バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

16話 エリザと嫡男様とケーキと

「ハロルド様、親切にありがとうございました」

 おかげで城でのジークハルトの状況もつかめてきた。

 すると、あたりさわりなく自然と笑いかけた彼女の顔を見て、ハロルドがぽかんと口を開けた。

「どうされました?」
「あっ、いえ。これは失敬。噂と違って、あまりにも可愛らしいもので」

 急ぎ視線をそらし、彼が咳払いした。

 その時、人込みをかき分けてジークハルトが来るのが見えた。

「エリオッ」

 声を聞いたハロルドも、彼に気付いた。この会場ではまだ顔を合わせていなかったのか、挨拶しようとして不意に言葉を詰まらせた。

 先程までの王子様的な表情はどうしたのか、ジークハルトはどこか不本意そうに眉を潜めていた。

 かなり雰囲気がぴりぴりしているのは、エリザも感じ取れた。

 長らく父親に付き合わされたせい?と彼女は小首を傾げる。

「ジークハルト様、お疲れ様です」

 声を掛けた途端、駆け寄ってハロルドを背に隠されてしまった。

「あなたは、僕の治療係でしょう」

 初めて聞くような、少し不機嫌さの滲む声だった。

 エリザは、上司の間に割って入ったのはマナー違反ではないかと驚いた。ハロルドも呆気に取られた顔をしている。

「えーと……」

 ジークハルトの後ろを気にしたら、ハロルドがなぜか慌て手を振ってきた。
 気にせず、まずはジークハルトに対応せよということだろう。

 エリザはそう受け取り、ハロルドから彼へと視線を戻した。

「はい、私はあなたの治療係ですよ」
「それでは、なぜ僕ではなくハロルド隊長といるんですか? 壁際なんて人が少ないのですから、親密な話ができる距離ではないですか」

 妙な質問で、首を捻った。

「私は、ここでジークハルト様を待っていたんですよ。そうしたら、治療のご協力でハロルド様が色々と、あなた様の仕事の様子などを教えてくれたのです」

 手で示すと、ジークハルトが背後のハロルドを見た。

「よ、よぉ、昨日の勤務ぶりだな。お前も元気そうで何よりだ」

 ハロルドの口元が、ややひきつっている。

 たぶん、早く舞踏会を終えたいのだろうな、とエリザはジークハルトのぴりぴり具合を思った。

「疲れているようですし、少しお休みされてから行動しますか?」

 本日の〝課題〟はこれからだ。

 ひとまず、休みを兼ねてから行動することを提案してみた。

 するとジークハルトが、張っていた気をほぐすように吐息を細く吐いた。まとっていた鋭い気配を消し、エリザを見下ろす。

「すみません。緊張のせいで調子が悪いみたいです……約束は忘れていません。ミッションコンプリートを目指すためにも、糖分を摂取しようと思います」

 心構えは立派だと思えた。

「もしかして、ここに来るまで一人だったのですか? 公爵様は?」
「父は知り合いに声を掛けられて、僕はあなたを見付けていたので付き添いを断り、真っすぐここまで来ました。ルディオが途中で加勢してくれたので」

 言いながら目を向けられ、ハロルドが少し緊張したように背を伸ばす。

「そ、そうか。ルディオに会えて良かったな」
「はい。デビュタントしたての子に声を掛けられて苦戦しそうになったところ、彼があとを引き受けてくれて助かりました」

 この先で、そんなことが起こっていたとは気付かなかった。

「お前も御苦労だったな。えーと、俺は一度、殿下の様子を見てくるよ」

 ハロルドはそう言うなり、あっという間に離れて人混みの中に入っていった。

 見送ったエリザを、ジークハルトが横目でじっと見つめる。

「甘いものを食べようと考えいます。付き合っていただけますか?」

 ハロルドとは逆方向に足を進めながら、ジークハルトに声をかけられた。

「はい、もちろんです」

 彼に付いていき、料理コーナーのテーブルへと向かう。

 デザート用のテーブルには人がいなかった。多くの種類のケーキが並んでいるのに、ほとんどの参加者が目も向けないのが信じられない。

「美味しいのにな」

 食べるタイミングも、マナーがあったりするのだろうか。

 そんなことを思いなから、ジークハルトにも皿を手渡した。呟きが聞こえたのか、目が合った彼がにこっと笑った。

「ケーキを目的で食べる人も、珍しくはありますね」
「ふうん、そうなんですか」
「先程から美味しそうに食べていましたね。どれがお薦めなんですか?」
「見ていたんですか? 今のところ、この濃厚なチョコレートケーキが一番ですね」

 三回も続けてお代わりしているので、自信がある。

 エリザはそのケーキを皿に取ると、美味しさを伝えるべく先に食べて見せた。

「うーんっ、うまい!」

 ジークハルトに言ったつもりなのに、近くにいた人達が振り返ってきて驚いた。言い方に品がなかっただろうか。

 目を丸くしていると、彼がテーブルに並んでいるケーキをゆっくり眺めた。

 彼はエリザと同じ物を選ぶと、上品にフォークで切り分けて形の良い唇に運んだ。そんな姿さえ美しくて、エリザは『世は不公平……』と密かに思った。

「確かに、――甘いですね」
「感動が薄いですよ、ジークハルト様。甘い物はそこまで進んで食べない方ですか? 大丈夫です、残ったら私が食べて差し上げますので」

 つい、下心が出た。滅多に食べられない贅沢品だ。

「そう、なんですか」

 どこか考えるような声で言って、ジークハルトが手元のケーキとエリザを交互に見た。そして、不意に彼がケーキをフォークで少しすくってエリザへ向けた。

「食べます?」
「え? あの、もう要らないんですか?」

 尋ねると、彼がまた少し考える。

「そうですね。チョコは少し甘すぎました」
「そうですか……要らないのであれば有り難くいただきますが、そうしなくても私、自分で食べられますけれど」

 エリザは主張したものの、彼は一口目を下げるつもりはないらしい。

 ジークハルトはこちらに一口サイズのケーキがのったフォークを向けたまま、じっと待っている。

 一口目をポイされてももったいないので、エリザはケーキに食らいついた。

 なんだか、ジークハルトがとても嬉しそうな顔をした。

しおり