第81話 ようやくやって来た『人類最強』にふさわしい機体
「これは?」
誠の機体を先頭に司法局実働部隊の保有するシュツルム・パンツァーが並んでいたが、先日までランの05式先行試作に変わり、初めて見る機体が二機並んでいた。特に目を引いたのは調整を終えて装甲を装備している『方天画戟』と調整の為に主要な走行を外して関節部のアクチュエーターなどを露出している嵯峨の『武悪』の姿だった。
腕と膝からは動力ピストンを冷やすための冷気が滝のようにこぼれてきていた。
誠達を見つけたシステム担当の大尉は迷惑そうに目を逸らした。その動作に気がついたのか、コックピットに引っかかっている大きな塊が振り向いた。
「あっおはようございます!」
それは看護師兼法術技術担当の神前ひよこ軍曹だった。彼女は何やら携帯端末を叩いていた。
「どうだ!調整の方は!」
膝から下の装甲板の取り付け作業で響く金属音に負けないようにとカウラが大声を張り上げた。
「まあ、なんとかなりそうですよ!機体の方は万事オーケーです。移送中の損傷とかは見受けられません。後はパイロット次第と言うところですね」
ひよこも真剣な表情を浮かべながらそう叫んだ。
「こんな物騒なもの。よく同盟上層部が運ぶ許可を出したな。タイミングが今しかないと言うのは分かるが、それにしてもうちには荷が重すぎやしねえか?こいつを本気で奪いに来る奴がいるとしたらうちの隊員達の数じゃあ太刀打ちできない戦力を取入してくるはずだぞ」
階段を上りながらかなめがつぶやいた。昨日少しばかり武悪の運用記録を見てみたが、ほとんど冗談のような戦績に誠は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「出撃時の撃墜率100パーセント。そして被弾率がほぼ0だ。慎重派の叔父貴がパイロットを勤めていれば当然だが……一回の出撃の撃墜数の平均が10機を越えているのは明らかに異常だよな。叔父貴も本気になったのかねえ」
階段を上りながらも目は武悪を眺めていたかなめがそう言った。決して笑っていないその目に誠は寒気を感じた。
「おう!ついに来ちまったな」
そう言って階段の上で待っていたのは嵯峨本人だった。どうにも困ったことがおきたとでも言うような複雑な表情の嵯峨。誠達はそれに愛想笑いで答えた。
「おい、よく二機もオリジナル・シュツルム・パンツァーを引っ張り出すなんてよく許可が出たな。どんな魔法を使ったんだ?」
駆け上がったかなめの言葉に嵯峨は訳が分からないというように首をひねる。そしてしばらくかなめの顔を見つめた後、気がついたように口を開いた。
「ああ、押し付けられたんだよ。実際維持費だけでも馬鹿にならない機体だ。遼も東和も管理する予算が出ないということでな。それで俺の泉州コロニーが稼いでるポケットマネーで何とか維持しろと言われて届いたわけだ。まあ輸送に関する費用はあちら持ちだけどな」
嵯峨はあっさりとそう言った。国防予算に明らかに円グラフの一部を占めるほどの維持コストのかかる機体の導入である。誠がちらりと管理部のオフィスを見れば、机に突っ伏しているように見える高梨の姿が見えた。
「さすが領邦領主としては最大の規模の嵯峨家というところですか。他の貴族ではとてもこの機体二機の維持コストなんて賄うことは出来ない」
カウラはそう言うと作業が続く武悪を見下ろしていた。
嵯峨家は甲武四大公家の一つ。甲武の軍事産業を支えている泉州を中心としたコロニー群を領邦として抱え、そこからの税収の数パーセントを手にすることができる富豪の中の富豪と言えた。その当主の地位は今は第二小隊隊長のかえでの手にあったが、嵯峨本人は泉州公として維持管理の費用が寝ていてもその懐に入る仕組みになっていた。
「まったく……面倒なものが来ちまったよ。パイロットを虐めぬくようなシステムを搭載した最悪の機体だ。乗るのは俺だぜ?嫌になるよ」
嵯峨はそう言うと口にタバコをくわえてハンガーに降りていった。
「本気で言ってるのかねえ……」
そんな嵯峨を見送りながらかなめはハンガーを見渡しながらそうつぶやいた。
「たぶん半分は本気でしょ。いくら財源が豊かな隊長の荘園でもこんな高価な機体を維持するなんて……まあ、隊長自身は月三万円で生活できてるから暮らし向きが変わるわけじゃ無いから良いんじゃないの?」
アメリアはそう言うと二日酔いの青い顔を誠に向けた。
「でも隊長はなんで月三万円で生活できてるんです?」
「知るか!」
誠の問いにかなめは答えることはなくそのままハンガー奥にある階段の手すりに手を伸ばした。