第13話 銃と人型機動兵器
「次はどこに行こうかな?」
あまりのひよこの天然女子ぶりに少し居づらくなった医務室を出た誠はぼんやりと廊下でたたずんでいた。
このまま自分の席のある機動部隊の詰め所に戻ってあの二人の明らかに誠に期待をしていない女性上司のプレッシャーを受け続けるのは気の弱い誠にとってはかなりのプレッシャーに思えた。
かといって頼りになりそうな先輩である島田の整備班に戻るのは職人気質の島田の邪魔になるだけだろうと思えた。
ましてや隊長室という『駄目人間』の巣に戻ってあの嵯峨と言う何を考えているか分からない年齢不詳の男に|揶揄《からか》われるのも誠のプライドが許さなかった。
そんな手持ち無沙汰の誠の耳に銃声が響いた。
「射撃訓練かな?まああの西園寺とか言うサイボーグの人も銃を持っていたからな。当然のことだよな」
誠はそのまま廊下を銃声のする方向に向かって歩いた。
廊下を突きあたり、そのまま裏口から外に出た。
目の前には、安全上の理由からだろうか、|土嚢《どのう》がうず高く積み上げられている。
銃の射撃音はその向こうから聞こえてきた。
誠は土嚢を避けるように進むと、東和宇宙軍の訓練施設で見慣れた射撃練習場が目に飛び込んできた。
そのテーブルの一番端には誠の予想していた通り。あのサイボーグである西園寺かなめ中尉がゆっくりとしたペースで射撃を続けていた。
つんざくような銃声に鼓膜を傷めないように耳を両手でふさぎながら誠はかなめのところに歩いて行った。
「すいませーん」
射撃を続けるかなめに向けて誠は叫んだ。
誠の叫びが聞こえたらしく、かなめは射撃を止めて振り返った。
その表情には誠に対する関心の薄さが見て取れた。
「なんだよ、射撃下手かよ」

そう言うとかなめは隣の射撃レンジに置いてあったイヤープロテクターを誠に投げた。
「生身だろ?オメエはそれ付けてねえと銃声で鼓膜を駄目にするぞ」
誠はキャッチした見慣れた音楽用のヘッドホンを思わせるイヤープロテクターをしてかなめに歩み寄った。
「射撃訓練ですか?熱心なんですね」
イヤプロテクターのおかげで誠を無視して射撃を再開したかなめの銃の銃声が小さく聞こえる中、誠はかなめに銃声に負けないように大声で話しかけた。
「アタシはすぐに死ぬつもりはねえかんな。当然のことだ」
かなめは誠のわざとらしい大声が気に障ったようで、射撃を中断すると舌打ちをした後射撃レンジに置かれた自分の銃をホルスターに叩き込んでそう言った。
「今時拳銃での銃撃戦なんてそうはありませんよ。軍の学校でも拳銃じゃライフルには勝てないって習いましたから」
誠の銃の知識など軍に入ってからのものしかないので、教官の受け売りの言葉を口にした。
「まあ、一般の部隊じゃな。でも、うちは『特殊な部隊』なんだ……まあ、オメエは知らずに出ていくんだろうがな」
そこまで言うとかなめは再び誠に関心を失ったようにホルスターから拳銃を引き抜き、拳銃の射撃訓練には向かないような遠距離に置かれた的に向けて連射を始めた。
その連射の速度は誠がこれまで見たどの教官のそれよりも早かった。
そしてそのまま隣のレンジに置かれた望遠鏡で弾の着弾を確認しようとした。
レンズの中で十発以上の着弾が的にあったことがわかった。
「全弾的に入ってますね……距離って何メートルですか?」
明らかに有効射程距離的には自動小銃クラスの距離である。
「200メートルだな。生身じゃ無理な距離だが、アタシには簡単だ。銃口を向ければサイトを見なくても着弾点が分かるんだ。便利なもんだろ?機械の体は」
かなめはそう言って銃をホルスターに差し込んだ。かなめの表情には得意の銃の腕を褒められたことで気をよくしている様子が見えたので誠は少し安心した。
「スプリングフィールドXDM40。それがアタシの拳銃の相棒」
機嫌が直ったようなかなめはそう言うと嬉しそうにこれまで射撃をしていた銃を誠から見やすいようにかざして見せた。
「拳銃の相棒?他の銃の相棒もあるんですか?」
誠はかなめの言葉に戸惑ったようにそう返した。
「狙撃の時はSVT-40使う……そのほかもケースで銃を使い分ける。さっきオメエも言ってたじゃねえか。状況によってはライフルの方が拳銃より有利なのは事実なんだから。ガンスリンガーならそのくらいの常識は持ってる。まあオメエには関係のねえ話だがな」
そういって誠を見つめるかなめのタレ目には射撃が下手な誠に対する軽蔑の色が入っていた。
「SVT-40ってどんな銃なんですか?」
これからは仲良くやっていきたい一心で誠はかなめの関心のありそうな話題を続けた。
「これ」
かなめは立てかけてある先程まで撃っていた古めかしい木製ストックの目立つ銃を指さした。
「大昔の第二次世界大戦でソビエトロシアの伝説の女スナイパーが愛用した銃だ。セミオートマチックで撃てる」
そう言うとかなめは拳銃を脇のホルスターにしまってライフルを手にした。
すぐさまテーブルに置いてあったマガジンを装着して構えた。
一瞬だった。
構えるとすぐにすさまじい勢いでターゲットに十連射した。
誠は再び双眼鏡で200メートル先の標的に目をやるが、やはり全弾中央に命中しているようだった。
「凄いですね……」
「だから言ったろ、アタシの銃は生身と比べると伝説級だって……だから隊の一番狙撃手なんだ」
そう言ってかなめはニヤリと笑う。
「一番狙撃手?」
「そう、一番狙撃手。狙撃のできる人間は隊には何人かいるが、いざって時はアタシが一番大事な位置に陣取る。スポッターはカウラ……アイツは『ラスト・バタリオン』で普通の人間の比じゃないくらい視力が良いかんな。まあそんなところか……」
「一番狙撃手ですか……」
かなめはそう言うと射撃レンジをあとにした。
誠は他に当ても無いので彼女の後ろをついていくことにした。
そのままかなめの後に続いて隊舎に戻った誠はいつの間にか喫煙所にたどり着いていることに気が付いた。
「することねえのかよ。顔が『暇です』って言ってるぜ」
かなめは喫煙所の椅子に座ってタバコをくわえながら、そばに立っている誠に声をかけた。
「どうもすみません」
「謝るようなことじゃねえだろ?まったく」
そう言ってかなめはタバコに一瞬だけ火をつけるが、すぐに灰皿に押し付けて立ち上がった。
「そうだ。機体を見ずに出ていくのもなんだから、うちのシュツルム・パンツァーを見てくか?」
かなめは振り返りながらそんなことを口にしていた。
「いいんですか?」
「良いも何も、うちの機材だもんな。仮住まいとはいえうちの隊員に見せて何が悪いんだ」
そのままかなめは階段に向かい歩き始める。誠も速足でその後に続いた。
階段を降り、倉庫に向かう扉を過ぎて、二人は整備班の領域である倉庫にたどり着いた。
相変わらず倉庫内にはロックンロールが大音量で流れている。
「西園寺さーんなんですか?」
先ほど誠を冷たくあしらった大柄の整備班員が打って変わって穏やかな表情でかなめに声をかけてきた。
「こいつにうちの
かなめは横柄な態度で整備班員に向けてそう言い放った。
「新入りに見せるんですか?こいつもまたすぐにいなくなりますよ」
整備班員もまたかなめのわがままが始まったと言うような感じの露骨に嫌な顔をした。
「別に軍事機密じゃねえんだからいいだろ?ケチケチすんなよ。パイロットであるアタシが言ってるんだ。オメエはアタシの言うことを聞いてりゃいい」
不服そうな表情の整備班員を置き去りにしてかなめはそのまままっすぐ倉庫の中を進んだ。
倉庫の中で所在投げにたむろしていた整備班員達は、好奇心からくる笑顔を浮かべながら誠達の後ろをついてくる。
「この扉の向こうだ」
かなめがそう言うと、仕方がないというように先ほどの大柄の整備班員が脇にあったスイッチを押した。
巨大な扉がゆっくりと開かれ、人一人が通れる程度に開いて止まった。
「また嫌がらせだ。省エネかよ」
開いた場所の狭さに愚痴りながらかなめはそのまま中に入った。
誠も仕方なくその後に続く。
中には大型の人型機動兵器、『シュツルム・パンツァー』が三機そびえたっていた。
誠が養成所時代に使っていた|02《まるに》式と比べると1回り大きく、全高は9メートル前後。ずんぐりむっくりしたその姿は見る者に威圧感を与えた。
02式に装備されていた左腕に装着できるシールドは無く、腕やコックピット周りの厚みから考えて、重装甲を売りにした重シュツルム・パンツァーであることは、あまりシュツルム・パンツァーが好きではない誠にも分かった。
「三機ってことは……」
「アタシのとカウラのとランの姐御の機体だ。おめえの機体はまだ来てねえんだ。何と言ってもパイロットがすぐ逃げ出すからな。有っても仕方のねえ機体を配備するほど予算があるわけじゃねえからな」
かなめはそう言いながら一番手前の紅い機体の前に立った。
「こいつの
|紅《あか》く塗装された機体は圧倒的な迫力があり、さすがに遼南内戦のエースの機体の風格を放っていた。
「『弱』……なんでわざわざ弱いって言うんです?」
誠はランのネーミングセンスに思わずツッコんでいた。
「姐御が本気を出したら壊れるくらい弱いからだと……どれだけ強い機体なら『弱』が取れるんだよ……まったく。普通操縦桿は軽く作るだろ?姐御は微妙な調節がしにくいからって重くするんだ。たぶんオメエの力じゃ姐御の機体の操縦桿はびくともしねえ」
かなめは呆れた調子でそう言った。
よく見ると頭部に兎のような模様が白く描かれ、肩には将棋の角が成った時の馬将の駒のエンブレムが描かれている姿に誠は迫力を感じた。
「さすがに『エース』の機体ってところなんですね。専用機ってことは……特別なチューンが施されていたりとか……」
初めて見る機体の存在感にワクワクが抑えきれない誠をかなめが冷たい視線で眺めていた。
「あのなあ。予算の都合で演習もままならないうちの部隊にそんなチューンをする予算があると思うか?姐御はちっちゃいから普通の機体には乗れねえんだよ!コックピットの椅子に座れねえの!オメエも姐御の車でここに来たんだろうが!あの車の運転席、特別製だったろ?姐御の『遼南内戦』で載ってた専用の機体『|方天画戟《ほうてんがげき》』の撃墜数は400機を超える。あのシュツルム・パンツァーや飛行戦車が貴重だった『遼南内戦』でそんだけ墜としてるんだ。姐御は『これ以上墜としたくない』って言ってノーマルの機体に乗ってるの!そんぐらい察しろ!」
かなめの言葉で誠は我に返った。
確かにランはどう見ても八歳児で身長は120センチあるかどうかである。
普通の機体に乗れないのは当たり前で、当然専用機になるわけである。そしてその400機を超える撃墜スコアーにただひたすら声が出なかった。