第25話 射撃の苦手な新人・誠
休み明けの月曜日。
誠は日曜日に買った原付に乗って司法局実働部隊の本部に出勤した。
「おはようございます!」
誠は元気よくそう言って機動部隊の詰め所に入った。
今日もまた、ランとカウラは出勤済みだったが、かなめはまだ席に着いていなかった。
「おう、神前来たのか」
ランはそう言うと机に置いた将棋盤から目を離して誠を見上げた。
「また今日もランニングですか?さすがにそれは無いですよね?お願いです、無いって言ってください!」
明らかに嫌そうな誠を見ると、ランの表情が曇る。
「オメーは徹底的に鍛えるって言っただろ?新人は走ってなんぼだぞ。それが世の中だ。そんな後ろ向きの姿勢でどーする?とりあえずオメーは走ることだけ考えていればいーんだ」
はっきりとそう言い切るランに誠は苦笑いを浮かべた。
「まあ、走るほかにもうちにはすることがある。今日は何か西園寺が何か考えているらしい。私にも声をかけてきた」
キーボードをたたきながら、カウラはそう言った。
「西園寺さんが?銃ですか?あの人のすることで任務に関係することは他に思いつかないんですが……」
誠の頭に浮かぶのは『かなめと言えば銃』である。
「それも仕事のうちだ。うちは『特殊部隊』だからな。当然銃器の扱いも一般の部隊のそれ以上のものを要求される。当然の話じゃないのか?」
顔もむけずにカウラはそう言った。
「『特殊部隊』ですか?」
「そうだ『特殊部隊』だ。うちは『特殊な部隊』である以前に『特殊部隊』なんだ」
誠はカウラがいつもの『特殊な部隊』ではなく、『特殊部隊』と言う所がなぜか気になった。
「よう!おはよう」
詰め所の扉が開くと相変わらず実働部隊の制服の袖を肩までまくり上げた姿のかなめが部屋に
「西園寺さん。やたら元気そうですね?銃の訓練をするんですか?そんなに銃が好きなんですか?」
「え?ああ、そうだな。アタシにとって銃は精神安定剤みたいなもんだからな。ちゃんとオメエの銃は選んどいたから。カウラ、アメリアを連れてこい。アイツは今月まだ火器訓練してねえだろ?」
誠の前で腕組みをしながらかなめはそう言うとそのまま自分の席に着いた。
「それじゃあ呼んでくる。アメリアの奴。エロゲばっかり作ってて仕事には全く興味が無いからな」
そう言うとカウラは立ち上がって機動部隊詰め所を出て行った。
「それじゃあ、行くか!神前!気合い入れて行けよ!」
かなめは机の引き出しから銃の弾の箱をいくつか手に持つとそのままバッグに入れて立ち上がった。
「神前。先に行ってろ。アタシは準備してから行くから。銃は準備が大切なんだ。ちゃんと動かねえと銃はただの錘だ。テメエの銃には|錘《おもり》にはなって欲しくねえからな」
銃について語るかなめは笑顔だった。
「分かりました。ちゃんと準備します。僕は射撃が下手なんでその点はお察しください」
誠はそう答えるとそのまま射場に向けて歩き出した。
「射撃か……苦手なんだよな……」
誠は諦めたようにそうつぶやくのをかなめは聞き逃さなかった。
「まったく軍人が射撃下手なんて……オメエにあんな『力』が無ければ即お払い箱なんだがな」
かなめはぽつりとつぶやく。事実、誠には射撃の才能が欠如していた。
誠は利目が右だったり左だったりするため、右目で狙いをつけようとして左目に焦点を当てたり、逆にしてみたりとともかく狙いをつけるのが苦手だった。
「両目で狙える照準器って……無いのかな……まあ、有っても僕には使いこなせそうに無いけど……それにしても僕の『力』って……いい加減教えてくれても良いと思うんだけど……」
腕組みをして誠は機動部隊詰め所から廊下に歩み出た。
「待たせたな。二人とも、銃は……」
土嚢の積まれた射場に、かなめは台車を押して現れた。
イヤレシーバーをつけて待っていた誠、カウラ、アメリアはなんとも複雑な表情で彼女を迎える。
「本当にかなめちゃんは本当に銃が好きね……肌身離さず持ち歩くくらい」
アメリアは厭味ったらしくそう言うと自分の腰についているホルスターを叩いた。
「うちじゃあ普段から銃を持ち歩いているのは貴様くらいだ。任務規定にそんな一文はどこにもないぞ」
そう言うカウラの左脇にもいつもには無いホルスターがぶら下がっていた。
「じゃあ、やろうかね……神前、楽しみだろ?」
そう言うとかなめは二人を無視して誠を見つめながら台車を射場のカウンターにつける。
「西園寺さんは……イヤレシーバーは?」
「戦場じゃそんなの邪魔になるだけだ。戦場では耳が命だ。いらねえよ」
かなめはそう言うと台車に置かれた段ボールをカウンターに置いた。
誠も久しぶりの実弾訓練に興奮しながら彼女を見守っていた。
「じゃあ、これ」
かなめはそう言って誠に拳銃を手渡した。
誠の想像する銃のイメージを具現化したような銃がそこにあった。
「見たことがあるような……無いような……なんです?この銃」
誠が受け取った銃は角ばった印象のスライド目に付く黒い銃だった。
「『グロック』……銃の所持が自由な国のディスカウントストアで大特価とかで売ってるそうだ。まあ今はどこの国も銃規制が厳しいからそんなことは20世紀末のアメリカだけの話だろうがな」
カウラの言葉に誠はこけそうになった。
「ディスカウントストアって……安物なんですね、この銃。『グロック』……なんか聞いたことがありますけど……地球の銃ですか?」
手渡された銃を誠は握りしめた。そして、そのグリップが誠の大きな手に握られるとかなめの満足そうな顔を見た。
「うちでは二十世紀末前後の地球の銃を使うんだわ。実際、その時期にもう銃の可能性は出尽くしてんの。それから600年経つわけだけど、製造工程が進化したんでコストが下がったくらいのもんなんだ、利点は。そんなら中古の銃を買った方が安いからな。うちは予算無いし」
そう言って誠が軽く握っている銃にかなめが手をやる。
「グロックの利点は『動作部分が少ないから馬鹿でも撃てる』し『左利きでも撃ちやすい』ってところかな?まあ、撃ってみな」
誠を馬鹿にするような調子でそう言うとかなめはそう言うと射場の向こう側に目をやった。
二十五メートルくらい先に鉄板の的が置いてあった。
かなりくたびれていて的を描いていたペンキが剥げて銀色の地肌がむき出しになっている。
「あのー、あれじゃあ当たったかどうかわからないと思うんですけど……」
それとなく尋ねる誠を見てかなめ達三人は大きくため息をついた。
「あのなあ。オメエに精密射撃なんて期待してねえの。それにだ。拳銃で二十五メートル確実に当てれば立派なもんだよ」
あきらめたようなかなめの言葉を聞いてカチンときた誠は仕方なく銃口を的に向けた。
「じゃあ撃て」
かなめの合図で誠は引き金を引いた。
何も起きなかった。
「誠ちゃん……弾が入ってないんじゃない?」
アメリアが呆れたようにそう言った。
誠は慌ててマガジンを抜くがそこには銀の弾頭と金色の細い薬莢が入っていた。
「貴様……素人か?薬室に弾を装填しなければ弾は出ない!まず初弾を装填するためにスライドを引け!リボルバーじゃないんだからな!」
今度はカウラがそう言って誠の頭をはたいた。
「はー……慣れないもので」
誠は苦笑しながら、銃を握りしめた。
「でも本当に撃つんですか?僕、絶望的に下手ですよ?」
薬室に弾を装填しても誠は撃つことにためらいを感じていた。
「だから撃てって言ってんだよ。撃てばこれまでの銃とは違うってわかるから」
そう言ってかなめがニヤリと笑った。
「まあ、当たるかどうかは別問題だがな」
カウラはそう言ってまるでおもちゃの銃を構えるような姿勢の誠を見つめていた。
「ひどい言い方ですね、それ」
誠は標的を睨みながら、静かに構えた。
『右目で狙うと……ボヤける。左目で……今度は標的がズレる?これはいつもの事だよな……』
焦点が定まらず誠は中々引き金を引くことが出来ないでいた。
カウラが小さくため息をついた。
「……神前、時間かけすぎだ」
「わかってます!」

誠はカウラの声に急かされるようにして引き金を引いた。
『パン!』
これまで聞いたことの無いような軽い発射音の後、弾は標的の遥か左を通り過ぎた。
「……な?オメエの射撃の腕は、やっぱ絶望的だわ」
かなめの声に、誠は肩を落とした。
そう言うのを聞きながら今度こそなんとか当てようと銃を突き出すようにして構えて誠は引き金を続けて2回引いた。
『パン!パン!』
反動はパイロット養成課程で撃った東和宇宙軍制式拳銃のそれよりもはるかに軽かった。
しかし初弾は的の右に30センチほど離れたところを、次弾は逆方向にさらに遠くを通過していった。
場を誠の射撃のセンスに対する絶望的な雰囲気に包まれた。
一人、誠は反動で銃を顔面を強打するというこれまでよくやった失敗をしなかったことに歓喜していた。
「撃ちやすいですね、この銃。こんなに反動の少ない銃は東和宇宙軍には無かったですよ……何か特殊なカスタムでもしてるんですか?」
二発とも的を外したものの誠はとりあえず誠にしては大外れでは無かったので笑顔で三人に向き直った。
「神前。貴様はあれだけ外しておいてなんでそんなにうれしそうなんだ?やはり、22口径で正解だな」
カウラは厳しい口調で誠に向けてそう言った。
「これじゃあ9パラなんて撃った日にはカウラちゃん達の後頭部が吹き飛ぶわね……それに弾代がもったいないし」
アメリアまでも完全に軽蔑の視線で誠を見つめていた。
「22口径?なんですそれ?その弾のせいで反動が少ないんですか?」
誠はそう言って銃に詳しそうなかなめに目をやった。
「こいつは『グロックG44』って言う22口径ロングライフル弾用の拳銃なんだよ……弾代が安いから。まあ、22口径なんてヘルメットを被ってない頭にでも当たらないと死なないから安全だってことで選んだんだが……正解だったな」
かなめは満足げに頷いた。
「それじゃあ意味ないじゃないですか!僕に一撃でヘッドショットを決めろっていうんですか!」
かなめの投げやりな言葉に誠はツッコミを入れていた。
「だって……こんな距離、普通おもちゃのエアガンだって当たるぞ?これは一応実銃だ。これメイドイン・オーストリアだぞ。地球人のみんながこれ見たら涙目だぞ」
「でも……僕、利目が右だったり左だったりするんで……狙いをつけるのが苦手なんで」
誠はこの場を切り抜けようと何とか言い訳をした。
「狙いをつけるのが苦手って……本当に射撃に向いてないなオメエは」
呆れたようにそう言うとかなめは大きくため息をついた。