第96話 お姫様の買い物
「なんだよ、オメエ等に任せても何の役にも立たねえんだな。仕方ねえなあ。アタシが見本を見せてやるからついて来い。プレゼントの買い方と言うものを教えてやる」
そう言うとかなめは目の前にある巨大な百貨店のビルへと歩き始めた。慣れた足取り、悠々と肩で風を切って歩く自信。確かに誠はかなめに期待をかけた。だが一点、周りの人々が奇異の目でかなめを見ていたのには理由があった。
寒空の中いつもの黒のタンクトップにジーンズ。彼女が極地での奇襲作戦にも対応可能な軍用義体の持ち主であることを知らない通行人にはその姿は罰ゲームか何かのようにしか見えなかった。
「かなめちゃん。コート!いくらサイボーグで寒さを感じないからって、周りにいる私達が恥ずかしいじゃないの」
アメリアはそう言ってかなめの手に握られている先ほどおもちゃ屋の前で邪魔だと言って脱いだコートを指差した。それを見て気がついたかなめはバツが悪そうに誠を見るとすばやくそれを羽織った。
暖かそうなコートを羽織って本来のお姫様的な物腰を取り戻したかなめは、そのままデパートの回転扉を開いた。誠もアメリアも高級感を感じる店内に少しばかり居心地の悪さを感じながら左右を見回した。アメリアはその中で奮発して買ったときに誠に見せに来た化粧品のブランドを見つけて、そちらの方に足を向けようとするが、かなめはまるで反対のほうに足を向けた。
そこは宝飾品売り場だった。しかもどれも地球ブランドの高級品ばかりが展示されているのがわかった。アメリアは値段を見て一生懸命指を折る。誠はまるで場違いで頭をかきながらかなめの後に続いた。
「あの……お客様?」
誠と同い年くらいの多少派手に見える化粧の店員が、参考展示品のティアラを眺めているかなめに声をかけるが、まったくそのタレ目は冷酷に値踏みするような表情を浮かべるだけだった。
「駄目だな。こんな安物じゃアタシの目は誤魔化せねえ」
そう言い残してかなめは立ち去ろうとした。その気まぐれな動きに店員も誠達もただ呆れていた。
「おい、どうした!行くぞ」
ティアラを見つけたときとまるで別人のようないつもの兵士の姿のかなめがそこにいた。
「どうしたのよ。もしかしてあんな高いの買おうとしたの?ティアラなんてそんな……」
心配そうに声をかけるアメリアにいつもの挑発するようなかなめのタレ目の視線が飛んだ。
「アタシの上官をやってるんだ。どんな事情でお高く留まった連中の誘いを受けるかもしれねえだろ?その時の準備として恩を売っとこうと思っただけだが……あれじゃあねえ。アタシが夏の合宿の時にしてたティアラの百分の一の値段だ。バーゲンセールに来たのかと驚いたぜ。使ってる石も一目で人造だってわかる代物……ここの店長の目は節穴だな」
そう言ってかなめはデパートを出てしまった。
「あんなちんけなもんを飾っとくとは……東都の下町はしょせん庶民の街だ。今度、東都銀座に行くからそん時に買おう」
誠はアメリアと顔を見あわせた。そんな誠の肩をかなめが叩いた。
「おい、神前。オメエはどうすんだ?あんなちんけな店でもオメエの給料にぴったりの安物をの扱ってるぞ。指輪でも買うか?それとも……」
そう言ってかなめはにんまりと笑った。この界隈の最高級の万年筆を買ったとしてもインパクトでかなめにかなうわけが無かった。
「おい!もうすぐ昼だぞ。薫さんとカウラと東都金町駅前で待ち合わせじゃなかったか?」
そう言ってかなめは一人先に歩き出した。アメリアはそれを見ると誠の耳に口を寄せた。
「あの子、自分の買うものの値段のインパクトで誠ちゃんのプレゼントの印象を潰すつもりよ。贈り物のインパクトで押したって駄目!何かお金ではどうにかできない印象に残るようなアイディアを考えなきゃ」
アメリアの珍しく正確な助言に誠は頷くがいい考えが思いつかなかった。
「おい!早くしろよ!」
かなめは完全に仕切る気満々だった。だが誠はこのままかなめのペースに飲まれるのはまずいと思っていた。アメリアもかなめに仕切られるのは気分が悪いと言うのが明らかにわかる表情を浮かべていた。
「まだ30分以上あるじゃないの!」
せっかちなかなめにアメリアは怒鳴り返した。彼女の持っていたおもちゃ屋の袋の萌え系美少女の絵が動いて見えた。緑色の長髪。仮想アイドルグループのマスコットの少女の人形である。そしてそのエメラルドグリーンのキャラクターの髪の色は必然的にカウラの髪の色を思い起こさせるものだった。