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第135話 誠には見慣れた下町の風景

 師走の町。どこでもそうだがこの東都浅草寺界隈も特に赤い色が街を包んでいた。

 東都のクリスマスは乾いた冬の寒空の下にあった。その下町の商店街を歩いてみれば、どこか忙しげに歩く人にせかされるように歩みが速くなるのを誠は感じていた。

 そればかりではなく誠には周りの男性陣からの痛い視線が突き立っていた。

 豊川ではいつものことだが、かなめとアメリアが妙な緊張関係を保ちながら歩いていた。二人とも黙っているのは地元で何度か恥ずかしい目にあったからと言うのがその理由だった。

 お互いに冷やかしあっているうちに、周りを忘れて怒鳴りあいになって、人だかりに取り残される。そう言う失敗を繰り返して二人も少しばかり学習していた。そしてそうなると、いつの間にか野次馬の中にカウラに手を引かれた誠がいたりするのだから、二人とも黙って一定の距離を保って歩くのはいつものことだった。

 東都浅草寺の門前町で客の数が豊川駅前商店街の比ではないアーケード街で恥をかく必要も無い。誠はそんな二人をちらちらと横に見ながら先頭をうれしそうに歩く母に付き従った。

「よう!誠君じゃないか!久しぶりだね!」 

 そう声をかけてきたのはなじみの八百屋のおやじだった。誠は頭を掻きながら立ち止まった。名前は忘れたがそのおやじが高校時代の野球部の先輩の実家だったことが思い出された。

「それに薫さんも今日もおきれいで!うちのかみさんと交換したくなるくらいだ」 

 商売人の世辞なのか本音なのか分からない調子で八百屋の親父は薫にそう言った。

「おじさんたら、本当にお上手なんだから!そんなこと言ってもたくさん買うわけにはいきませんよ」 

 薫はニコニコしながら八百屋の前で立ち止まった。そして、後ろを歩いて来た誠達四人のうち、アメリア、カウラ、かなめを眺めながら薫は胸を張って八百屋の親父に目を向けた。

「この人達、美人でしょ?なんでも誠の上司の方達なんですって。凄いわよねえ。しかも全員軍人さん。美しいバラには棘があるって言うでしょ?本当にこの数日一緒にいるだけで本当に張り詰めた雰囲気で緊張しちゃうわ」 

 確かにエメラルドグリーンのポニーテールのカウラと紺色の長い髪をなびかせているアメリアは明らかに人目を引く姿だった。確かに二人に比べれば黒いおかっぱ頭のようなかなめは目立たなかったが、その上品そうなタレ目の色気に通行人の何割かが振り返るような有様だった。

「えーと、誠君は確か軍に入ったんだよな……陸軍だっけ?宇宙軍だっけ?」 

「同盟司法局ですよ」 

 たずねられたので誠はつい答えてしまった。そのとたんにおやじの顔が渋い面に変わった。

「ああ、この前官庁街で化け物相手にシュツルム・パンツァー戦やった……なにもあんなところで実戦やる必要なんて無いって言うのにねえ」 

 予想はしていた答えである。任務上、出動は常に被害を最小限に抑える為の行動ばかりである司法実力機関の宿命とはいえ、同情するようなおやじの視線には誠も少し参っていた。そんな男達を無視するように母は店頭に並ぶ品物を眺めていた。

「白菜……ちょっと高いんじゃないの?」 

 そう言いながら薫はみずみずしい色をたたえている白菜を手に取った。思わず苦笑いをしながらおやじは講釈を始めた。

「薫さん今年はどこも雨不足でねえ……量が少ないんですよ。でも太陽は一杯ですから。味のほうは保障しますよ」 

 薫は手にした白菜を誠の隣で珍しそうに店内を眺めていたカウラに手渡した。寮ではほとんど料理を任されることの無いカウラはおっかなびっくり白菜を受け取ってじっと眺めた。

「ああ、お姉さんの髪は染めたんじゃないんだねえ……素敵な色で」 

 親父はエメラルドグリーンの鮮やかなポニーテールのカウラの髪の毛が気になって仕方が無いようだった。その視線はいかにもラスト・バタリオンを見慣れていない一般人によくみられるそれだった。

「ああ、ありがとう」 

 人造人間と出会うことなどほとんど無い東和の市民らしく、見慣れない緑色の髪の女性に戸惑うおやじにカウラはどう返していいのかわからずとりあえずの返事を返した。それを見ると対抗するように後ろから出てきたアメリアがカウラから白菜を奪い取った。

「おじさん。これいくらかしら?」 

 そう言うアメリアのわき腹を肘で突いたかなめが白菜の置かれていた山の前にある値札を指差した。一瞬はっとするものの、アメリアは開き直ったように得意の流し目でおやじを見つめた。

「お姉さんもきれいな髪の色で……青?お姉さんの髪も染めた訳じゃないよね」 

 ピクリとアメリアの米神が動くのを誠は見逃さなかった。

「紺色、濃紺。綺麗でしょ?」 

 アメリアは得意げに長い髪を親父に見えるように靡かせてみせる。

「色目使ってまけさせようってか?品がねえなあ」 

 そう言ってかなめが笑った。だがまるで無視するように、カウラと同じくほとんど野菜などに手を触れたことがないと言うのに切り口などを丹念に見つめているアメリアがそこにいた。

「まあねえ、まけたいのは山々だけど……」 

 おやじがためらっているのは店の奥のおかみさんの視線が気になるからだろう。あきらめたアメリアは手にした白菜を薫に返した。

「じゃあ、にんじんとジャガイモ。皆さんどちらも大丈夫?」 

「好き嫌いは無いのがとりえですから。まあ、西園寺は嫌いな野菜が多いですが、気にしないでください。サイボーグのアイツに味なんてわかりません」 

 カウラの言葉にアメリアが大きく頷いた。だが、かなめの表情は冴えない。

「ああ、かなめさんはにんじん嫌いだっけ?」 

「ピーマンだ!にんじんなら食える」 

「ならいいじゃないの」 

 いつものようにアメリアにからかわれてかなめはむくれた。そんな二人のやり取りを見て笑いながらおやじはジャガイモとにんじんを袋につめた。

「じゃあ、おまけでこれ。いつもお世話になってるんで」 

 奥から出てきたおかみさんが瓶をおやじに手渡した。仕方がないというようにおやじは袋にそれを入れた。

「今年漬けたラッキョウがようやくおいしくなって。うちじゃあ二人で食べるには多すぎるから」 

 誠はこうして比べてみるといつも自分の母が異常に若いことに気がつかされた。いつもすっぴんで化粧をすることが珍しい薫だが、ファンデーションを塗りたくったおかみさんよりもかなり整った肌をしていることがすぐにわかった。

「良いんですか?いつも、ありがとうございます」 

 薫がそう言って笑うのに微笑むおやじをおかみさんが小突いた。たぶんおやじも誠と同じことを考えていたのだろう。それを思うと誠はつい噴出してしまいたくなった。

「毎度あり!」 

 そう叫んだおやじに微笑を残して薫は八百屋を後にした。

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