17話 課題に挑戦です
ケーキを食べたのち、早速課題に取り掛かることなった。
糖分摂取のおかげでエルネギーは戻ったようだが、動き出すとなると、ジークハルトは緊張したように拳を作ったりといたりした。
「大丈夫そうですか?」
「エリオが付いていてくれるので、その……頑張りたいと思います」
そう言って、見下ろしていた手の拳をといた。
「あなたが『少し話すだけの簡単なこと』と言ってくれたので、なんだかいけそうな気もしてきました」
「その心意気です、ジークハルト様」
先程の手慣れた社交術を見る限り、少し我慢すれば問題なくいけるように思う。
ただ、令嬢と言葉を交わすだけのミッションだ。
まるで大舞台に立つような意気込みを見せるジークハルトを前に、エリザはその本音は言わなかった。
事前にラドフォード公爵からは、話しをする令嬢達について教えられていた。
今日、ジークハルトが話さなければならない令嬢は、三人。
まず向かったのは、金の髪を大きく縦ロールにセットした侯爵令嬢だ。背丈はエリザより少し高く、強そうな目をした人形のような美しい少女だった。
それを、エリザはジークハルトの少し後ろから付き人のごとく見つめた。
「お久しぶりですわね、ジークハルト様。お噂はかねがね聞いておりますわ。お忙しいでしょう、体調にはお気を付けくださいませ」
彼女は扇子を口許にあてて、美しい笑みを浮かべた。
ジークハルトがふわりと目を和らげて挨拶しただけで、周りの令嬢達の視線が一気に彼へと集まった。
「貴女のような方に心配していただけるとは、私も幸せな男です」
「うふふ、お上手ですこと」
なんだか、見ていてむずむずする恥ずかしさを覚えた。
二人が向き合うだけで、場が豪勢な美しさを増すような気がした。周りの少女達も「王子様みたい」「お似合いですわ」と熱い眼差を送ってくる。
エリザはそんな中、顔が引き攣らないよう必死に努めていた。
(誰だ、これ。というか……私、要るかな?)
ジークハルト一人でできそう、というのが印象だった。
しばらく侯爵令嬢とジークハルトの談笑が続いた。エリザは、優雅な男女の踊る姿をしばらく目で追って待った。
けれどふと、ジークハルトの手元に気付いて「あ」と思った。
下げられている彼の美しい指は、小さく震えていた。
(そっか。ずっと、そうだったのかもしれない)
大丈夫ではなかったようだ。数分であっても、女性との対面が本人は〝怖い〟のだ。
顔や表情、声を聞く限り全く問題がなさそうなのも、ジークハルトの努力の賜物なのだろう。
ラドフォード公爵家から懐中時計は支給されていた。エリザは七分を越えても侯爵令嬢の話しが途切れなさそうだったので、付き人のように声を掛けた。
「ジークハルト様、そろそろお次の方が」
約束があると受け取ってくれたようた。侯爵令嬢か「忙しいのにごめんなさい」というようなことを言って、すんなり終了となった。
彼女から離れるように歩き出してすぐ、ジークハルトが目頭を押さえた。
「……決心が崩れそうです」
「大丈夫です、完璧な社交でした。やればできるじゃないですか」
ちょっと同情しそうだが、彼のためにも心は鬼にしなければならない。
(続けることで、彼の耐性が鍛えられるかもしれないしっ)
それに、ここ長くとどまっている方がジークハルトは疲弊するだろう。早く終わらせるのが吉だ。
「さっ、この勢いでさくっと終わらせてしまいましょう!」
続いては、幼いあどけなさが残る伯爵令嬢だった。
明るい栗色の髪に、豪勢過ぎない緑のドレスが似合う美少女だった。対面してエリザは驚いた。
(うわっ、まるで森の妖精だ!)
ジークハルトと話す声は小さいが、かなり可愛かった。自信がなさそうな表情も庇護欲を誘う。
伯爵令嬢は内気なのか、彼の美しさにときめいているようで、頬を赤く染めて俯きがちに会話した。大きな瞳で時々ちらっと彼を見上げる姿に、エリザは周りの者達と共に悶絶した。
(こんなに可愛い生き物がいたとは……!)
ジークハルトの邪魔をしてしまったらアウトだ。
悶えているのをこらえるため、口を手で押さえて下を向いた。
声も物凄く可愛い。妹にして、毎日甘やかして一緒に美味しいケーキを食べたい。そう思わせる超絶美少女だ。
その邪心でも感知したのか、ジークハルトの視線を感じてどきりとした。
(い、いかんっ。変態だと思われてしまう! 別のことを考えるんだ私っ!)
今、エリザは『エリオ』という男なのだ。彼に不信感を抱かれたら信頼関係に響くし、治療係としてはまずいだろう。
エリザは顔の熱を冷まそうとした。
だが、一歩後退した瞬間、ジークハルトから助けを求める視線を寄こされた。
なんだろうと思って初めて彼の顔を直視して、驚いた。彼の微笑は、情けない感じで今にも泣き崩れそうになっている。
(『会話がもたないので助けて』、と露骨に伝えてきている気がする……)
こんな超絶可愛い美少女を前にして、会話が弾まないのも不思議すぎた。
「……えーと、ジークハルト様、そろそろ約束の方との時間が」
時間はまだ五分程度だが、彼を救うべく言った。
すると伯爵令嬢が、ジークハルトからエリザへ目を向けた。
「あの、気になっていたのですが、そちらはもしかして例の……?」
「彼は私の治療係になった【赤い魔法使い】の、エリオです」
エリザが会話に加わってくれて安堵したのか、彼が落ち着きを取り戻して、そう伯爵令嬢に紹介した。
「赤い髪をしていることは、聞いておりましたわ。は、はじめまして魔法使い様、わたくし、ストレイド伯爵家のクリスティーナと申しますわ……その……どうぞ、クリスティーナとお呼びになって?」
クリスティーナが頬を少し染め、小さな唇をきゅっとした。
見ていた男達、そしてエリザも胸を貫かれた。
「うわぁああああなんって可愛――じゃなくてっ。えぇと【赤い魔法使い】のエリオと言いますので、どうぞエリオと呼び捨てにしてくださって結構です!」
興奮で言葉遣いが妙になってしまったが、クリスティーナはまるで気にする様子もなく「面白い方ですのね」と愛らしい笑みを見せてくれた。
エリザは、ジークハルトと共に別れの言葉を述べながら感激した。
(まさに妖精だ……めちゃくちゃ可愛い、そしていい子……)
癒されるのを感じながら、ジークハルトと共にその場をあとにした。あんなに可愛い子に手を振られて見送られたというのに、彼は鬱屈とした正反対の様子だった。
最後の婚約者候補の令嬢は、自分からやって来た。
少し休憩を入れたいとジークハルトが言った矢先、休む暇もなく、大臣が声をかけて娘を寄こしてきたのだ。
(毎度、うまく逃げられていたせいだろうなぁ……)
結婚するかどうかはさておき、次の貴族世代同士の交流が必要なのは、ジークハルトを必死に引き留める大臣の様子を見て庶民のエリザも理解できた。
大臣の娘はエレノアと言い、ジークハルトと同じ十九歳だった。
好奇心の強い猫のような目をした活発そうな女性で、行動も言動も積極的だ。くるくると早変わりする表情も魅力的で、なんとも可愛らしい。
「わたくし、この前お父様と隣国へお呼ばれしておりましたの。それはもう素敵な時間で――」
女性らしい身体つきをした彼女は、胸の盛り上がりも自信たっぷりに見せつけて、堂々語る話し上手な女性だった。
しかし、ジークハルトにとって苦手な美女タイプだったようだ。