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14(最終話)

「カ、カディオ……!?」
「嬉しい、夢じゃないんだな。俺、シェスティの婚約者になれたんだ……!」

 王子様の婚約者になったのはシェスティのほうなのだが、シェスティは指摘するのをやめて、小さく微笑んだ。

 それだけ彼が、婚約できる日を待ち望んでいたのは感じたから。

 素直になれなかっただけ。
 なんて、不器用な王子様だろう。

 王妃が「まったく」と言う声が聞こえた。

「ほら見なさい、この子ったら、あなたが好きすぎてこらえ症もいなんだから」
「あっははは、しまりがないなぁ。まぁこれを機に、シェスティにも分かってよかっただろう。じゃあ、邪魔者はいったんデリアード公のもとに戻ろうではないか」
「そうですね」

 父が国王に言い、母も同意して双方の両親が立ち上がる。

「え、え? この状態で置いてくの?」

 四人は廊下へと出ていってしまう。王妃、シェスティの父、そして母の姿が廊下の浸りへと消え、最後に国王が、

「話しが済んだら来なさい。婚約すれば、まぁ獣人族の求愛行動も少しは落ち着くから」

 求愛行動? と頭に浮かべている間にも、おちゃめな国王の顔が調子よく廊下向こうに消える。だがその際「うっ」と苦痛の声が聞こえ、護衛騎士が大丈夫かうかがう声が遠くなっていく。

(……と、というか私、抱き締められているんですけど!?)

 二人きりになった途端、彼から感じる香水の匂いや体温に、どっと心臓がはねた。

「シェスティ」
「ひゃい!?」

 噛んだ。恥ずかしい、顔を隠したい。

 シェスティはそう思ったのに、カディオが腕を緩めて至近距離から見つめてくる。

 その真剣な、金色の獣のような目の美しさに、一瞬にしてシェスティの心が引き込まれた。

「急に抱き締めてしまって、すまなかった」
「い、いえ、別に……婚約されたとは聞いたし……」
「聞いてほしいことがある」

 そう言ったかと思うと、カディオが目の前で片膝をついた。

「シェスティ・ディオラ嬢、あなたがずっと好きだった。会えない三、年あなたを思わなかった日はない。この俺、アルヴエスタ王国第一王子カディオの妻になっていただけませんか?」

 彼が見せてきたのは――二つの銀の指輪だった。

(ずるいわ)

 その指輪は、この国の王侯貴族が婚約をする際に施される装飾が施されている。そうしてそこには、二人の瞳の色だと分かる金とブルーの宝石が並んでいた。

 そのシンブルな美しさは、実にシェスティ好みだ。

 とっくに準備していたのだろうとは分かる。
 そうでなければ、明日や今日で準備できる代物ではない。

「俺と、婚約してください」

 そんなこと、婚約を聞かされた際に自然と受け入れていたくらいに、シェスティは彼の気持ちを受け止めていた。

 昨夜でカディオも理解しただろう。

 でも、彼は彼なりに、誠意まで示してくれている。

「はい。喜んで」

 どきどきしながら左手を差し出す。

 カディオが恭しくその手をすくい上げるようにして取り、サイズが小さいほうの指輪を、シェスティの薬指にはめた。

(なんて、――綺麗なのかしら)

 自分の指にある銀の指輪、そこに仲良く並んだ二人の瞳の色に、ぽうっとしてしまう。

 カディオが感嘆の息をもらし、同じくそれをじっと熱く見つめていた。

「ああそうだわ、あなたの婚約指輪は私がつけてもいい?」
「っ、も、もちろんだ」

 見つめていて頭から飛んでいたらしい。カディオが大急ぎで婚約指輪を用意し、シェスティに手渡す。

 シェスティは、カディオの左手を引き寄せた。

 それは男らしい大きな手だった。剣を握っているためか、少し肌は固い。
 指輪をはめている間に、緊張してじわりと汗をかくのに気付いて、なんだか愛おしく感じてしまう。

「これからよろしくね、婚約者様」

 婚約者、いう言葉が胸にきたのか、カディオが端正な顔を赤くして、獣耳と尻尾が徐々に立っていく。

 ああ、こんなに可愛いのか。

 不意に、そんな気持ちがシェスティの胸を貫いてきた。

 眉間に皺がない彼は、確かに周りの誰もが分かってしまうくらい、わかりやすいくらいに愛情が丸見えだと思った。

「ああ、今日から俺が君の婚約者だ。――君に、少しでも早く婚約指輪をしてほしくて、つい駆けてしまった」
「っ」

 彼がシェスティの左手を取り、うっとりと婚約指輪を見つめる。

「……不意打ちでそんなことを言うのは、やめてほしいわ」

 ふっと彼が視線を上げてくる。シェスティの困り果てた赤面を見ると、カディオが金色の目を丸くし、それからふっと微笑をこぼした。

「嫌だ」

 彼は、はっきりとそう言った。

 理由はシェスティだって分かっている。ここに辿りつくまで、二人の時間はとても長くかかってしまったから。

「可愛い。抱き締めてもいいのか?」
「うっ、か、可愛いなんて言わないで」
「可愛いから、可愛いと言っている。俺以外に見せたくないくらいだ」

 顔を背けようとした拍子に頬にこぼれたシェスティの金髪を、彼が指の腹でそっと撫でつけながら、顔を寄せてくる。

「それで、いいか?」
「……抱き締めていいか、なんて今さら確認する必要ある?」

 さっき抱き締めたではないか。

 シェスティは、照れ隠しで可愛げのなく軽く睨み付けてしまった。

「ある。シェスティに嫌われたら、俺は生きていけない」
「っ」
「俺は君を大切にしたいんだ。ゆっくりずつ、慣らすから」

 彼だって男女交際は初めてのくせに、なんでそう余裕たっぷりなのだろう?

「さっき抱き締められたのも嫌じゃなかったわ、だから……いいから」

 シェスティは、真っ赤な顔でそう告白した。

「うん」

 カディオが嬉しそうな顔で、抱き締める。
 二人の髪が交わって、耳元でくしゃりと音を立てた。さっきよりも深く密着し合っているようにシェスティには感じた。

「あっ、私、座ったままだわ」
「そのままでいい」
「でも――」
「実を言うと、俺のほうがまだ慣れない」
「え?」

 シェスティは彼のほうを見ようとしたが、抱き締められているせいで顔が見えない。

「立った状態でシェスティをこの腕の中に閉じ込めてしまったら、自分の部屋に連れ帰ってしまうかもしれない」

 それは――危険だ。

 彼は揺らされない人だと思っていたが、獣人族の中でも、思った以上に我慢が難しいようだ。

「早く、結婚したいな」
「そ、そうね」

 そうしないとまずいことになるかもしれない。そんな予感に、シェスティは心配になる。

 けれどすぐ、彼女の口元は緩んだ。

 どう考えても、なんとも幸せな結婚になりそうだという素敵な予感がしたから。

「そろそろ皆のところに行きましょう。デリアード公たちにも、ご挨拶しないと」
「もう少しこうしていたい」
「だめよ。王子としても必要な社交相手よ」
「嫌だ」
「――言うこと聞いてくれるなら、好きなだけ抱き上げて構わないから」
「っ、喜んで!」

 唐突に、カディオがシェスティを両腕で抱き上げた。

 まさか彼が『お姫様だっこ』するなんて思ってもみなかった。シェスティは、ブルーの目をぱちくりとしてしまう。

 昔は懐かない狼だと思っていたが、意外と忠犬なのだろうか。そう知った新たな彼の一面に、結構可愛いかもとシェスティは思ってしまった。

「ふふっ、これは、ちょっとハマってしまいそうね」
「シェスティ?」
「ううん、なんでもないわ」
「なら、このまま移動しても?」
「そうね。皆のところに連れて行って」
 シェスティがそう答えるなり、カディオが嬉しそうに笑って「承知した」と言い、歩き出す。

 廊下に、護衛騎士隊長が数人の騎士たち待っている。
 みんな『よかった』と安心しているような微笑みを浮かべていた。

「シェスティ、大好きだ」

 護衛を引き連れて廊下を進みながら、カディオがそっと言った。

「私も、大好きよ」

 シェスティも素直に気持ちになってそう言い、彼の胸板に頬を押し付けたのだった。



                了

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