを見つめるような、物思いにふける表情で語り始める。
「博士の件、覚えている? スメールの住人がアーカーシャに細工されて操られた事件……」
「ああ、もちろん。忘れるわけないだろ」
あの事件は、スメールの混乱の中心だった。ファトゥス第2位の執行官である博士は、知識の追求という名目で、スメールの人々を実験台にした悲劇だ。
「あの事件から、私は多くのことを学んだの」
ナヒーダの指先が、花を編みながらも動きを止めない。
「一人前の立派な神様になるためには、優しいだけではだめなのよ。時には博士のように、目的達成のためには大胆な手段や、非道な手段も辞さない覚悟を持たなくてはならないことを……」
その言葉に、背筋に冷たいものが走った。
「……何を言ってるんだ?」
ナヒーダは答えず、つぶやくように続ける。
「世界樹の記憶から、脳科学や呪術関係の知識を拾い上げていたら、同等以上のことが実現できることが分かったの」
指先で編まれる物体が、徐々に冠の形に近づいていく。鮮やかな花々が絡み合い、美しく、しかし何か不穏な雰囲気を漂わせる冠が完成しつつあった。
「ナヒーダ?」
彼女はふと我に返ったように、明るい声で告げた。
「はい、できあがり! どう? きれいでしょう?」
彼女が掲げたのは、見事な花冠だった。色とりどりの小さな花が精巧に編み込まれ、草元素特有の淡い光を放っているようにも見える。
「……それは、一体何なんだ?」
「これは、洗脳装置と制御装置を兼ね備えたものよ」
ナヒーダは恐ろしいことを平然と言い放つ。
「これを付けると、私のことしか考えられなくなるのよ。さらに、無理に他のことを考えようとすると、締まっていくの」
彼女はさらに説明を続ける。
「私の意識とも連動しているから、私の意志で締まらせることもできるわ」
そう告げるナヒーダの表情に、冗談めいた様子はない。真剣そのものだ。
「さあ、これで私の従僕になりなさい。旅人は私の眷属になったということにして、役職も与えるから、これからはスメールのためにしっかり働いてもらうわ」
「冗談じゃない!」
俺は必死に首を振り、花冠から逃れようとする。しかし拘束されている身では、それすら満足にできない。
ついにナヒーダは容赦なく花冠を俺の頭に乗せた。
(すまない、パイモン…みんな…俺はナヒーダに操られてしまう…!)
心の中でパイモンへの謝罪をしながら……一瞬の静寂が過ぎる。
しかし予想していた恐ろしい感覚はやってこない。頭は冴え渡り、思考は明晰だ。そして、そもそもパイモンのことを考えられているし、考えても花冠が締まる気配はない。
「あれ?」
俺の困惑した表情を見て、ナヒーダはついに笑い声を抑えきれなくなった。
「うふふ! 本気だと思ったの? 冗談に決まってるじゃない♪」
彼女は楽しそうに肩を揺らして笑い続ける。
「こ、これはただの花冠だったのか?」
「もちろんよ。まさか本当に悪い呪術を使うと思った?」
ナヒーダは笑いながら花冠を取り、改めて俺の頭に優しく乗せなおした。
「今のあなた、森の精霊みたいでかわいいわよ」
「……はぁ」
肩をすくめるしかなかった。完全に騙されたことを認めたくはないが、内心ではほっとしていた。
ナヒーダは改めて俺の拘束状態を眺め、今度は何をしようかと考えるように首をかしげる。やがて、思いついたように指を鳴らした。
「そうだわ」
彼女は不意に俺の頭に手を伸ばした。
「こうするともっと立派な冒険者に見えるんじゃない?」
そう言いながら、俺の前髪をかき上げ、くしゃくしゃと撫でる。
「お、おい…!」
抵抗しようとしても身動きが取れない。ナヒーダは楽しそうに俺の髪を整え始めた。
「じっとしていてね、ほら、カッコよくしてあげるから」
まるで子供の世話をするように、彼女は丁寧に俺の髪を編んだり、服のしわを伸ばしたりし始めた。
「こんなことしなくても…」
「いいのよ。どうせ動けないんだから、お世話させてもらうわ」
彼女はニコニコしながら、俺の襟元を正し、ほこりを払う。
「まったく、『テイワットの英雄』と呼ばれる人がこんなに無防備でどうするの?」
まるで保護者のような口調で言われ、妙な居心地の悪さを感じる。だが、不思議と不快ではなかった。ナヒーダの手つきは優しく、その表情に悪意は微塵もない。
一通り「お世話」が終わると、彼女は満足そうに頷いた。
「さて……次は何をしましょうか」
ナヒーダはふと、何かを思いついたように目を輝かせた。
「そうそう、私、読心術が使えるんだったわ」
「……は?」
唐突な発言に、首をかしげる。
「それに今なら、夢境の力を応用すれば、旅人の深層心理を暴いたり、悪夢を見せたり、潜在意識を書き換えたりできるのよ」
彼女は意地悪そうに笑みを浮かべる。
「嘘……だろ……?」
「私は知恵の神様なの。そのくらい、簡単なことよ」
その言葉に、俺は本気で動揺した。彼女の能力や権能が強大なものだということは知っている。もし本当に心を読まれたら…俺の考えていることが全て筒抜けになってしまう。
「や、やめてくれよ…!」
「降臨者であるあなたは世界樹にも記録されていないし、思考ロジックにも興味があるから、手始めに少し頭の中を覗いてみることにするわ」
ナヒーダがゆっくりと手を俺の頭に近づけてくる。
「あなたが何を思っているか、当ててあげるわね」
彼女は目を閉じ、まるで本当に読心しているかのように静かに告げた。
「あなたは……一刻も早くこの拘束を解いて欲しいと思っているわね?」
「そりゃそうに決まっているだろ!!」
思わず返答してしまうが、ナヒーダはクスクスと笑うだけだった。
そこで気づいた。彼女は本気で読心術を使ったわけではない。あくまでもフリだったのだ。それに夢境の力も使っていない——それは彼女なりの優しさだったのかもしれない。
(優しいなら俺の拘束をすぐ解けよ…)
内心でツッコミを入れながらも、少しだけ安心した。
「さて、あなたの読心は楽しかったけど、そろそろ別の遊びをしましょう」
ナヒーダは一歩下がり、考え込む素振りを見せた。それからパッと顔を上げ、笑顔で宣言する。
「クイズ大会はどう? 3問全て正解したら解放してあげるわ」
「……本当に?」
「ええ。簡単な問題からスタートするわ」
俺は警戒しながらも、これが解放への道だと思い、頷いた。
「最初の問題よ。冒険者にとって定番の回復料理である『鳥肉のスイートフラワー漬け焼き』のレシピは?」
これは簡単だ。どの国でも採集できるから、何度も作ってきた料理だ。
「鳥肉2つとスイートフラワー2つだ」
「正解!」
ナヒーダは拍手した。意外と公平なクイズなのかもしれない。
「次の問題。テイワットにおいて、元素の神とも呼ばれる、俗世の執政は何人いるでしょう? ただし、各国、代表者1人ずつとするわ」
これも基本的な知識だ。
「七人だな」
「そう、正解よ。それぞれの内容を詳しく知っているかしら?」
「モンドがバルバトス、風の神。璃月がモラクス、岩の神。稲妻がバアルゼブル、雷の神。スメールが…そう、お前だな、ブエルで、草の神。そしておそらく、フォンテーヌが水の神、ナタが炎の神、スネージナヤが氷の神だ」
ナヒーダは満足そうに頷いた。
「さすがね。テイワットを旅する者として、基本はしっかりしているわ」
ここまでは順調だ。だが…
「でも、3問目が本番よ」
ナヒーダの微笑みに、何か企みを感じた。どうせ3問目は、意地悪な問題に決まっている。
「待ってくれ、3問目の前に条件交渉をしたい」
「条件?」
「3問目はナヒーダに有利なスメール以外の内容にすることと、引っかけ問題ではないこと」
ナヒーダはいたずらっぽく笑ったが、意外にも頷いた。
「仕方ないわね。了承するわ」
あっさり条件を受け入れられて安堵したのも束の間、ナヒーダの次の言葉で表情が凍りついた。
「では最後の問題。フォンテーヌの最高審判官の名前は?」
「…………」
これは卑怯だ。俺はまだフォンテーヌに行ったことがない。そこの最高審判官など、知るはずがない。
「そんな、俺がまだ訪れてない場所の人物について聞くなんて…」
「でも、これはスメール以外の内容で、引っかけ問題でもないわよね?」
ナヒーダの論理は完璧だ。確かに俺の提示した条件は満たしている。
「時間切れよ。残念だけど、不正解ね」
悔しさで唇を噛んだ。ここまで完璧に罠にはめられるとは。
「ごめんなさい、旅人。でも、約束は約束」
ナヒーダは申し訳なさそうな表情を見せたが、その目は笑っていた。
「クイズでは解放してもらえないか…」
「でも、まだチャンスはあるわよ」
彼女は新たな提案を持ち出してきた。
「試練を用意したわ。私のくすぐり攻撃に3分耐えられたら、解放してあげる」
「くすぐり?」
その言葉に、胸騒ぎがした。
「そう。簡単でしょう? 3分間、耐えればいいだけよ。簡単じゃない?」
ナヒーダが近づいてくる。
「待て、そんな…」
抗議する暇もなく、俺の脇腹にそっと触れた。
「こちょこちょこちょ~♪」
「――ぐあっ!!?」
脇腹に柔らかい指が滑り込むと同時に、俺の全身に電流が走った。
必死に耐えようとするが、ナヒーダの指はまるで蛇のようにするすると動き、脇腹から腰へと攻め込んでくる。
「ふふっ、動けないと、余計くすぐったいんじゃない?」
「く、くそっ……!」
歯を食いしばり、全力で声を抑える。
「へえ、意外と我慢強いのね。でも……ここはどうかしら?」
そう言って、ナヒーダは俺の首筋をそっと撫でた。
「っ――!!?」
ビクッと肩が跳ね上がる。
(やばい、これは……!!)
こそばゆさと戦いながら、なんとか耐える。
しかし、ナヒーダは次の手を用意していた。
「それじゃあ、ここは?」
ふわり、と耳を撫で、指先でこちょこちょなぞってくる。
「……っ!!!」
背筋がビクンと跳ね上がる。
(やばいやばいやばい!!!)
鼓動が一気に跳ね上がり、思わず息が詰まる。
「くっ…はぁっはっはっ!! やめてくれっ!!」
ついに抑えきれなくなり、大声で笑いながら叫んでしまった。
「あらら、試練は突破ならずね?」
ナヒーダは残念そうに首を振り、ますます楽しそうに微笑む。
「旅人、さっきの姿、すごく可愛かったわよ?」
「~~~っ!!!」
もう駄目だ。
俺の限界はとっくに超えていた。
「……ふふっ、やっぱりダメだったわね」
ナヒーダは、満足げに微笑みながら、ゆっくりと俺から手を離した。
「……はぁ……はぁ……」
俺は肩で息をしながら、ぐったりと項垂れる。
「お疲れさま、旅人。とっても面白かったわ♪」
「……面白かった、じゃねえよ……!!」
ナヒーダのあまりにも悪戯っぽい笑顔に、俺は力なくツッコミを入れるのが精一杯だった。
(……もう、本当に勘弁してくれ……)
心の中で何度目かわからない敗北宣言をしながら、俺はただ、解放される瞬間を待つのだった。
ナヒーダは物足りない様子で、新しいアイデアを考え始めた。しかし、俺はもう十分だった。
「ナヒーダ、そろそろ解放してくれないか?」
「それじゃあ、次で最後の試練にするわね」
ため息が漏れる。彼女の遊びはまだ終わらないらしい。
「最後の解放条件はとてもシンプルよ。以前の罰ゲームと同じく、私が選んだ恥ずかしいセリフを一つ言うだけ」
「……恥ずかしいセリフ?」
「ええ。選択肢を用意してあげる」
ナヒーダは指を立てて、選択肢を読み上げ始めた。
「一つ目、『ナヒーダ様、あなたがいないと寂しいです……ずっと俺のそばにいてください!』」
聞いただけで顔が熱くなる。こんなセリフ、口が裂けても言えない。
「二つ目、『ナヒーダ様、どうか俺をあなたのペットにしてください!』」
「おい! 更に酷くなってるじゃないか!」
抗議しても、ナヒーダは無視して続ける。
「三つ目、『ナヒーダ様、俺のすべてをあなたに捧げます! 俺はあなたのものです!』」
「いい加減にしろ!!」
怒りと恥ずかしさで声が裏返る。ナヒーダはくすくす笑いながら、最後の選択肢を告げた。
「それとも…四つ目、『俺はナヒーダ様のおもちゃです。これからも好きなように弄んでください』とか?」
「絶対に言うか! そんなの!」
全身から熱が噴き出しそうなほど恥ずかしい。まるで拷問だ。
「選ばなきゃ、ずっとここにいることになるけど?」
もはや、観念せざるを得なかった。四つの選択肢の中で、どれが一番マシか……
(こうなったら、最初の選択肢しかない…!)
深呼吸をして、覚悟を決める。中途半端な言い方だと、きっとやり直しをさせられるだろう。この場にパイモンがいないのが、せめてもの幸いだ。
「ナ、ナヒーダ様、あなたがいないと寂しいです……ずっと俺のそばにいてください!」
顔から火が出そうなほど恥ずかしかったが、なんとか言い切った。静寂が訪れる。
ナヒーダは目を見開き、一瞬の驚きの表情を見せた後、満面の笑みを浮かべた。
「ふふ、ありがとう、旅人。とても嬉しいわ♪」
彼女の声には、何か本当の喜びが混ざっているようだった。
「さ、さあ、約束通り解放してくれよ…」
俺の言葉に、ナヒーダは優しく微笑んで頷いた。
「ええ、約束は守るわ。……でも本当はクラクサナリデビ様バージョンと、ブエル様バージョンも言ってもらいたかったけれど、さっきのでもう満足したからいいわ。」
「もし満足してなかったら、それらも言わされていたのか……」
彼女が手を軽く振ると、俺を縛っていた蔦が緩み始めた。やがて完全に解放され、花冠も回収され、俺はようやく自由を取り戻した。
「ふう…」
腕を回し、体を伸ばす。拘束されていた箇所がじんわりと痛むが、それでも解放された喜びの方が大きい。
「長い時間付き合ってくれてありがとう」
ナヒーダの言葉に、思わず呆れた笑みがこぼれる。
「付き合わされたんだろ…」
「でも、つまらなくはなかったでしょう?」
彼女の問いかけに、即答することができなかった。確かに、恥ずかしくて大変だったが、心の底から不快というほどではなかった。
「まあ…多少は?」
素直に認めると、ナヒーダの目が満足そうに輝いた。
「また機会があれば、遊びましょう♪」
「勘弁してくれよ…」
ナヒーダは柔らかな笑みを浮かべ、俺と並んで歩き始めた。二人は洞窟の出口を目指して、静かに歩を進める。
「ちなみに、フォンテーヌの最高審判官のことだけれど、実は人間じゃなくて人の形をした──」
「いいよ、知らなくて」
ナヒーダは口を止める。
「そう、いつか自分で確かめるといいわ。それに必要があれば、自然な流れで彼の名前、そして正体を知ることになるでしょうから」
俺は頷き、前を見据えた。確かに、この世界にはまだ知らないことが多すぎる。でも、ナヒーダがそう言うなら、どんな未知の世界も恐れることはない気がした。
草様の試練は終わったが、俺たちの旅路はまだ続いている。ナヒーダの微笑みとともに、洞窟の奥へと進んでいった。