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第56話 ただで帰ると言う訳にもいかず

「帰っちまえ!お前等!とっとと!」 

「そう言うことなら……なあ」 

 ランにどやされると笑いながらかなめはアメリアとカウラに目をやった。

「それでは失礼します!」 

 そう言い切ってカウラは敬礼をしてドアに向かった。

「おお!失礼しろ!とっとと帰れ!」 

 やけになったランの声が響いた。かなめは腕を頭の後ろに回してそのままカウラの後に続いた。アメリアは妖しい笑みを浮かべながらちらちらとランを覗き見るがランが握りこぶしを固めているのを見て足早に廊下に出た。

「じゃあ隊長殿のお言葉通り着替えて帰るぞ」 

 かなめはそう言うと更衣室に向かった。法術特捜の仮本部からも光が漏れていた。いわゆる本部に設置される法術特捜本部の設置の提案書でも茜が作っているのだろう。そんな事を誠は考えていた。

 この数日で明らかに隊には張りつめた空気が漂っていた。新型機、それも運用自体のサンプルが取れない高品位機体を受け入れる。緊張感は誰の顔を見ても感じられた。

「管理部の連中はこのまま深夜残業か?年末の恒例行事とは言え、お仕事ご苦労様だねえ……アイツ等がいくら残業しても予算は増えねえのに……まあ、パートのおばちゃん達は残業代が出るから良いかもしれないけど。それでも無い袖は振れねえだろ」 

 煌々と照らされた管理部の電灯の光を見て、かなめは皮肉めいた笑みを浮かべて振り返った。かなめらしいと思いながら誠は男子更衣室に入った。電気をつけた。誰もいないのに誠は安心した。だが、後ろに気配を感じて振り返った。

「西園寺さん!」 

「はい、着替えろ。とっとと……」 

「出てってください」 

 かなめの笑顔が仏頂面に変わる。しばらくにらみ合いを続けるが諦めたようにかなめは出て行った。

「なに考えてるのかなあ」 

 独り言を言いながら誠は作業服のボタンに手をかけた。

 着替えながら誠はぼんやりと考えていた。新型機の導入。それによる部隊の変化。誠の配属以来、人の出入りならかなりあった司法局実働部隊も、ようやくメンバーが固定できてきて本格稼動状態にあると彼にも思えていた。

 だが『武悪』導入の知らせの後の部隊には妙な緊張感が漂っていた。

「おい!まだか?」 

 更衣室の外でかなめが叫んでいた。彼女はただ作業着を脱いでジーンズを履くだけなので着替えは早い。戦闘用義体は酷寒状況下でも戦闘が続行できるように出来ている為、かなめは年中黒いタンクトップで過ごすことも出来た。さすがに人の目が気になるようで、出かけるときはダウンジャケットやスタジアムジャンパーを着込むこともあるが、たぶん外ではそれを抱えながらニヤニヤと笑っていることだろう。

 短気な彼女を待たせまいと誠は急いで作業服のズボンを脱いで私服のジーンズを履こうとする。

「遅せえなあ!いっそのことアタシが手伝おうか?」 

 上機嫌でかなめが叫ぶ声が聞こえる。誠は焦って上着のボタンを掛け違えていることに気づいてやり直した。

「早くしろよ!今日は飲みに行きたい気分なんだ!先に月島屋に行ってるからオメエは歩いて来い!」 

 今度は更衣室のドアを叩き始めた。周りには隣の女子更衣室にいるカウラとアメリアの他に人の気配が無い。そうなればかなめの暴走を止める人は誰もいないということになった。さらに焦ってジャケットがハンガーに引っかかっているのに引っ張ったせいで弓のように力を溜め込んだハンガーの一撃が誠の顔面に直撃した。

「なに?誠ちゃんまだなの?」 

 アメリアの声が聞こえた。たぶんかなめを煽ろうと悪い笑顔を浮かべている様が誠にも想像できた。上着がちぎれたハンガーの針金に引っかかっていた。誠は焦りながらどうにか外そうとした。

「いやらしいことでもしてるんじゃないか?どうせ童貞だから」 

「まったく貴様じゃあるまいし。神前がそんなことを職場でするわけがない」 

 今度聞こえたのはカウラの声だった。三人の年上に見える女性に着替えを待たれる。これは誠にとっては大変なプレッシャーになっていた。とりあえず深呼吸。そして針金を凝視して上着の裏地に引っかかっている部分に手を伸ばした。

「遅いぞ!先に行ってるからな!歩いて来いよ!」 

 ついにかなめが叫ぶとドアを開いて入ってきた。

「デリカシーが無いのかしらね」 

「私に聞かれても困るんだが」 

 ドアの外でアメリアが微笑んでいた。それを見てカウラは頭を抱えていた。

「何してんだよ……ああ、引っかかったんだ」 

 そう言うとかなめは誠からジャケットを奪い取り力任せに引っ張った。

『あ……』 

 誠とかなめ。二人の言葉がシンクロした。ジャケットの裏の生地が真っ二つに裂けていた。

「やっちゃった……」 

 アメリアがうれしそうにつぶやいた。かなめはしばらくじっと手にある破れた誠のジャケットを凝視していた。

「コートがあるから大丈夫だろ?どうせ西園寺ならそのくらい楽に弁償できるだろうからな」 

 そう言うとカウラは腰につけたポーチから車の鍵を取り出して歩いていくのが見えた。

「西園寺さん……」 

 誠は泣きそうな顔で上司であるかなめを見上げることしか出来なかった。

「わかった!弁償してやるよ!ついでに月島屋で飲むからな!ついて来い!」

 投げやりに叫ぶかなめを恨みの混じった視線で見つめながら、誠はロッカーから取り出したコートを羽織ってカウラ達の後に続いた。誠はとりあえず車内で寝たので飲みの席でも醜態をさらさない程度の体力は回復していた。

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