第46話 その名は『武悪』
「だが甲武陸軍はコスト的な問題により『方天画戟』並みの戦闘能力を諦めて九七式を投入したわけだが、技術部門は『方天画戟』の圧倒的な戦闘能力を理解した上で法術師専用の本当の意味でのシュツルム・パンツァー開発自体を諦めることは無かったんだ。『特戦三号計画』と名づけられた新規シュツルム・パンツァー開発計画だが、これは戦争の拡大で予算を削られながらも終戦までその開発計画は継続された。結果開発されたのがこの『武悪』」
カウラはタブレットに映し出される人型兵器を見つめながらそう言った。
「プラットフォームとしては開発中止された九七式の後継機の四式のフレームを使用して干渉空間展開領域利用式新式反応炉搭載による圧倒的な出力による機動性と専用アクチュエーターの開発により実現可能な格闘戦能力を実現した。小脳反応式誘導型空間把握式照準システムなんかもあるから機体のパイロットへの追随性もぴか一だったのよ。どれも先の大戦時の使用シュツルム・パンツァーとは一線を画す画期的なシステムを導入する予定だったが、物資の不足、技術の未熟、何よりも対応可能な法術師のパイロットがいなかったところから終戦と同時にその資料は闇ルートに売却され、結局表に出ることは無かったのよねえ」
アメリアの言葉で誠もその『武悪』と言う機体が相当な高性能高品質な機体だと分かった。
「隊長は終戦の三年後、アメリカ軍の法術師実験施設から逃走して甲武、東和を経て遼南北部の軍閥、北兼閥に身を投じたのよ。その時には隊長は独自ルートで特戦三号計画の資料を入手して自らの専用機として甲武国の自分の所領の泉州コロニーで開発を続けさせていたわけ。結果、24号機において要望されるスペックを持つ機体の開発に成功したというらしいわ。開発スタッフは隊長のお気に入りの能、狂言のキャラクターからこの呼称を『武(ぶ)悪(あく)』と命名したの。遼南内戦では隊長もパイロットとしても活躍した嵯峨の愛機として名前をとどろかせたのよ。まあ、ランちゃんの『方天画戟』とどっちが強いかって言うと直接戦ってないから何とも言えないけど」
アメリアの言葉で誠は久しぶりに小遣い三万円の『駄目人間』である嵯峨が甲武国では貴族であることを思い出した。そして、嵯峨が遼南内戦で各地を転戦していたと語っていたことも誠は知っていた。
「隊長……パイロットだったんだ……しかも専用機を持つような『エース』だったんだ……」
誠は少しばかりあの駄目人間の意外な一面を知って驚きの表情を浮かべた。
「まあ記録に残ってないから誠ちゃんが知らないのも当然だけど……諜報関係に働きかけて当時の記録を抹消するなんて隊長の十八番ですものね。実際、『武悪』を撮影した動画はほとんど残っていないわ。フリーのジャーナリストが従軍記者として当時は副座式だった『武悪』に乗って戦闘している様子が残っているのが数少ない『武悪』が動いている動画ね。それも軍部の上層部が独占しているから司法局の部長職に過ぎない私でも見ることは出来ないのよ」
続けざまにアメリアに言われて誠は混乱しながら話を聞いていた。
高コストで高性能な機体の搬入作業の計画があるなどと言うことはそれなりのタイミングを計るだろうと誠も思っていたが、言われれば今がそう言う時期だということを思い出した。東和陸軍の暴走が白日の下に晒されて東和軍への国民の不信が表面化した今のタイミング。確かに司法執行機関であり、遼州星系の統一の象徴である司法局への強力な兵器の導入は今しかないとも思えた。
「誠ちゃん。これだけじゃ無いのよ」
アメリアはそう言うと端末の画面を切り替える。
「確かランちゃんの『方天画戟』も豊川の工場でオーバーホール中だったわよね……隣の……遼南内戦で大破した状態のまま『研究資料』の名目で隣の工場に運ばれてからずっと修復作業を続けてたらしいんだけど、ようやく完成したみたいよ」
アメリアはそう言うと菱川重工豊川工場の敷地の方に目を向いた。
「まあな。ランの姐御の05式先行試作型は東和軍からの借り物だからな。あの人の専用機も必要なんだろ」
かなめはそう言うと目を擦る。興奮気味だったのは一瞬でかなめは完全に興味を失ったとでも言うようにコタツの上のみかんに手を伸ばした。
誠が周りを見渡すとカウラも興味なさそうに誠の顔を眺めていた。おそらくは二人ともその情報を知っていたのだろうと思うと少しばかり誠はがっかりした。
「まあ『方天画戟』の方は先月遼帝国の内戦博物館から新港にコンテナに乗せて運ばれてたって話しだから。後はタイミングの問題だったんじゃないの?この隊に運び込むのは」
アメリアもつまらなそうにファイルをかなめから受け取るとそのまま棚に返した。