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 王宮に泊まらせてもらった翌日、シェスティはどきどきしすぎて寝付くのが遅くなったせいで、少しだけ寝坊してしまった。

 起きたのは、誰かに身体を揺らされたからだ。

「んぅ、なあに……?」

 目をこすりながらそちらに寝返りを打ってみると、しゃがんで顔を近付けている王妃がいた。

「きゃっ――」
「おめでとうシェスティ! あなたが私の娘になることが一歩近付いたわ! 嬉しいわね!」
「え?」
「さっ、好きなドレスを選んでね。ああ、カディオが準備していたものだけど、気持ち悪く思ったりしないで。貢ぎたくて仕方がないのは、求愛中の王家の男子の特徴だから」
「え、え?」

 王妃が手を叩くと優秀な侍女たちが現れ、シェスティはまず浴室へと連行された。

 彼女が言っていた『ドレス』に対面したのは、それからしばらくしたあとだ。専用のクローゼットルームが造られていて、シェスティは口元が引きつった。ドレスの数は実家を上回る。

「……これは、何?」

 すると、言葉を待っていた侍女が「はい」と言う。

「あなた様が留学されて三年、こじらせにこじらせた殿下が、現在の年齢を妄想、いえ想像しながら作らせた最高級のドレスたちです」
「先にバラしておこうと思って。あとで彼のコレクションルームを知ったら、ドン引きするかもしれないし」

 待っていたらしい王妃が、後ろから現れてそう言った。

「コレクショルーム……? なんの?」
「それは今聞かないほうがいいわよ。頭の整理だってしたいでしょ?」
「そうにっこり微笑まれると余計に気になります」
「カディオもまだバレたくないだろうし、私が教えたことは秘密にしていてね? たぶん彼、恥ずかしさのあまり引きこもるかもしれないから。そうなったら、執務も滞ってしまうわ」

 それは、――大変だ。

 シェスティは昨夜の彼の様子を思い返して、こくこくと頷く。

 それからしばらく、王妃が「あれがいい」「これがいい」と、ファッションショーのようになってしまった。あまりにも遅いと思ったのか、様子を見に来た母が、呆れていた。

「あなたもそうとうですよ」
「やぁねティアレーゼ、私はずっと可愛い娘が欲しかったのよ? この子は飾り甲斐があるわ」

 そんな理由で昔からドレスやら装飾品やらこだわっていたらしい。ダンスの授業であらゆるドレスのデザインを王妃に着せられたのを思い出し、シェスティはおかしいと感じていたことは、正しかったらしいと納得した。

 身支度が終わったあと、王妃と母と王族区の奥にある部屋に向かう。

 そこには国王と父が紅茶輪飲んで待っていた。
 どちらも若干、頭痛があるという表情だ。二日酔いだろう。カディオの姿はまだ見えない。

「おや、元気な夫人方の登場だ……」
「ほんとだ、シェスティ、おはよう」

 そう挨拶の声をかけてきた父の笑顔も、しなびれたような元気のなさだ。

「お父様、どれだけ飲んだの?」

 二人がこんなふうになるのは珍しい。

「いやぁ、お前の大絶叫に大笑いしていたら、酒が進んでな」
「んなっ」

 シェスティは顔を赤らめた。

「しかもな、そのまま寝ていればいいのに、深夜に殿下が突入してきてなぁ」
「え!?」
「我が息子のカディオときたら、約束通り〝手は出さなかった〟らしいしな。今すぐ婚約したいと言ってきた。いや~、あの崩れた表情は愉快だった!」

 国王が腹を押さえ手ゲラゲラ笑い、直後に「うっ」と顔色を悪くする。

 歩み寄る王妃が「あなたはバカなのですか?」と容赦なく言ったが、国王は大好きな妻の顔を見て、反射的に笑みを浮かべていた。

 その笑い方は、昨夜見たカディオに似ている。

 シェスティは不意打ちにどきりとした。

「まぁ、息子があんなふうになっているのも滅多にない。そこで、飲みの勝負を持ち掛けて、酔い潰してやったわけだ」
「なぜそのようなことをなさったのですか……」

 カディオがまだ起きていない理由を察して、シェスティはため息を吐く。

「だって彼と顔を合わせたら、話しどころではなくなるたろう?」
「うっ、それは……はい、そうです」
「ああ、ちなみにお前の兄には、少々デリアード公の対応をさせている」

 つまりは『時間を作ってくれた』というわけだろう。

「どういうわけか説明していただけますよね? 昨夜の今日で婚約だなんて、用意されていたからこそできたとしか思えませんし」
「もちろん」

 さあ座ってと国王に促され、シェスティは両親とは別の一人掛けソファに腰を下ろした。

 シェスティがそもそもカディオと引き合わされたあと王宮によく行かされたのは、彼の婚約者候補になっていたからだ。それは、カディオの反応を見て国王と王妃が決めたという。

 当時、カディオはまだ自覚がなかったようだが、誰の目から見ても、初めて異性を気にしている少年の顔をしていた――らしい。

「シェスティが気付かなくて笑ったよ。面白いし、結婚というのは互いが決めることだから私たちは黙っていることを決めたわけだ」

 獣人族の中で『黒狼』も伴侶への愛が、強い種族だ。

 国は平和であるし、未来の妃に他国からの姫を迎える必要は、今のところない。

 国王としてはカディオには、自分と同じように好いた相手との結婚を迎えて欲しい想いもあった。

 二人の様子は、国民たちも一緒になって見守っていたという。

 だが、そこで想定外のことが起こった。

 ――シェスティの留学だ。

 アルヴエスタ王国は、軍事でも学問でも他国から注目されており、隣国はその国出身の〝優秀な生徒〟を欲していた。

 幼少期ですでに才女と呼ばれているシェスティが留学するとなると、他国も注目して留学希望も増えるだろう。
 そういう思惑からも『ぜひに』という姿勢を示した。

「あなたが持ち前の大人顔負けの行動力で、先に連絡を取ったことが原因ね」

 母が頬に手をあて、褒めているのか困っているのか分からない吐息をもらす。

「それは……すみません」
「まぁまぁ。結果として国交にも利益は出た。協力に名乗り出てくれたのが、隣国のアローグレイ侯爵だったわけだ」

 国王は、にここにとして当時を語る。

 シェスティは知らなかったのだが、実のところあの頃までに次々と終えてしまった課題や勉強は、妃教育も含まれていたらしい。

 妃教育も完了したうえで、留学して他国の卒業資格を得るのは次期王妃としても悪くないと国王は考えた。

 カディオにも、いい刺激になるだろうという思惑もあった。

「まぁ、そうしたら、気持ち悪いくらいのことをしたわけだが」

 それが何か聞くのは、よそうとシェスティは思った。

 今はたくさんのドレスや、ちらりと耳にした『コレクションルーム』が頭から離れないくらい、気になっている。

 カディオは、相当ショックを受けたらしい。

 そして国王は『三年だ』と彼に告げたという。

「国を飛び出されてもかなわんからな」

 それは――無理だ。
 二十一歳になっていたカディオにとって、国内で実績や功績を積むためにも重要な時期になっていた。彼は部隊の指揮官でもある。

「そう……」

 一通り話を聞いたシェスティは、自然と自分の胸に手をあて、そう呟くように最後の相槌を打っていた。

(彼は――迎えにくるつもりでいた)

 気にしていたのシェスティだけではなかったのだ。
 それが、無性に嬉しい。

 母がそんなシェスティの様子を見て、間もなくふふっと笑った。

「まんざらでもないみたいね」
「母様」
「いいじゃない。あなたたちはとても相性がいい組み合わせだと思うわ。あなたはしっかり者だし、彼はシェスティのこととなるとだめになるところもあるけど、でも、私がこれまで見てきた令息の中で、一番あなたのことを考えてくれているもの」
「うん、それは……私も分かってる」

 その時、慌ただしい足音が聞こえてきた。

 国王がぴんっと獣耳を立てる。

「あ、起床しみたいだな」
「まさか着替えていないなんてことはないわよね?」

 王妃が扇を広げ、眉をそっと寄せる。

 そんな不安なことを呟かないで欲しい。鍛えた男性が好みとはいえ、さすがにシェスティも異性の肌を見れる自信はない。

 起床したら、もう婚約していたのだ。

 婚約後の顔合わせだと思ったら、緊張も込み上げる。

(ど、どんな顔して会えばいいのかしら)

 今までどんな顔で、どんな態度でカディオと会っていたのか思い出せない――。

「シェスティ!」

 それは、風が吹き込んだみたいだった。

 名前を呼ばれた時にはカディオが飛び込んできていて、彼がきちんと身だしなみを整えていることにほっとした次の瞬間には、シェスティはソファの前が少し浮くくらいの勢いで、カディオに抱き締められていた。

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