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「ふうん、なるほど」

 あまり長話もできないので、短くまとめて話したのだが、アルツィオはほぼ正しく理解したみたいな顔で足を組み、壁に後頭部をあてて顎を撫でていた。

「王太子殿下が、あなたを手放すとは思えませんが」

 話を聞いていながら、どうしてそんな感想が出てくるのか分からない。

「まぁ、もし彼との婚約がなくなったとしても、我々が結婚するかどうかを最終的に決めるのは双方の王ですからね」
「……ふふっ、確かにそうですわね」

 そもそも二人の結婚を両国が進めるのか、この時点ではどちらも分からない。

「あなたも命じられてここへいらしたのですものね」
「いえ? 今回、こちらの王からの知らせを受けて『了承の返事を』と指示したのは、私自身です」

 エステルは耳を疑った。

「あの、確かお国を離れていらしたと……」
「私、転移魔法も得意なんですよ。一人でも長距離を悠々と飛ばせます」

 それは――軍も一層重宝しそうだ。

「ですが、どうしてそんなことを?」
「私は『二十七歳になっても見合いの一つあいつに成功させられないとは、あの愚息めっ』などと親や、それから兄弟にも地団太を踏ませる天才なのですが」
「あの、それものすごく悪口では……」
「兄弟の中では結構自由な性格なのは認めます。けれど実力があれば、結局のところなんだってなりますから」

 エステルは言い返せなくなった。

 つまるところこの第三王子は、自分で縁談を遠ざけるなりかわすなりして、現在まで本人の希望で独身でいたらしい。

「父にも兄弟達にも、もちろん部下達にも止められましたが話していて安心しました。あなたなら、よき協力者になってくれそうです」
「協力、ですか?」
「はい。この国に友人を作れるチャンスは逃せないと思いって来ました。しかも、あなたは公爵令嬢ですからね」

 彼が組んだ足を引き寄せるようにして両手をゆったりとあて、にっこりと笑いかけてきた。

「これ以上ない相手だと、私は判断いたしました」

 つまりは、婚姻云々ではなく、貴族的にも立場がある〝協力者〟を欲していたみたいだ。

「うまく利用しようと思って来たようなものですよ」
「はっきりとおっしゃいますのね」
「騙して利用するなどと恥ずかしい行為です。私は誠心誠意、協力を求めたいと思います。ここへは婚姻候補の顔合わせという理由を使って来ましたから、私にとっても、最後のチャンスというわけです」
「なるほど……」

 ここは彼の国ではないし、この国の王達の判断によっては彼も国同士の友好関係を守るため、波風を立てずそのまま独身時代が終了――となる危険性もある。

(そこまでして、彼がやってきた理由……)

 正直、興味がある。

 エステルはアンドレアの婚約者ではなくなるし、これからしばらくは暇になるところだ。

「分かりました」
「付き合ってくださるのですか?」
「婚姻候補だとすると、しばらく交流を取れる相手になりますから」

 アルツィオが組んでいた足を解き「あなたに頼んでよかった」と満足そうに言った。

「本当に聡明なお方だ。婚約を解消しようなどと、大変もったいない相手かと」
「先にもお伝えした通り、魔力量がないので話にもならないことですわ。それで、何かこの国でしたいことでも?」
「リリーローズ・エルボワ嬢をご存じですか?」
「エルボワ……」

 突然、女性の名前が出て意外に思った。エステルは頭に入れてある貴族の家名をどうにか手繰り寄せる。

「確か父が外交を任されていて、たびたび同行するとか」
「あっ、そういえば私と同じで滅多に社交界へ出て来られない方がいましたわね」
「あなたと同じ? まさか社交は、あまりしない?」
「私は……お飾りの婚約者、みたいなものでしたから」

 彼が不可解そうな顔をする。

「王太子殿下が、何かそうなるようことでも言ったのですか?」
「いえ、私の意思です。婚約者がいるのに殿方が多いところへ一人で行くわけにも――」
「彼を誘わなかったのですか?」
「そっ……」

 そんなこと、できるはずがない。

「と、ところで、彼女は子爵家ですっ」

 エステルは慌てて話を元に戻すことにする。

「魔力の影響で、緑のとても美しい髪をしている女性ですよね」
「そうそう、彼女です」

 嬉しそうなアルツィオの表情は、ここで見た初めての素の笑顔だと感じた。

「嬉しいな、彼女の髪を『美しい』と言っていただけて。私もそう思いました」

 気のせいか、やや饒舌さも増している。

「本当ですもの。とても美しいと私は思いました。あの……まさか、好いていらっしゃる?」
「はい、一目惚れです」

 アルツィオが食い気味に答えてきた。

「軍事関係でとある国に行った際に見かけまして。その時には私は変装をしていたので、彼女は言葉を交わしたことすら覚えていないでしょうが」

 どういう事情で彼がその国へ行ったのか推測しがたいが、たぶん尋ねてはいけなさそうな事情だろう。

 だから彼も『あの時話した相手ですよ』と打ち明けられないのだ。

(驚いたわ……)

 リリーローズ・エルボワを思い出して、エステルは彼が見初めたということにも、とても驚いてしまった。

 エルボワ子爵家には、何人か子供がいたはずだ。
 亡くなった祖母と同じで、リリーローズだけが緑の髪を持ったとは聞いた。

 魔力量はさほどはなく、それでいて緑の髪も原因して二十二歳にして未婚。
 彼女は髪色を気にして社交に出るのを苦手としていた。一人、壁際に立っているのを見かけて声をかけたら、とても驚かされたのだ。

 あの時は理由が分からなかった。

 そのあと、気にしていたところ、父の外交に付き合っているのも、社交の場に出ないで済む理由を探してのことだという噂を耳にした。

(それを、彼は美しいと言った……一目惚れしたと……)

 これは――ものすごく、手助けしたい案件かもしれない。

「閣下は」
「私のことは、ぜひアルツィオと。協力者になりますからね」

 エステルは、少し迷う。

「仲があまりいいと思われても、困るのではありませんか?」
「どうせ決めるのは王ですから。それに、よき友人だというあなたのお墨付きで、私を彼女に紹介していただきたいんですよ」
「ああ、なるほど」

 その方が、確かに相手の令嬢も安心感が違ってくる。

「ですのであなたのことも、今からエステルと呼んでも?」

 他人にそう呼ばれるのは、アンドレア以来でなんだかどきどきした。

(すごく――友人っぽいわ)

 名前を呼び合う。エステルは、新鮮で気に入ってしまった。

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